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日本人類学の血脈  新刊

伝承の現場と論理

日本人類学の血脈

数多のエピソードで描く人類学の裏面史。そこには、文字通り熱い探究の「血」が脈々と流れ、受け継がれている。

著者 山下 晋司
ジャンル 人類学
シリーズ 風響社ブックレット
風響社ブックレット > 関西学院大学 現代民俗学・文化人類学リブレット
出版年月日 2024/10/20
ISBN 9784894890299
判型・ページ数 A5・78ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次



第一章 日本人類学の血脈──概観
  一 坪井正五郎
  二 鳥居龍蔵
  三 柳田国男
  四 岡正雄
  五 石田英一郎
  六 梅棹忠夫
  七 中根千枝
  八 山口昌男

第二章 伝承の現場
  一 学会
  二 大学・研究所
  三 研究室
  四 授業
  五 教科書
  六 座談会・シンポジウム
  七 現地調査
  八 留学
  九 最終講義
  一〇 追悼
  一一 出版社
  一二 パトロン・支援者

第三章 伝承の論理──トランスウォー期を中心に
  一 戦前から戦後へ
  二 トランスウォー期の人類学者の仕事と人生
  三 岡正雄、石田英一郎、泉靖一
  四 アジア・太平洋地域の人類学

第四章 まとめと展望──未来に向けて

謝辞

注・参照文献

本書関連の略年表

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内容説明

百数十年の歩みを「人」と「組織」とその「営為」でたどる
学史を彩る巨人たち、学界の成り立ち、後継の育成、最終講義や追悼、そして出版社・パトロン……。数多のエピソードで描く人類学の裏面史には、文字通り熱い探究の「血」が脈々と流れ、受け継がれている。

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    序 より




 
  本書を執筆したきっかけは、二〇二三年三月におこなわれたある国際会議で、参加者の一人から日本の人類学と帝国主義との関係について尋ねられ、うまく答えられなかったことだった。「人類学は帝国主義の申し子」とはよく言われることだが、日本の人類学と帝国主義の関係については、私が知る限り公式には語られてこなかった。それゆえ、この問題は私を含め後続世代に十分に伝えられておらず、簡単には答えられない類いの問いだったのだ。

  他方、過去は死んでないということを思い知らされたのは、二〇二二年から二〇二三年にかけておこなわれた日本文化人類学会倫理委員会のアイヌ民族をめぐる一連のオンライン・シンポジウムを通してだった。アイヌ民族は、日本の「先住民」として日本人類学の誕生期から重要な位置を占めてきたが、沖縄や台湾、韓国・朝鮮などの人びとと同様、「日本の」植民地主義・帝国主義による被害を受けた。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの人類学においては、過去の先住民研究のあり方に対して反省と謝罪がおこなわれているが、このシンポジウムでは、日本においてはどうするのかについて議論がかわされたのである。

  日本人類学の歴史については、すでに寺田和夫が『日本の人類学』(一九八一年)を書いており、綾部恒雄が『文化人類学群像3 日本編』(一九八八年)を編集している。日本民族学会(現日本文化人類学会)も一九六六年に『日本民族学の回顧と展望』を、一九八六年に『日本の民族学1964-1983』を刊行している。近年では、ヤン・ファン・ブレーメン(Jan van Bremen)と清水昭俊の英文の編著 Anthropology and Colonialism in Asia and Oceania (1999)、山路勝彦編『日本の人類学──植民地主義、異文化研究、学術調査の歴史』(二〇一一年)、ヨーゼフ・クライナー編『近代〈日本意識〉の成立──民俗学・民族学の貢献』(二○一二年)および『日本民族学の戦前と戦後──岡正雄と日本民族学の草分け』(二○一三年)、中生勝美『近代日本の人類学史──帝国と植民地の記憶』(二○一六年)などが刊行されている。私自身も外国の研究者を意識しながら日本の人類学に関する論考を英語で発表してきた[Yamashita 1998, 2004, 2006a, Yamashita, Eades, and Shimizu 2018]。

  しかし、今の若い研究者は、日本の人類学の歴史をどのくらい知っているだろうか。本書では、とくに若い世代に日本人類学の歴史に対する注意を喚起し、先人たちが人類学をどのように想像/創造し、その歷史がどのように伝承されてきたかということを考えてみたい。これを通して、冒頭に述べた日本における人類学と帝国主義の関係という問いに迫っていきたいのである。

  学問の伝承を考えるに当たって、本書では「血脈(けつみゃく)」という言葉を使う。仏教では「血脈(けちみゃく)」といい、法が師から弟子へと相続されることを人体における血液の流れに譬えた表現である。さらに「血脈相承(けちみゃくそうじょう)」といえば、師から授けられる「法」は次代の師となるべき者が相続するものとされている。本書で検討してみたいのは、人類学という学問における「血脈相承」のあり方である。

  他方、「血脈」というと、佐藤愛子の自伝的小説『血脈』(二〇〇一年)を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし、ここでの関心はそうした個人のファミリー・ヒストリーにおける「血」の伝承ではない。集合的な「人類学ファミリー」の伝承のあり方を「血脈」という言葉で捉えてみたいのである。

  こうした目的のために、第一章では、坪井正五郎から山口昌男にいたる八人の日本人類学史のキーパーソンに焦点を当てながら、日本人類学の血脈を概観する。ここでの「血脈」とは、「血統」のようにある祖先からの正統な出自の流れではないが、先人から伝わる学問の流れのようなもので、「学統」と言ってもよいものである。というのも、学問は一人だけでは成就できず、先人の業績のうえに成り立ち、後輩たちに引き継がれていくものだからだ。こうした学問の伝承について先学者として若い後学者たちに伝える義務があると私は考えている。

  第二章では、「伝承の現場」に注目し、学会、大学・研究所、研究室、授業、教科書、座談会・シンポジウム、現地調査、留学、最終講義、追悼、出版社、パトロン・支援者などを具体的に取り上げながら、学問伝承の現場を検討する。第三章では、とくに岡正雄、石田英一郎、泉靖一の三人に焦点を当て、一九三〇年代から六〇年代──日本における人類学と帝国主義の関係を考えるうえでとくに重要な時期──における人類学の「伝承の論理」を探る。これらを踏まえて第四章では、日本人類学の未来を展望する。これが本書の論述の順序である。

  なお、本書での人類学は自然科学系の自然(形質)人類学だけでなく、人文・社会科学系の民族学・文化/社会人類学を含み、後者に比重があることをはじめにお断りしておきたい。以下で述べるように、一九一三年の坪井正五郎の死後、鳥居龍蔵が人類学の第二部(人種学・民族学)を第一部(生物人類学)から分離し、一九二〇~三〇年代に岡正雄らが「民族学」という言葉を定着させて以降は、もっぱら民族学・文化/社会人類学の歴史を扱うことになる。


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著者紹介
山下晋司(やました しんじ)
1948年生まれ。
1973年東京大学教養学部教養学科卒業。
1978年東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻博士課程単位取得退学。
1987年文学博士(東京都立大学大学院社会科学研究科)。
専攻は文化人類学、東南アジア地域研究。
広島大学総合科学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科教授、帝京平成大学現代ライフ学部教授を経て、現在東京大学名誉教授。
著書に『儀礼の政治学──インドネシア・トラジャの動態的民族誌』(弘文堂、1988年)、『バリ──観光人類学のレッスン』(東京大学出版会、1999年)、『観光人類学の挑戦──「新しい地球」の生き方』(講談社、2009年)、編著書に『観光人類学』(新曜社、1996年)、『文化人類学キーワード』(有斐閣、1996年)、『資源化する文化』(弘文堂、2007年)、『公共人類学』(東京大学出版会、2014年)、『文化遺産と防災のレッスン──レジリエントな観光のために』(新曜社、2019年)など。



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関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット 刊行の辞 


 人文社会科学全体の中で、民俗学と文化人類学という二つの領域が併存している状況は、洋の東西を問わず、広く世界中で見ることができる。これは、二つの学問領域が重なり合う面を多々持ちながらも、それぞれ出自や特性を異にしているためである。もっとも、だからといって両者が排他的な関係にあるわけではない。事実、文化人類学が民族学と言われていた時代、日本には「二つのミンゾクガク」という伝統があった。

 その後、民俗学は自文化研究に主眼を置き、文化人類学は異文化研究に特化していったが、グローバル化の影響で自他の境界が曖昧となりつつある今日、両領域はそれぞれの学問的特性を尊重しあい、かつ協働すべきところは協働して、ともに人類文化の究明に向かって進んでいる。民俗を意味するfolkloreという言葉の発祥地であり、近代人類学を主導したイギリスでは、近年改めて両領域の関係が見直されるようになっているが、それは必然的な流れと言えよう。

 関西学院大学社会学部・社会学研究科では、こうした学問的潮流を強く意識して、民俗学・文化人類学の教育・研究を実践している。具体的には、二〇一六年、学部教育改革の一環として、学部内に六つの「専攻分野」を設置した。その中の一つに、「フィールド文化学専攻分野」があり、ここでは民俗学と文化人類学をそれぞれ専門とする専任教員が、「現代民俗学」と「文化人類学」の講義・ゼミを開講している。また、これと対応して、大学院社会学研究科においても、「現代民俗学」と「文化人類学」の講義・ゼミが開講されている。さらに、学部・大学院とも、国内外からこれらの分野の専門家を兼任講師として招聘し、多様な科目を開講している。

 こうして、関西学院大学社会学部・社会学研究科は、民俗学・文化人類学を学部から大学院まで一貫して専門的に学ぶことができる教育・研究機関となっており、また国内における数少ない民俗学の国際的教育研究拠点の一つとしての位置を占めるに至っている。

 「関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット」は、こうした恵まれた環境の中で、民俗学・文化人類学の教育・研究に携わる教員や研究者が、その最新の研究成果および講義内容を、学生や研究者、そして広く社会に対して、わかりやすく伝えることをめざして刊行するものである。本シリーズが、日本国内はもとより、将来的に外国語への翻訳を通じて、世界中の民俗学・文化人類学の進展に寄与することを心から願っている。

 「関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット」ジェネラル・エディター 島村恭則・桑山敬己


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《関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット》シリーズ刊行予定

既刊
『文化人類学と現代民俗学』桑山敬己・島村恭則・鈴木慎一郎
『景観人類学入門』河合洋尚
2022年刊
『文献史学と民俗学:地誌・随筆・王権』村上紀夫

(以下続刊、いずれも仮題。随時刊行)

『通過儀礼と家族の民俗学』八木 透
『現代フォークロア10の視点』荒井芳廣
『アニメ聖地巡礼と現代の宗教民俗学』アンドリューズ、デール
『記憶と文化遺産の民俗学』王 暁葵
『廃墟のフォークロア』金子直樹
『ドイツの現代民俗学』金城ハウプトマン朱美
『文化人類学・民俗学の〈アート〉』小長谷英代
『韓国民俗学入門』崔 杉昌
『中国の現代民俗学:文化人類学とのかかわり』周 星
『カルチュラル・スタディーズ』鈴木慎一郎
『祭りと地域メディアの現代民俗学』武田俊輔
『温泉のフォークロア』樽井由紀
『布とファッションの人類学』中谷文美
『中国で民俗学を研究する:日本人民俗学者が語る現代中国民俗学』中村 貴
『民俗学者はフィールドで何を見てきたのか』政岡伸洋
『古墳のフォークロア』松田 陽
『文化遺産と民俗学』村上忠喜
『フォークロリズムの民俗学』八木康幸
『まちづくりの民俗学』山 泰幸
『イギリスの民俗学』山﨑 遼
『食の人類学』ヨトヴァ、マリア
『台湾民俗学入門』林 承緯
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