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「抱護」と沖縄の村落空間

伝統的地理思想の環境景観学

「抱護」と沖縄の村落空間

近世琉球の防災思想・技術「抱護」。史料や実地調査をもとに復元整理、その意義を新たな環境・生態概念へとつなげる試み。

著者 鎌田 誠史 編著
山元 貴継 編著
浦山 隆一 編著
ジャンル 歴史・考古・言語
文化遺産・観光・建築
出版年月日 2019/03/30
ISBN 9784894892552
判型・ページ数 A5・384ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

口絵

序文(鎌田誠史・山元貴継・浦山隆一)

●第一部 沖縄の近世村落形成に関わる「抱護」 

第一章 沖縄の近世村落と「抱護」(浦山隆一・澁谷鎮明)
 はじめに
 一 琉球列島の概要と近世村落
 二 琉球列島における「抱護」概念と植樹・林地管理
 三 沖縄県内の離島地域にみる「抱護」と樹林
 まとめ
 
第二章  「抱護」の概念と抱く世界観(仲間勇栄)
 はじめに
 一 歴史書に見る「抱護」の原初形態
 二 村落風水への「抱護」の応用
 三 東アジア風水文化圏における沖縄の「抱護」の特徴
 四 風水村落と抱く世界観
 むすび
 
第三章 沖縄県における地籍図・土地台帳とその活用――琉球列島の村落景観の復元と理解に向けて(山元貴継)
 はじめに
 一 沖縄県内における地籍図・土地台帳の所在
 二 地籍図・土地台帳活用への準備
 三 地籍図・土地台帳を活用した景観変化分析の実例
 おわりに
 
●第二部 「抱護」が抱く琉球の村落
 
第一章 八重山諸島・石垣島の村落構造と「抱護」(鎌田誠史)
 はじめに
 一 古地図と地籍図にみる明治期の村落の特徴
 二 明治期(二〇〜三〇年代)の村落空間復元図の作成
 三 明治期(二〇〜三〇年代)の村落の特徴
 四 村落空間の変遷
 まとめ
 
第二章 沖縄本島・勝連の村落構造と「抱護」(鎌田誠史)
 はじめに
 一 明治期地籍図の特徴
 二 明治期(三五・三六年)当時の各村落の特徴
 三 村落空間の変遷
 四 まとめ
 
第三章 沖縄本島・玉城前川の村落構造と「抱護」(山元貴継)
 はじめに
 一 沖縄本島・玉城前川の村落概要とこれまでの解釈
 二 明治期地籍図に描かれた玉城前川の村落構造
 三 玉城前川の村落における「格子状」宅地群の設定
 四 玉城前川で想定された沖縄本島南部における「村立て」原理
 おわりに
 
第四章 琉球列島の村落と「抱護」の展開(鎌田誠史)
 はじめに
 一 分析の方法
 二 抽出した村落空間の類型
 三 各村落の空間構成と要素
 四 まとめ
 
●第三部 失われた「抱護」と生き続ける「抱護」 
 
第一章 八重山諸島・石垣四箇村の「村抱護」と近・現代(山元貴継)
 はじめに
 一 石垣市の中心市街地と「村抱護」
 二 明治期地籍図に描かれた「村抱護」とその構造
 三 地籍資料などに記録された「村抱護」の消滅
 四 現在の景観に残る「村抱護」のこん跡
 おわりに
 
第二章 天然記念物に指定された宮古諸島・多良間島の「抱護」(山元貴継)
 はじめに
 一 多良間島の中心集落と「村抱護」
 二 明治期地籍図などに描かれた「抱護」とその構造
 三 地籍資料と現地調査から見た「抱護」のその後
 四 多良間島において想定される「抱護」の構造と意味
 おわりに
 
第三章 危機的状況下にある沖縄の「抱護」の現状と保全のあり方(仲間勇栄)
 はじめに
 一 西原町内間御殿のフクギ林伐採問題
 二 本部町備瀬村落のフクギ屋敷林の伐採問題
 三 渡名喜村の「歴史的景観保存条例」・「景観計画」とフクギ屋敷林の保全
 結論
 
●第四部 生き続ける琉球の村落――学際シンポジウムの記録
 
第一章 第一回学際シンポジウム「生き続ける琉球の村落――固有文化にみる沖縄の環境観と空間形成技術」
               (高良倉吉、浦山隆一、鎌田誠史、山元貴継、鈴木一馨、仲間勇栄、澁谷鎮明、崔元碩、齊木崇人)
 
第二章 第二回学際シンポジウム「生き続ける琉球の村落――沖縄の村落観を問いなおす」
               (安里 進、浦山隆一、鎌田誠史、山元貴継、仲間勇栄、河合洋尚、齊木崇人、澁谷鎮明、平良啓)
 
●第五部 資料 科研成果報告
 
第一章 沖縄の集落空間における伝統的人工林「抱護」の形態と機能に関する研究

第二章 沖縄の固有文化が持つ環境観と空間形成技術から見る集住環境の構成原理に関する研究

第三章 琉球の近世計画村落形成に伝統的祭祀施設と村抱護が果たした役割と意味に関する研究

第四章 明和大津波で被災した琉球諸島の集落復興プロセスから見る環境再構築に関する研究

第五章 研究成果リスト

あとがき

写真図表一覧

索引

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内容説明

森林・地形を巧みに利用する防災の思想・技術=「抱護」。それは18世紀の政治家・蔡温により広く定着し、風水思想とも絡み合い近世琉球の環境・景観を形成してきた。本書は、いまや失われつつある琉球列島の「抱護」を史料や実地調査をもとに復元整理、その意義を新たな環境・生態概念へとつなげる試みである。

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序文

鎌田誠史 山元貴継 浦山隆一





 本書は、琉球列島において広く重視されてきた環境概念「抱護(ほうご)」に注目して、それをもとに住民が各地の伝統的な村落空間にどのような解釈を加えてきたのかについてと、その理想的な状態を期待して、各地の伝統的な村落がいかなる立地を求め、普遍的な空間形成技術を模索し、より良い集住環境を造り上げようとしてきたのかについて明らかにするものである。この「抱護」の概念は、今日では単に防風林などと結びつけられがちであるが、実際には、伝統的な地理思想である風水思想や、それに基づく蔡温(首里王府の三司官)の育林法などと関わっているとされ、近世期の琉球列島における村落の移動・創設といった「村立て」時における周辺環境の理解や、その後の村落空間の構成・再構成に、多大なる影響を与えてきたとされるものである。本書では、このような「抱護」の概念自体を明らかにするとともに、それが近世以降の琉球列島の村落空間の構成に具体的にどのように表出されているのかをめぐって、各地の村落を対象に、さまざまな史料や地図資料の分析や現地調査を通じた実証的なアプローチを行った。

 第一部ではまず、あらためて「抱護」概念の整理を試みた。「抱護」の語については、学術的にまだ充分に把握・検討がなされているとはいえず、その定義にはいまだ曖昧な部分が多い。そこで、琉球列島において「抱護」の語が用いられうるさまざまな事例を挙げた上で、各種文献や歴史書の検討を行い、本書で論じていく具体的な各地の村落およびその空間構成と「抱護」の概念との関係への理解のための予備知識として、「抱護」の概念の歴史的系譜や展開について総括的に論じた。また、各地の伝統的な村落自体と、そこに「抱護」の概念が与えている影響とを空間的に把握するための景観復元の技術を公開・共有化することを目的として、地籍図・土地台帳などの活用手法を詳細に解説した。こうした景観復元は、いずれ琉球列島の村落を対象とするのみでなく、広く東アジア地域における伝統的村落空間の比較を目指すためと、同地域における「抱護」に類する環境概念の検討を目指すための研究方法となることも目指して、本書が重視してきたアプローチの一つである。

 第二部では、実際に沖縄本島や宮古・八重山諸島の各地の村落について、地籍図類や米軍撮影空中写真などをもとにしてその原型的な景観とその後の変化を復元するとともに、近世期におけるその「村立て」に際して、「抱護」と解釈されうる地形的条件がどのように求められ、また、「抱護」の概念に基づいた空間形成技術がいかに適用された可能性があるのかをめぐって、分析を試みた。そして、各地の近世計画村落の多くが、地形的条件をもとにした共通的な基点を拠り所としてその位置や領域を定め、とくにその領域の設定においては、「抱護」の概念のもとで求められる周囲の丘陵などの存在と、それを補う形となる村落を取り囲むような人工的な樹林帯の積極的な造成が重視されてきたといった、計画的な手法が採られていたことを見出した。このような周囲の丘陵や樹林帯が「村抱護(むらほうご)」などと呼ばれて、自然環境の厳しい琉球列島において、少なくとも第二次世界大戦前後まで、集住環境(集落)や生産域(農耕地)などを含めた村落空間を守ってきたことが、各地の村落で実証された。

 第三部では一転して、こうした「抱護」の概念で重視されてきた地形的条件や樹林帯が、琉球列島でも今日、多くの地域で失われつつあることを論じた。そこでは、かつて「抱護」の概念が村落空間の構成に明確に関わっていたことが各地の村落において示されるものの、その役割の低下や、市街地化の中での埋没によって、第二次世界大戦前後からとくに樹林帯の消滅をみた過程が、地籍図や土地台帳、米軍撮影空中写真、現行の地形図などによって示された。ただしそのこん跡は、現在の琉球列島各地の村落内にさまざまな形で残されている。にもかかわらず近年、景観条例などを楯に、むしろ「抱護」などの概念に基づく樹林帯は受難の時代を迎えている。それらの保全のあり方についても本書は、各地の具体的な事例を提示しながら斬り込む。

 第四部では、筆者らがこれまで科研の研究成果を地元や研究者に還元することを目的として開催してきた二回の学際シンポジウムの記録をまとめた。ここでは、科研の研究協力者で沖縄の著名な研究者(高良倉吉、安里進)の基調講演に加えて、建築学、地理学、林学、文化人類学の複合的な専門領域を持つ研究者で構成された、筆者らの科研グループによる研究成果が示される。

 第五部では、筆者らが「沖縄の集落空間のおける伝統的人工林「抱護」の形態と機能に関する研究」「沖縄の固有文化が持つ環境観と空間形成技術から見る集住環境の構成原理に関する研究」「明和大津波で被災した琉球諸島の集落復興プロセスから見る環境再構築に関する研究」「琉球の近世計画村落形成に村抱護と伝統的祭祀施設が果たした役割と意味に関する研究」の各科研テーマで行った、琉球列島の村落・集住環境についての研究成果をまとめた。

 そして、これらの研究を進めるにあたって重視してきたことは、構成メンバーである建築学・地理学・林学の研究者が、互いの資料を確認し、それぞれの研究対象村落にメンバーで一緒に向かって調査を行い、現地で意見を交換し合ったことである。そこでは、たとえば「集住環境」と「集落」、そして「村落」といった用語の一つひとつについても、それぞれの研究分野において指し示すものに差違があることを実感した。とくに、本書で注目する「抱護」の概念をめぐっては、これまで琉球列島の村落研究において半ば断片的に取り上げられてきたものを、各々の研究者が自身の研究分野の枠組みの中で解釈してきたため、当初は認識の差違が大きかった。本書においてもその差違が埋められたのかどうかについて確証は持てないが、むしろその差違をもって、「抱護」の概念および実態などに大きな「幅」があることを考えていただければ幸いである。

 また本書では、「抱護」の概念との関係を重視しつつも、近代以降の著しい変容を経験した琉球列島の各村落を対象として、各種史料に示されてきた内容を重ね合わせて図面化し、これまで容易ではないとされてきた近世期の村落構造の復元図の作成を積極的に進めたことはもちろん、これと現地調査などによって把握された各地の地形的条件との重ね合わせを行って三次元モデル的に示すようにして、可視的な村落空間比較研究のモデルを提示することにも努めた。この点も、本書が重視した成果公表の一つである。これにより、琉球列島内においてでさえ、これまで地域ごと、さらには村落ごとの研究者が、個別の視点に基づき、個別の手法で行うことの多かった村落空間分析が相対化され、少なくとも琉球列島全域における伝統的村落の立地特性と、そこで展開された普遍的といえる空間形成技術とを明らかにし、この地域における集住環境の構成原理の一端を追究できたのではないかと期待する。本書が、その成果を建築学、地理学、林学の分野に限らず、琉球列島に関心のある方々、ひいては東アジアに関心のある人々に広く発信することで、沖縄・東アジアの学術振興と普及に寄与できることを願っている。
 
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編著者紹介

●編集・執筆

鎌田誠史(かまた せいし)
武庫川女子大学准教授
1973年生。博士(芸術工学)。神戸芸術工科大学大学院博士課程満期退学。株式会社国建建築設計部、神戸芸術工科大学大学院助手、国立有明工業高等専門学校准教授を経て現職。
主な論文・作品等:日本建築学会計画系論文集『地形的立地条件から見た琉球列島における村落の空間構成に関する研究――近世期に発生した計画的村落の形態類型を通じて』2016年。首里城復元整備や喜名番所再現整備をはじめとする沖縄県の世界遺産及びその周辺整備、神戸市の自然住宅地「ガーデンシティ舞多聞」プロジェクト、数多くの建築設計やまちづくりに従事。
専門分野:建築デザイン、地域計画・保存・再生デザイン。

山元貴継(やまもと たかつぐ) 
中部大学准教授
1972年生。博士(地理学)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程満期退学、中部大学国際関係学部非常勤講師、中部大学人文学部講師を経て現職。
主な著作等:「日本統治時代の韓国・済州島における日本人経営果樹園」人文地理62巻2号、2010年。「岐阜県高山市におけるアニメ・ツーリズム」(共著)都市地理学11号、2016年。『名古屋の“お値打ち”サービスを探る』風媒社、2010年。『軍港都市史研究VI要港部編』(分担執筆)清文堂、2016年。『離島研究VI』(分担執筆)海青社、2018年。
専門分野:歴史地理学、文化地理学、アジア地域研究。

浦山隆一(うらやま たかかず) 
富山国際大学客員教授
1947年生。博士(芸術工学)。名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了、設計事務所ゲンプラン・有理社、職業能力開発大学校助教授、富山国際大学教授を経て現職。
主な著書等:日本建築学会編『総覧 日本の建築――中国・四国』(共同執筆)新建築社、1998年。刈谷勇雅ほか編『日本の町並み調査報告27 四国地域の町並み〈2〉』「伊野地区伝統的建造物群(高知県)」(共著)海路書院、2008年。中島恭一ほか監修『東アジア地区の歴史文化と現代社会』「沖縄の近世集落形成に関わる抱護林について」(共筆)桂書房、2012年。
専門分野:建築計画・設計、地域計画・都市空間デザイン、建築人類学。

●執筆

仲間勇栄(なかま ゆうえい) 
琉球大学名誉教授
1948年生。農学博士(九州大学)。九州大学大学院農学研究科中退。琉球大学農学部助手、農林経済科学分野教授を経て現職。
主な著書:『増補改訂沖縄林野制度利用史研究』(メディア・エクスプレス、2011年)。Bixia Chen & Yuei NAKAMA. 2012. Traditional Rural Landscapes in Island Topography in East Asia. Nova Science Publishers,Inc. New York. 『島社会の森林と文化』(琉球書房、2012年)。『蔡温と林政八書の世界』 (榕樹書林、2017年)。沖縄研究奨励賞、 日本林業経済学会学術賞、沖縄タイムス出版文化賞、など受賞。
専門分野:森林政策学、森林史、森林文化。

高良倉吉(たから くらよし) 
琉球大学名誉教授
1947年生。博士(文学)。愛知教育大学卒業。沖縄史料編集所専門員、沖縄県立博物館主査、浦添市立図書館長、琉球大学法文学部国際言語文化学科教授、沖縄県副知事を経て現職。
主な著書、編著に『琉球の時代──大いなる歴史像を求めて』(筑摩書房、1980年)、『琉球王国の構造』(吉川弘文館、1987年)、『琉球王国史の課題』(ひるぎ社、1989年)、『琉球王国』(岩波新書、1993年)、『アジアのなかの琉球王国』(吉川弘文館、1998年)、『琉球王国史の探求』(榕樹書林、2011年)など多数。首里城復元の委員、NHK大河ドラマ『琉球の風』の監修者。
専門分野:琉球史。特に琉球王国の内部構造、アジアとの交流史を研究。

安里進(あさと すすむ) 
元沖縄県立博物館・美術館館長
1947年生。琉球大学法文学部史学科卒業。大阪府教育委員会、浦添市文化部長、沖縄県立芸術大学教授などを経て、沖縄県立博物館・美術館館長。
主な著書等:平井松午・安里進・渡辺誠編『近世測量絵図のGIS分析』(共同執筆)(古今書院、2014年)。『沖縄人はどこから来たか〈改訂版〉』(共著)(ボーダーインク社、2011年)。『琉球の王権とグスク』(山川出版社、2006年)。『沖縄県の歴史』県史47(共著)、(山川出版社、2004年)。『グスク・共同体・村』(榕樹書林、1998年)。『考古学からみた琉球史』上・下、(榕樹書林、1990・91年)。
専門分野:考古学・琉球史・漆工史・測量と地図史。

澁谷鎮明(しぶや しずあき)
中部大学教授
1963年生。博士(地理学)。名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程修了。
著書等:『アジアの時代の地理学――伝統と変革』(共著)、(古今書院、2008年)、『現代韓国の地理学』(共著)(古今書院、2010年)、『自然と人間の環境史』(共著)、(海青社、2014年)、『人文地理学辞典』(共著)、(丸善出版、2013年)、『東アジア風水の未来を読む:東アジアの伝統知識風水の科学化』(共著)(韓文)、(GEOBOOK(ソウル)、2016年)。
専門分野:韓国地域研究、人文地理学、東アジア文化論。



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