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韓国朝鮮の文化と社会 21

韓国朝鮮の文化と社会 21

特集=〈性〉をめぐる分断線を問いなおす

著者 韓国・朝鮮文化研究会
ジャンル 定期刊行物
シリーズ 雑誌 > 韓国朝鮮の文化と社会
出版年月日 2022/10/15
ISBN 9784894899711
判型・ページ数 A5・300ページ
定価 本体3,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

特集=〈性〉をめぐる分断線を問いなおす

 特集「〈性〉をめぐる分断線を問いなおす」の趣旨 板垣竜太

 教訓譚としてのクィアの生
   ――権威主義国家大韓民国のヘテロ家父長制的想像力と女性のホモエロティシズム トッド・ヘンリー/森田和樹訳

 韓国フェミニズム運動に見る性搾取問題の歴史と現在 古橋 綾

論文
 韓国の若者の「退社」現象に関する研究
   ――トランジションの非直線化と自己のナラティブの観点から 福島みのり

 植民地期朝鮮における民間読本――一九二〇年代初頭の青年読本を中心に 田中美佳

 「皇国臣民誓詞之柱」と李王職雅楽部
   ――朝倉文夫制作による「朝鮮雅楽」ブロンズレリーフを手がかりに 武藤 優

書評と応答
 板垣竜太『北に渡った言語学者:金壽卿1918―2000』を読んで 和田春樹

書評
 佐々充昭著『朝鮮近代における大倧教の創設』――檀君教の再興と羅喆の生涯 野崎充彦
ひろば/マダン
 近世史料との対話 野村伸一

展評
 「スポット展示・収蔵コレクション一九 生誕一〇〇年金達寿展」(神奈川近代文学館) 金耿昊

エッセイ
 奉化青巌亭――朝鮮士人と亭子文化(五) 長森美信

崔吉城先生追悼
 崔吉城『キリスト教とシャーマニズム――なぜ韓国にはクリスチャンが多いのか』 秀村研二
 追悼 崔吉城氏を広島へ招いた私 嶋 陸奥彦
 崔先生にいただいたもの 中村八重

彙報
 編集後記
 英文目次・ハングル目次
 執筆者一覧

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内容説明

特集=朝鮮戦争と向き合う──分断状況の思想・文化・個人

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      特集「〈性〉をめぐる分断線を問いなおす」の趣旨   板垣竜太 より




 「分断」がもたらす諸問題といえば、朝鮮半島ではまず何といっても南北分断に起因するものを思い浮かべるだろう。しかし、いま韓国では〈性〉の分断線とでもいうべきもの、すなわち男性優位社会――それも異性愛主義を自明の前提としたもの――がもたらす差別、偏見、格差、嫌悪、暴力、搾取を乗り越えようという動きが熱く展開している。

 近年、韓国社会を大きく揺るがしたのは「フェミニズム・リブート」とも言われる動きである。これが目に見えるかたちで展開したのは、韓国社会におけるミソジニー(女性嫌悪)に対する批判の運動である。二〇一〇年代にはいり、戯画化された特色によって女性を括って攻撃する「~ニョ(女)」との表現がオンライン・コミュニティ・サイトでつくりだされ、その攻撃の社会的な広がりが加速しはじめた。それに対して、二〇一五年には「メガリア」というオンライン・コミュニティが立ち上がり、そこから派生したコミュニティ(「ウォマド」など)も登場し、さまざまなかたちでミソジニーに対抗した。こうしたオンライン運動による問題意識の広まりをひとつの土台として、二〇一六年に江南駅付近の店舗の男女共用トイレで起きた、男性による女性を狙った殺人事件に対しては、女性であるという理由で殺されてしまうかもしれない社会のあり方への危機感を多くの女性が抱き、「ヤング・ヤング」とも形容される新たなフェミニズムの運動が多様なかたちで広まることになった。

 こうして目覚めた感性は、さまざまな方面に影響を及ぼした。世界的な潮流とも連動した#MeToo運動は、数多くの男性権威者たちを失墜させた。性暴力、性売買の問題についてそれまで以上に関心が高まった。フェミニズム文学も活性化し、それに呼応するように映画やK - POPなどでも新たな表現が連鎖的に芽生えていった。

 分割線への問いなおしは、決して女性/男性の二者間関係にとどまるものではない。異性愛主義を自明の前提とした女性と男性という単純な二分法のあり方そのものを問い直す性的マイノリティの運動も、この間に目に見えて広まった。特に今世紀に入ってから、芸能人のカミングアウトや各地でのクィア文化祭の開催、運動団体の発足といったかたちで展開した。これはフェミニズム・リブートの流れとときに交わり、ときにすれ違いながらも、社会的に大きな影響力を及ぼしてきた。本特集のタイトルで〈性〉という用語を使っているのは、こうしたセクシュアリティとジェンダー、性的マイノリティとフェミニズムの運動のいずれ一方を排除しないためである。

 〈性〉をめぐるこうした新たな動きは、男性および性的マジョリティのあり方をも問い直すことにつながった。韓国社会で歴史的にマスキュリニティ(男性性)を再生産してきた巨大な装置に軍隊がある。南北分断を背景として肥大した軍隊(韓国軍、米軍)は、徴兵制の存在もあいまって、韓国社会に軍事主義と結びついたマスキュリニティを埋め込んでいくことになった。そのため、軍隊をめぐるさまざまな〈性〉の問題も問いなおされてきた。米軍のいわゆる「基地村」の問題、軍隊内での女性に対するハラスメントや性暴力の問題あるいは性的マイノリティの差別と排除などをめぐっても、さまざまな運動や議論が展開されてきた。一方、廃止された軍加算点制度(兵役を終えた者に加点する制度)の復活の動きなどに見られるように、そうした昨今の新たな問題提起が一部にバックラッシュを生み出し、それが二〇二二年三月の大統領選挙での尹錫悦票へと流れたものと見られる。

 こうした韓国の動きは日本とも無関係ではない。「日韓関係の悪化」が取り沙汰されるなかで、二〇一九年にはチョ・ナムジュの小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でベストセラーとなった。また日本軍「慰安婦」問題においても、金学順さんが#MeToo運動の先駆者としてあらためて想起されたりもした。

 本特集「〈性〉をめぐる分断線を問いなおす」は、以上のような広がりをもった諸問題を考えようとするものである。ここで言う〈性〉も「分断線」も決して「一つ」のものではない。それらは、日本語の文法範疇に数があるならば、いずれも複数形で記されるべきものである。本特集のもとになったシンポジウム(二〇二一年一〇月二三日開催)では、日々熱く議論されている複数の脈絡を、いったん〈性〉の分断線を問いなおす動きとして広く括って、研究の場で出会わせ、議論を深めることをねらいとした。シンポジウムの内容と本特集の内容は多少異なるため、ここでは両者を合わせて簡単に紹介しておきたい。

 古橋綾氏の「韓国フェミニズム運動に見る性搾取問題の歴史と現在」は、まさに本特集の発想の源となった韓国フェミニズム運動の流れを力強く概観したものである。特に「N番部屋事件」(二〇一九年秋に発覚)が韓国でいかにして「事件」として社会的に認知され、厳格処罰が可能になったのかを、近現代史の大きな流れのなかで考察している。古橋氏は、性暴力と性売買を「性搾取」といったん括り、それに対する女性たちの四〇年にわたる闘いの延長線上に近年の運動の拡大を明快に位置づけた。この論文こそが、本稿よりもむしろ本特集の序論と言うにふさわしいものである。

 トッド・ヘンリー氏は、「暗がりのなかでつかまえて:権威主義政権期韓国のクィア史に向けて」とのタイトルで、一九六〇~八〇年代を中心とした韓国のクィア史を多角度から論じた。クィアの人々自身が書き残した史料がほとんどないなかで、韓国の大衆雑誌の偏見に満ちた記事や日米の情報誌のこれまた別の意味での偏見を含む記述をもとに、また数多くの貴重なインタビューをもとに、その多様な姿とエイジェンシーを描き出した。そこからは「もう一つのソウル」とでもいうべき空間性が浮かび上がった。ヘンリー氏は、シンポジウムでは以上のような最新の研究を披露したが、現在進行途上のプロジェクトであるため、本特集には、それに先だって出版していた編著『クィア・コリア』(Queer Korea, Duke U.P., 2020)より、「教訓譚としてのクィアの生」を提供してくれた。この論文二~三本分に相当する長大な論考のなかで、ヘンリー氏は、大衆的な週刊誌などの資料を駆使して、権威主義政権期のクィア女性たちの日常的な闘いを克明に描き出している。

 フェミニズムやクィア運動が乗り越えようとしているのが、異性愛主義を自明の前提とした男性優位社会――あるいは男性の優位性を保持しつづけようとする機制が遍在する社会といった方がよいかもしれない――だとすれば、佐々木正徳氏は、シンポジウムの報告「男性性・軍事主義・ミソジニー:韓国社会と男性性」のなかで、その乗り越えられるべきものの生成を歴史的に追った。佐々木氏は韓国の男性性と軍事主義とミソジニーの関係を総合的に論じた。現代の韓国社会における家父長制やミソジニーを、伝統的なものの単純な「残滓」と捉えるのではなく、軍事政権からの民主化、そしてIMF危機を経て拡大した経済格差、世代間格差の構造的な産物として把握した。今回は残念ながら寄稿いただけなかったが、『ジェンダー史学』その他に既に発表された論考を参照されたい。

 これらはいずれも現代韓国の社会問題と運動の広がりを、狭い意味での「現代」だけで捉えるのではなく、権威主義政権時代以来の歴史的な流れのなかで論じている。その歴史的なパースペクティブのなかに、現代韓国のダイナミックな様相が鮮やかに浮き上がってくる。それとともに、古橋氏が日本ではまだN番部屋事件に類似した性搾取事件が「事件」としてしっかり認識されていないと指摘しているように、日本の運動/批評状況と異なる部分も浮かびあがっていると考える。そうした点も含めて、本特集が今後の議論のきっかけとなれば幸いである。

 

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執筆者一覧(掲載順)

板垣 竜太     同志社大学社会学部 教授
トッド・ヘンリー  Associate Professor in the Department of History at the University of California, San Diego (UCSD)
森田 和樹     同志社大学大学院社会学研究科 博士後期課程 日本学術振興会特別研究員(DC2)
古橋  綾     岩手大学教育学部 准教授
福島みのり     名古屋外国語大学現代国際学部 准教授
田中 美佳     九州大学大学院人文科学研究院 助教
武藤  優     北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 学術研究員
和田 春樹     東京大学 名誉教授
野崎 充彦     大阪市立大学大学院 文学研究科 教授
野村 伸一     慶應義塾大学 名誉教授
金 耿 昊     横浜市史資料室 調査研究員
長森 美信     天理大学国際学部 教授
秀村 研二     明星大学教育学部 教授
嶋 陸奥彦     東北大学 名誉教授
中村 八重     韓国外国語大学校融合日本地域学部 教授


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