「新続忠臣図」 61
倭乱後朝鮮における理想的忠の群像
光海君の命で編纂された『東国新続三綱行実図』の一部「新続忠臣図」をもとに、時代が要請した「忠」の群像を紹介。
著者 | 金子 祐樹 著 |
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ジャンル | 歴史・考古・言語 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2023/10/25 |
ISBN | 9784894898189 |
判型・ページ数 | A5・80ページ |
定価 | 本体800円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
はじめに
一 「新続忠臣図」とその背景――〈行実図〉・倭乱・朝鮮王
1 「新続忠臣図」とは
2 〈行実図〉の出現とその背景
3 〈行実図〉の展開と旌表政策
4 『東国新続三綱行実図』における「新続忠臣図」
5 壬辰丁酉倭乱と宣祖
6 壬辰丁酉倭乱と光海君
二 倭乱以前の忠臣たち――朝鮮三国・高麗・倭乱前朝鮮国
1 朝鮮三国の忠臣たち――新羅・百済・高句麗
2 高麗の忠臣たち
3 倭乱前朝鮮国の忠臣たち
三 倭乱の忠臣たち――壬辰倭乱と丁酉倭乱
1 壬辰倭乱の忠臣たち
2 丁酉倭乱の忠臣たち
おわりに
注・参考文献
倭乱関係地図
新続忠臣図記事による関連年表
あとがき
内容説明
朝鮮王朝が創った忠臣像を繙く
壬辰・丁酉の倭乱で荒廃した朝鮮を治めた光海君。本書は、その命で編纂された『東国新続三綱行実図』の一部「新続忠臣図」をもとに、時代が要請した「忠」の群像を紹介。
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はじめに より
まずは、本書で取り上げられる作品「新続忠臣図」が、『東国新続三綱行実図』という韓国古典文学作品を構成する一巻である点をお断りする。そのうえで、作品自体の説明は次頁から述べるとして、我々がこの「新続忠臣図」を読む意義について、少し考えてみたい。
現代日本においてこそ朝鮮古典文学研究は下火であるものの、日本でずっと関心が持たれなかったわけではない。例えば江戸時代には、金時習の『金鰲新話』や後述する刪定諺解本『三綱行実図』、そして文禄慶長の役を経験した柳成龍の『懲毖録』や安邦俊の『隠峯野史別録』といった在野の史書も読まれていた。近代には、朝鮮群書大系という朝鮮古典の活字本シリーズが出され、今も大学図書館などに蔵書されている。
「新続忠臣図」は文禄慶長の役終結から僅か二〇年ほど後の一六一七年に出された。現在、韓国で正式には壬辰丁酉倭乱、日常の会話ではただ壬乱・倭乱とも称されるこの戦争について、果たしてどう認識されているかのルーツが本書を通じて垣間見られれば、そしてそれが現代の韓国を理解する一助になれば幸いである。
ただ、それはそれとして、本書で描く人物を、『三国志』の関羽や日本の『忠臣蔵』の赤穂浪士達と同じく、シンプルに朝鮮の忠臣としてお読みいただいても、やはり嬉しい。この「新続忠臣図」には、この戦争で散った朝鮮国の将兵ばかりでなく庶民やそれ以前の朝鮮国の人物、さらには高麗、および新羅を含む朝鮮三国の人物までも収録されている。様々な忠臣像・忠臣譚を楽しんでいただくことで、隣国理解のきっかけになればと思う。
一 「新続忠臣図」とその背景――〈行実図〉・倭乱・朝鮮王
1 「新続忠臣図」とは
一五九二年から一五九八年まで続いた壬辰丁酉倭乱(日本でいう文禄慶長の役)は、その後の東アジア三国それぞれに政治変動を起こした。一六〇三年に豊臣政権が倒されて徳川幕府が興り、満州地域にヌルハチの建てた後金(のちの清朝)により一六〇八年から明朝の凋落が始まるのは、この戦争の影響である。朝鮮半島では朝鮮王朝が倒されることは無かったものの、「交河遷都論」つまり漢城(現在のソウル)から交河(現在の京畿道坡州市交河洞)への遷都が唱えられたり(実現せず)、実質的に国政を担って明と女真との間で中立外交をしていた光海君が、その外交政策ゆえに仁祖反正と呼ばれるクーデターにより廃位されたりした。
この経緯ゆえに光海君は王号も諡号も無いうえ、王陵も無い(墓は現在の京畿道南楊州市にある)。そのため、かつては暴君とされ低評価であったけれども、近年は見直されつつある。
この、朝鮮国第一五代国王光海君が、その八代祖に当たる世宗が民心を収めるために命じて『三綱行実図』の初刊本を撰述させたように、壬辰倭乱で荒廃した民心を収めようと刊行させたものこそ『東国新続三綱行実図』(以下、略す際は『東新』)全一八巻であり、「新続忠臣図」(以下、略す際は「新忠」)はそのうちの一巻なのである。
『東新』は、朝鮮全土から集められた旌表記録集と言える。旌表政策とは、儒教道徳に適う徳行の実践者に対し、その邑に旌門を立て、本人を表彰することで民衆教化を図る政策である。特に『東新』は、壬辰丁酉倭乱の人物を中心に、しかしそれだけにとどまらず、新羅など朝鮮三国や高麗、倭乱前の朝鮮国の人物までも収録した。「新忠」のほかに「新続孝子図」「新続烈女図」「続附」があり、「新忠」は、書名どおり忠道徳に適う行動をした人物が収録された。「続附」は既刊の行実図の忠孝烈朝鮮事例だけをまとめ直したものである。そして、「新忠」に収められた忠臣の基準は「隠すところの無い心による君主への愛が金石よりも固く、国を知り己を知らぬ」(『東新』「跋文」)ことであるという。これに適った実際の記事がどのようなものなのかは、本文で御覧頂きたい。
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著者紹介
金子祐樹(かねこ ゆうき)
1975年、大阪府生まれ。
筑波大学地域研究研究科修士、大阪市立大学アジア都市文化学専攻後期博士課程単位取得退学。
韓国思想史・古典文学。日韓通翻訳文化論。
現、東国大学校(韓国)WISEキャンパスグローバル語文学部日語日文学科講義招聘教授。
主な論文に、「忠の人物像を観点とした『東国新続三網行実図』と『官刻孝義録』の比較研究」(『Journal of Korean Culture』9、韓国語文学国際学術フォーラム、2007)、「행실도계 교화서의 전개와 충행위의 추이: 17세기 초기의 관찬교화서 『동국신속삼강행실도』의 분석을 통해」(『民族文化研究』第51号、高麗大学校民族文化研究院、2009)、「異文化理解教材としての『全一道人』小考―韓語通詞養成用教材としてのその適性―」(『日本文化学報』第81号、韓国日本文化学会、2019)「『全一道人』에 있어서의 ‘服喪’의 번역문화론적 연구」(『古典翻訳研究』12、韓国古典翻訳学会、2021)。
また、主な翻訳・監訳としては、『日本京都大学図書館所蔵韓国典籍』(共監訳、国外所在文化財財団(韓国)、2022)、高東煥「「朝鮮時代における都市の位階と都市文化の拡散」(井上徹他編『東アジアの都市構造と集団性―伝統都市から近代都市へ』(大阪市立大学文学研究科叢書9)、2016、所収)」、沈慶昊「「近代以前の韓国における国家、社会と「文」」(河野貴美子他編『日本「文」学史 第三冊』、勉誠出版、2019年、所収)など。