ホーム > モノからみる海域アジアとオセアニア

モノからみる海域アジアとオセアニア  新刊

海辺の暮らしと精神文化

モノからみる海域アジアとオセアニア

オーストロネシア語群を話す人びとが暮らす太平洋。 その古来からのつながりは、各地に残るモノが雄弁に物語る。

著者 小野 林太郎
ジャンル 人類学
シリーズ 風響社ブックレット
風響社ブックレット > ブックレット海域アジア・オセアニア
出版年月日 2024/03/25
ISBN 9784894893634
判型・ページ数 A5・104ページ
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
 

目次

口絵

はじめに:モノからみる東南アジア・オセアニアと海のある暮らし(小野林太郎)

1章 漁具からみるヒトと海の生き物たち

   1-1 オセアニアの釣り針と疑似餌針(小野林太郎)
   1-2 タカラガイの疑似餌によるタコ漁(宮澤京子)
   1-3 サメ釣り漁(小野林太郎)
   1-4 凧で魚をとる:ヒトの観察力とイマジネーション(秋道智彌)
   1-5 筌による罠漁(辻 貴志)

コラム:独特の浮き板とゴージを使ったトビウオ漁(門田 修)

2章 貝が生み出すアート:贈与と装飾品からみる海の暮らし

   2-1 男女のおしゃれと多様な貝製品(印東道子)
   2-2 貝をお金に変える技(後藤 明)
   2-3 冠婚葬祭にかかせない貝の貨幣(門馬一平)
   2-4 海を渡る貝貨(後藤 明)

コラム:琉球の多彩な貝製品(藤田祐樹)

3章 カヌーと船貝:海で生きるための必需品

   3-1 ココヤシロープ―シンプルな必需品(宮澤京子)
   3-2 パンダナス(タコノキ)の帆とマット(小野林太郎)
   3-3 オセアニア・東南アジアの櫂たち(門田 修)
   3-4 手斧:カヌー作りとヒトの移動史(山野ケン陽次郎)

コラム:模型からみるオセアニアのカヌーとその多様性(後藤 明)

4章 舟と仮面:海世界におけるヒトの精神性6

   4-1 戦闘カヌーと首狩り(長岡拓也)
   4-2 東南アジアの鳥舟・竜頭舟・コレック舟(小野林太郎)
   4-3 精霊舟の信仰―崖葬墓と船棺葬(小野林太郎)
   4-4 仮面にみる精神世界と海の資源(藤井真一)

コラム:琉球列島の崖葬墓(片桐千亜紀)

おわりに

このページのトップへ

内容説明

世界でも最も島の数が多い地域はオーストロネシア語群を話す人びとが暮らすところだ
その古来からのつながりは、各地に残るモノが雄弁に物語る。漁具、貝の装飾品、舟、そして精神世界を示す仮面等々だ

*********************************************


    はじめに:モノからみる東南アジア・オセアニアと海のある暮らし

小野林太郎
(後略)




 日本の西南に隣接する東南アジア島嶼部と、東南に隣接するオセアニアは、世界でも最も島の数が多い地域だ。今から4000年前頃、南中国から台湾付近を起源とする人びとが、海を越えて東南アジアの島々を経てオセアニアの島々へと拡散した(図1)。言語学的にはオーストロネシア語群を話す人びとの祖先集団と考えられている。現在、オーストロネシア語群の起源地は、言語学からは台湾が第一候補とされているが、考古学の研究から台湾における文化は中国南部方面から波及した可能性が指摘されている。したがって、究極的なオーストロネシア語族の起源地は、中国南部を中心とする大陸部に求められるが、オーストロネシア語群の言葉が現在も話されている地域は、台湾以南となる。

 台湾でオーストロネシア語群の言葉を母語としているのは、台湾先住民(台湾における表現としては原住民)の人びとである。実際、台湾先住民の中には、南方系の顔立ちをもつ人びとが多く、その物質文化や慣習には東南アジア島嶼部やオセアニアのそれらとの高い共通性を示すものも少なくない。多様な貝を用いて、精巧な貝製装飾品を着飾る文化や、嗜好品として檳榔(キンマ)を嚙む慣習などは、その好例であろう。檳榔はヤシ科の植物で、その実には人を酔わせる効能があることから嗜好品として古くから利用されてきた。通常、檳榔の実と粉上の石灰を一緒に噛んで利用することが多い。

 このため、檳榔噛みの風習がある地域では、各地で檳榔をいれる美しい保管具(写真1)や石灰の粉をいれる道具類が発達した(口絵写真1)。またフィリピンでは新石器時代の遺跡から、石灰が詰まった二枚貝が出土しており、檳榔噛みに利用されたものではないかと推測されている。オセアニアでも檳榔は広く好まれ、現在でもミクロネシアやメラネシアの各地で日々、嗜好されている。

 一方、オーストロネシア語族の人びとが移住・拡散した空間は、東南アジアの島嶼部からオセアニアへ広がる島世界である。島から島へと移動するには、海を渡らねばならない。このためオーストロネシア世界では、海を渡る道具となる舟や船具も各地で製作・利用されてきた。また島という限られた陸域では、陸上資源とともに海産資源が人びとの重要な食糧源のひとつとなってきた。このためオーストロネシア語族の人びとは、新石器時代にさかのぼる移住初期から、ヨーロッパ人による大航海時代の接触期や植民地時代を経て現代にいたるまで、海の暮らしと密接にかかわる多様で独自な文化や精神世界を発展させてきた。この島世界に共通する物質文化には、釣り針や樹皮布(タパ)の製作具(写真2)、カヌーなどの加工具となる石製や貝製の手斧(写真3)など多数がある。

 本書はこうしたオーストロネシア語族の人びとが、海の暮らしの中で製作・利用してきたモノたちに注目し、それらのモノを通して海域アジアからオセアニアへといたる海域世界に暮らしてきた人類の歴史や文化について検討・紹介する。同時に本書で紹介するモノたちは、2022年9月~12月にかけて国立民族学博物館で開催された企画展『海のくらしアート展―モノからみる東南アジアとオセアニア』で紹介された展示資料の中から厳選した。したがって本書は、この企画展の成果をまとめたものともなっている。

 編者が所属する国立民族学博物館で開催されたこの企画展は、人類史的な視点から海域アジア・オセアニアへと拡散したオーストロネシア語族集団の移動や文化的多様性について紹介したイントロダクションのほか、(1)漁具からみえる海洋生物とヒト、(2)貝と装飾品の世界、(3)舟造りにおけるアートな世界、(4)海の生物・舟に象徴される人びとの精神世界 からなる4つのテーマより構成された。本書の構成も企画展と連動させ、4章での構成となっている。また実際の展示では、総計300点の資料を紹介したが、本書ではこれらの中から特に重要と考える資料や、幅広い世代の方々に関心や興味をもってもらえるような資料・テーマを選び、写真を交えてまとめたみた。よって、本書で紹介する資料の多くは、国立民族学博物館が所蔵する資料となっている。その多くは、19世紀後半から20世紀後半にかけて東南アジア島嶼部からオセアニアで収集された民族誌資料である。また比較の視点から、企画展では同じ島世界である琉球諸島で出土した貝製品なども、沖縄県立博物館・美術館や沖縄県立埋蔵文化財センターの協力により展示することができた。その多くは遺跡から出土した先史時代の考古遺物であるが、両地域の共通性と独自性を確認する上で、これらの比較資料がもつ意義は極めて大きい。そこで本書でもコラムにおいて、これら琉球諸島の先史時代に製作・利用された素敵な貝製品たちを紹介する。これらからは、同じ海域世界である東南アジアやオセアニアの貝製品との共通性、そして違いもみることができるであろう。

 島世界へ移住し、適応した人びとの豊かな知恵や技術、そして精神世界をぜひ堪能してもらいたい。



 *********************************************

編者紹介
小野 林太郎(おの りんたろう)
1975年生まれ。
国立民族学博物館准教授。
上智大学大学院地域研究専攻修了、博士(地域研究)。
主な業績に、Pleistocene Archaeology: Migration, Technology, and Adaptation(共編著、IntecOpen、2020年)、『海の人類史―東南アジア・オセアニア海域の考古学 増補改訂版』(雄山閣、2018年)、『海民の移動誌―西太平洋のネットワーク社会』(共編著、昭和堂、2018年)、Prehistoric Marine Resource Use in the Indo-Pacific Regions(共編著、ANU Press、2013年)、『海域世界の地域研究―海民と漁撈の民族考古学』(京都大学学術出版会、2011年)など。

執筆者紹介(50音順)
秋道智彌(あきみち ともや)
1946年生まれ。
山梨県立富士山世界遺産センター所長。
東京大学理学系研究科人類学博士課程・単位修得満期退学。
主な業績に『霊峰の文化史』(勉誠出版、2023年)、『明治~昭和前期漁業権の研究と資料』(全2巻)(臨川書店、2021年)、『たたきの人類史』(玉川大学出版部、2019年)、『サンゴ礁に生きる海人―琉球の海の生態民族学』(榕樹書林、2016年)。

印東道子(いんとう みちこ)
国立民族学博物館名誉教授。
オタゴ大学大学院博士課程修了、Ph.D.(人類学)。
主な業績に『島に住む人類―オセアニアの楽園創世記』(臨川書店、2017年)、『南太平洋のサンゴ島を掘る』(臨川書店、2014年)、『オセアニア―暮らしの考古学』(朝日新聞社、2002年)。

片桐千亜紀(かたぎり ちあき)
沖縄県教育庁文化財課。
沖縄国際大学卒。
主な業績に「白保竿根田原洞穴遺跡」『季刊考古学 洞窟遺跡の過去・現在・未来』151(2020年)、「崖葬墓文化の起源を探る」『図書』2(2019年)、「更新世の墓域は語る」『科学』6号(共著、2017年)。

後藤 明(ごとう あきら)
1954年生まれ。
南山大学人類学研究所特任研究員。
ハワイ大学Ph.D.(人類学)。
主な業績に『環太平洋の原初舟―出ユーラシア人類史学への序章』(南山大学人類学研究所、2023年)、『世界神話学入門』(講談社、2017年)、Cultural Astronomy of the Japanese Archipelago(Routledge, 2021)。

辻 貴志(つじ たかし)
1973年生まれ。
アジア太平洋無形文化遺産研究センター・アソシエイトフェロー。
神戸学院大学大学院人間文化学研究科博士課程修了、博士(人間文化学)。
主な業績にPrehistoric Marine Resource Use in the Indo-Pacific Region(分担執筆、Australian National University Press、2013年)、『鳥と人間をめぐる思考―環境文学と人類学の対話』(分担執筆、勉誠出版、2016年)、『野生性と人類の論理―ポスト・ドメスティケーションを捉える4つの思考』(分担執筆、東京大学出版会、2021年)、『生態人類学は挑むSession 3 病む・癒す』(分担執筆、京都大学学術出版会、2021年)。

長岡拓也(ながおか たくや)
1968年生まれ。
NPO法人パシフィカ・ルネサンス代表理事。
オークランド大学人類学部博士課程修了、Ph.D.(人類学)。
主な業績に New Information from an Old Discovery: Geological Analysis of a Stone Adze Found on Pohnpei, Micronesia (The Journal of Island and Coastal Archaeology 18(1), 2023), Obsidian Point Discovered on Kapingamarangi Atoll, Micronesia: Implications for Post-settlement Regional Interactions (Waka Kuaka: The Journal of the Polynesian Society 131(4), 2022), Western Culture Comes from the East: A Consideration of the Origin and Diffusion of the Micronesian Marching Dance (People and Culture in Oceania 22, 2007)。





*********************************************
*********************************************
*********************************************

ブックレット海域アジア・オセアニア 「刊行の辞」 


 本ブックレットシリーズは、海域アジアとオセアニアを対象地域としている。ここでいう海域アジアとは、日本・琉球列島や台湾、東南アジア島嶼部といった海と島からなる海域世界、ならびにアジア大陸部の沿海部を指している。また、オセアニアは、南太平洋に浮かぶ島嶼群やオーストラリア大陸からなる一大海域世界でもある。本シリーズは、その両者を分けることなく、海を媒介としてつながる海域世界として捉え直している点に特徴がある。

 海域アジア・オセアニアは、しばしば近代の陸地中心的な国家・地域観に基づき、中国、台湾、東南アジア、オセアニアなど、個別の研究対象地域に分けられてきた。だが、海域アジアとオセアニアは、古来より人類の移住、モノ、文化、宗教の移動を通してつながってきたエリアである。近年、両地域間のヒト、モノ、文化、情報の越境的な動きは、ますます加速している。本シリーズは、海域中心的な視点に立脚しながら、海域アジアとオセアニアの歴史的・現代的なつながりを描き出そうとするものである。

 二一世紀は「太平洋の世紀」ともいわれるように、海域アジアとオセアニアは地政学的に極めて重要な位置を占めつつある。本シリーズでは、その各地域における開発や生態、食生活、災害といった人々と環境の相互的関係性、あるいは人々の移動に伴う越境の動態など、さまざまなトピックを扱う。そして、シリーズ全体として海域アジアとオセアニアの間の連環世界を捉えていくことで、従来の地域概念や蛸壺化しつつある地域研究の枠組みを超えた、新たな地域研究の在り方とその方法を模索していきたい。

 海域アジア・オセアニアは「境界をもたない」地域概念でもある。したがって、本シリーズが想定する海域アジアやオセアニアの範疇を超えて拡がる世界も、視野に含まれる。本シリーズは、個々の研究者の最新の研究を通して、新たな地域研究の枠組みを模索することを目標の一つとしている。その一方で、その最新の研究成果をわかりやすく伝えることで、広く社会に向けて海域アジア・オセアニアの諸相を知っていただきたいと願っている。本シリーズが、アジアとオセアニアをつなぐ海域世界への理解に、少しでも役立てられることがあれば幸いである。

 二〇二四年三月

 「海域アジア・オセアニア・ブックレット」ジェネラル・エディター
小野林太郎・河合洋尚・長津一史・古澤拓郎


*本ブックレットシリーズは、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構で推進されている機関プロジェクトの1つ「海域アジア・オセアニア研究プロジェクト」(拠点機関:国立民族学博物館・東洋大学・京都大学・東京都立大学)が、企画編集しているものである。

このページのトップへ