目次
序章
1 研究の目的と意義
2 従来の研究と問題点
3 調査地の選択および調査
4 本書の構成
第一章 伝統的社会組織
第一節 ビン南地方および調査村の概況
1 東南中国およびビン南人とその文化
2 伝統的社会組織
3 調査村の概況
第二節 村落連合
1 血縁的村落連合とその歴史
2 分裂と非血縁的村落連合の結成
3 村落連合における村落間関係
第三節 調査村の伝統的社会組織
1 宗族の歴史およびその組織
2 宗族の分節および分節間の関係
第二章 近代的行政組織
第一節 行政組織の歴史的変遷
1 一九五〇年代以前の行政組織
2 一九五〇年代から一九八〇年代の行政組織
3 一九八〇年代以後の行政組織
第二節 農業集団化の時期における行政組織
1 革命理念下の行政組織とその地縁的な性格
2 政治運動の下での行政組織とその反伝統的な志向
3 伝統的社会組織への影響
第三節 今日の行政組織
1 「改革開放」後の行政組織──伝統への調和
2 伝統的社会組織からの影響
第三章 伝統的社会組織の変容──宗族の再組織化
第一節 宗族組織の再統合
1 晋主──再統合の儀礼
2 家廟、祠堂、祖セキ──祭祀空間の分節化
3 族譜──系譜関係の再確立
4 「公産」──財の再蓄積
5 「機能的房族」──基層的分節
第二節 祖先祭祀の再興
1 祖先祭祀──重層性と多様性
2 「祭冬」儀礼──「墓祭」と「祠祭」
3 「孝公媽」──女性中心の祖先祭祀
4 祖先崇拝と葬送儀礼
第三節 老人会──現代における宗族の再興
1 老人会の組織構成
2 老人会の関連組織
3 国家と社会を結ぶ老人会
4 「族長」としてのリーダー
5 宗族再興における役割
第四章 現代的宗族の拡張と葛藤
第一節 宗親組織の再結成
1 宗親会の成立
2 宗親会の組織構成
3 国際的ネットワーク
4 地域社会における宗親組織──宗族間の競合と協力
第二節 宗族内外の紛争と調停
1 ある交通事故を巡る解決方法──宗族間の交渉
2 「風水池」再建の波紋──集団対個人
3 「爾民事件」──宗族内紛争の調停
第三節 政治との関わり
1 市場建設の紛争──分節間の不信と対立
2 「五・一一事件」──宗族間の衝突およびその後遺症
結論
あとがき
付録
参考資料1
参考資料2
調査資料
資料原文
参考文献
図表・写真リスト
索引
内容説明
永く「残された中国」の調査により推定・遠望されていた現地の、初めての本格的調査を踏まえた論考。戦後の政治的変動を経て、復興・再生されつつある宗族組織の実態を、伝統の再構成および多様な現状の側面から詳細に分析・紹介。(注:ビンは門+虫)
*********************************************
まえがき 潘 宏 立
筆者が、一九八七年はじめて福建省南部漁村で人類学的なフィールドワークを行ってから、早くも一五年近くが経った。この一五年間、主に福建省南部の漢族の社会・文化を中心として、幾つかの村落でフィールドワークを行い、一九九七年から、福建省への調査・研究と同時に、長江以南を中心に江蘇省、江西省、湖北省、湖南省、河南省での短期調査にも範囲を拡大してきた。その中でも、福建省南部石獅市容卿村での、現在の宗族組織をめぐるフィールドワークは最も長期にわたる。一九九四年からの一年間余りの住み込み調査、さらに二〇〇一年九月までの六年間の追跡調査を続け、この村落を中心とした漢族宗族組織の再興と発展の歴史のひとこまを記録してきた。本書は、こうした現地調査で得られた資料に基づいて中国東南部の村落宗族について論じるものである。
周知のように、二〇世紀最後の十数年の間で、中国は目覚しい社会発展を遂げた。すなわち一九八〇年代から「改革開放」政策のもとで、中国社会における政治、経済、文化のあらゆる面が急激に変化した。政治面では過去の「極左」政策を放棄し、政治体制の改革が緩やかに進んできている。農村では、「人民公社」制度を廃止し、村落に選挙を導入し、村民の権利がより広く認められ、尊重されるようになった。経済面で、「社会主義市場経済」が打ち出され、二〇年間連続して高度経済成長が続いている。二〇〇八年北京オリンピック開催の決定、また二〇〇一年一二月には念願のWTOの加盟を実現した。中国は、多くの問題を抱えながら、今世紀中期には経済超大国になるよう疾走している。香港やマカオの平穏な返還は中国の統一への大きな一歩でもある。文化面で、欧米や日本など海外からの「現代文化」が大量に流入し、それを受容する一方、中国の長い歴史の中で息づいてきた伝統文化は急速に復興し、または「再創造」されている。長い目でみると、この時期は中国の歴史上最も社会変化の激しい時代であり、今後も激変し、活力が溢れる時代になっていくであろう。この古くて新しい中国は今世紀このままに発展していくと、東アジアの中心として世界に大きな影響をもたらす存在となるであろう。
さて、世界人口の五分の一を占めるこの巨大な中国の社会変化をどう理解し、さらにその未来をどう把握すればよいのであろうか。その方法の一つは、人類学的調査によって中国社会・文化をミクロのレベルで観察することであると思う。本書は東南中国の農村社会の現況を宗族再興に焦点をあてることによって、社会変化の動態を考察したものである。
東南中国、とりわけビン南(福建省南部)では、昔から宗族が発達していたことは歴史学者の研究で明らかにされている。歴史を振り返ると、福建省では、約一〇〇〇年前の宋の時代に入ると、宗族組織の発展が始まり、約五〇〇年前の明代中期には各村落に広がって、全盛期に入った。この時期に、多くの祠堂が建てられ、族譜が初めて編集された。また、宗族組織は村落社会の最も重要な社会支配勢力になった。現在、宗族組織は明の時代に比較できる再発展の時代となっているようにみえる。例えば、ほとんどのビン南宗族村落では祠堂が再建され、族譜が再編集された。しかも、新しい祠堂が建てられ、族譜が作られた。また、宗族組織は村落社会において、行政組織とともに支配権を握る勢いになった。その勢いはが明代以来、宗族のもう一つの発展の高潮のようにみえてくる。
もちろん、現在の宗族は封建時代の宗族の複写ではない。宗族の構成原理を継承しながら、「伝統」が新たに再創造されている。現在のビン南宗族の再興とその社会・経済的背景は明の中期と類似するところがある。ともに個人経済の急発展、社会の不安定要素の増大がみられる。しかし、宗族発展の社会要因には大きな相違点がみられる。宋や明代では、著名な儒家ないし無名の郷紳が王朝の賛同や支持をえて、宗族の発展を推進した。しかし、宗族の発展に関しては、現在なお政府は否定的な見方を捨てていない。したがって、宗族再興は政府主導ではなく、草の根の村民たちの主導による現象と考えられる。また、現在の宗族は現代の社会条件に従って、その構成から社会的役割まで現代的特徴がみられる。いったいビン南ではなぜ宗族は早くも再興したのか、現在の宗族はどんな状況であるのか、これらの解答は本書の内容になっているので、ご覧いただきたいと思う。
本書は東南中国の宗族研究の学術的著作であるが、複雑な理論構築や論述よりむしろ多くの実例を記述した民族誌の色合いが濃い。しかし、そこには筆者の学術的追求がある。人類学者によるこの地域での宗族組織の現地調査や研究がまだ少なく、不十分である。したがって、現時点での理論の構築には限界がある。筆者は、フィールドワークをこの地域宗族研究の第一歩として重視してきた。本書はいきいきした事例や実証的データを豊富に取り入れていることが特色である。それを評価していただければ、筆者としては大変有難いと思う。
本書で取り上げたビン南宗族の実状はあくまでも多様性に富んだ中国漢族社会の一つの事例である。現在のところ、他の地域ではまだ、ビン南のように各村落まで宗族を再興したという事例はみられない。しかし、ビン南宗族の分析を通して、現在のビン南農村の社会や文化を明らかにすると同時に、中国社会の発展や変化の脈動をもとらえられるのではないかと考える。
本書によって、一般の読者が東南中国農村の現状を理解するのに役立つならば、まことに幸いである。また、研究者のために、付録では、資料原文を部分的に添付しているので、参考にしていただきたいと思う。
なお、調査地の人々のプライバシーを保護するため、一部の地名や人名は仮名で書かれている。ご理解いただきたい。
*********************************************
潘宏立(Pan Hong-li)
1960年、 中国福州市生まれ。
1985年、中国厦門大学大学院文化人類学専攻修士課程修了。1998年、総合研究大学院大学文化科学研究科比較文化学専攻博士課程修了。博士(文学)。専攻、文化人類学。
中国厦門大学人類学部専任講師、国立民族学博物館外来研究員等を経て、現在、平安女学院大学現代文化学部助教授。
主な著書に、『崇武人類学調査』(共著、福建教育出版社、1990年)、『大地は生きている──中国風水の思想と実践』(共著、てらいんく、2000年)等。