目次
序論:中国文化人類学の歩み 西澤治彦
1 コミュニティー・スタディーズと中国人類学
中国郷村生活の社会学的調査に対する建議 ラドクリフ=ブラウン講演(呉文藻 中文編訳,西澤治彦 和訳)
中国農村社会の団結性の研究:一つの方法論の建議 レイモンド・ファース(費孝通 中文訳,西澤治彦 和訳)
費孝通著『中国の農民生活』への序文 B・マリノフスキー(西澤治彦訳)
2 中国研究と社会科学
社会人類学における中国研究の位置:マリノフスキー追悼記念講演 M・フリードマン(末成道男訳)
中国研究は社会科学に何をなしえるか G・W・スキナー(西澤治彦訳)
中国史の構造 G・W・スキナー(瀬川昌久訳)
3 親族研究のパラダイムとその行方
人類学の観点から考察する中国宗族郷村 林耀華(西澤治彦訳)
王朝時代後期中国(1000-1940年)における親族組織・序文 P・B・エブリー/J・L・ワトソン(川口幸大訳)
房と伝統的中国家族制度:西洋人類学における中国家族研究の再検討 陳其南(小熊誠訳)
4 エスニシティーと文化的多様性
さまざまな意識モデル:華南の漁民 バーバラ・ウォード(瀬川昌久訳)
中国の葬儀の構造:基本の型・儀式の手順・実施の優位 ジェイムズ・L・ワトソン(西脇常記訳)
「イ族史」の歴史 S・ハレル(高山陽子訳)
エスニシティーの探究:中国の民族に関する私の研究と見解 費孝通(塚田誠之訳)
あとがき:総括と展望に代えて 瀬川昌久
出典・既訳一覧
索引
内容説明
ファース、ラドクリフ=ブラウン、フリードマン、スキナー、ワトソン、林耀華、陳其南……。人類学史を刻んできた主要論考を、民族・社会・宗族・宗教等の分野ごとに抽出・構成。編者らによる翻訳に解題を付した決定版。
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はしがき
本書は,中国社会に関する文化人類学的な論考の中でも,研究史上とりわけ重要な意味をもつと考えられるいくつかの論文を厳選し,リーディングスとしてまとめたものである。中国は,文化人類学の研究史の中で必ずしも最も古典的あるいは典型的なフィールドであるとは言えないが,それでもフィールドワークに基づく中国社会の研究が開始されてから既に100年に近い時間が積み重ねられている。その間の時間は,ちょうど文化人類学という学問が大きな発展と分化を遂げた時期に重なる。同時にまた,それは清朝の崩壊から近代国家の成立,諸外国の侵略と内戦,急進的社会主義化,改革開放と経済発展という,中国社会それ自体にとっての激動の1世紀にも重なっている。したがって,本リーディングスを通して20世紀の文化人類学の研究史の一部を振り返るとともに,中国近代史の起伏に富んだ道筋にも,読者は間接的に触れることが可能である。
その意味で,本書が意図するのは,単なる現代中国社会の実態を知るためだけのデータ・ソースとしての役割にはとどまらない。本書中にとりあげた諸論文は,いずれも根元的な問題に正面から取り組んだものであり,人類学の方法論,中国社会研究の課題について,今日でも多くの示唆を与えてくれるものである。それを読むことを通じて,人類学の過去の知的遺産を有効に継承し,中国というフィールドがもつ学術的な重要性について認識を深める読者が1人でも多く現れることを,編者らは心から願わずにはいられない。
収録した論文は,中国人類学の創設期において斯学の進むべき道を模索したラドクリフ=ブラウンとレイモンド・ファースの建議,および費孝通の民族誌に寄稿したマリノフスキーの序文,中国研究と社会科学との関係に関しては,フリードマンとスキナーの挑戦的な論文,親族研究の分野では,林耀華の宗族村の古典的モノグラフと,エブリーとワトソンの歴史研究への提言,およびネイティブの視点を前面に打ち出した陳其南の論文,エスニシティーと文化統合に関しては,初期の古典としてウォードの意識モデルの論文,新しいものとしてワトソンの葬送儀礼,およびハレルの民族史の再考に関わる論文,そして最後に費孝通の研究の回顧,となっている。
これらは,いずれも研究者の間で共有されるべき概念や問題意識を知る上で基本的で重要な論文であるにもかかわらず,これまでその多くは邦訳されることもなく,必ずしも広く読まれてきたわけではなかった。そこで,これから中国人類学を学ぼうとする学生や大学院生などの便を考え,ここに1冊の本にまとめ出版することとした。全13本の論文のうち,4本は既訳があるものを再録させていただいたが,残りの9本は新たに訳したものである。それぞれの論文のあとには編者による解題を付した。
収録論文は内容によって4つの分野に分けたが,これはあくまで便宜的なものであり,関心のあるところから読み始めていただいてもかまわない。もっとも,最初から通読してもらえれば,中国人類学の流れがつながるようにはなっている。また序論として,中国人類学の歩みを付した。序論の文献リストは,中国文化人類学の主要文献リストも兼ねている。そして最後のあとがきでは,今日あらためて研究史を振り返ることの重要性と,それに基づいた人類学的中国研究の今後の展望を記した。
これから中国文化・社会の門をたたこうとする学生諸君や,中国文化人類学の研究を志す若い研究者諸氏により,本書がそれぞれの立場や目的に応じて活用されることを念じてやまない。
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編者・訳者紹介
瀬川昌久(せがわ まさひさ)
1957年生まれ
東北大学東北アジア研究センター教授
主要著作:『客家―華南漢族のエスニシティーとその境界』(風響社,1993),『中国社会の人類学―親族・家族からの展望』(世界思想社,2004),『中国人の村落と宗族─香港新界農村の社会人類学的研究』(弘文堂,1991)
西澤治彦(にしざわ はるひこ)
1954年生まれ
武蔵大学人文学部教授
主要著作:『アジア読本・中国』(河出書房新社,1995,共編),『中国映画の文化人類学』(風響社,1999),『大地は生きている─中国風水の思想と実践』(てらいんく,2000,共編)
末成道男(すえなり みちお)
1938年生まれ
東洋文庫研究員
主要著作:Perspectives on Chinese Society: Views from Japan (University of Kent at Canterbury, 1995,共編著),『中国文化人類学文献解題』(東京大学出版会,1995,共編著),『ベトナムの祖先祭祀─潮曲の社会生活』(風響社,1996)
川口幸大(かわぐち ゆきひろ)
1975年生まれ
東北大学大学院文学研究科博士課程後期
主要著作:「現代中国における清明節の墓祭祀─広東省珠江デルタの事例から」『東北人類学論壇』3(2004),「龍舟競渡にみる現代中国の『伝統文化』─広東省珠江デルタのフィールドから」『中国21』20(2004),「共産党の政策下における葬送儀礼の変容と持続─広東省珠江デルタの事例から」『文化人類学』69(2004)
小熊 誠(おぐま まこと)
1954年生まれ
沖縄国際大学総合文化学部教授
主要著作:「近世琉球の士族門中における姓の受容と同姓不婚」末成道男編『中原と周辺』(風響社,1999),「記録された系譜と記憶された系譜─沖縄における門中組織のヴァリエーション」筑波大学民俗学研究室『都市と境界の民俗』(吉川弘文館,2001),「民俗学にとって『文化交流』研究とは何か─沖縄と中国の文化交流を事例として」『国立歴史民俗博物館研究報告』106(2003)
西脇常記(にしわき つねき)
1943年生まれ
同志社大学文学部教授
主要著作:『唐代の思想と文化』(創文社,2000),『史通外篇』(東海大学出版会,2002),『ドイツ将来のトルファン漢語文書』(京都大学学術出版会,2002)
高山陽子(たかやま ようこ)
1974年生まれ
東北大学大学院環境科学研究科研究員
主要著作:『民族の幻影─中国民族観光の行方』(東北大学出版会,2007年出版予定),「娯楽におけるエスニックの表象―中国のテーマパークの事例を中心に」『中国21』24(2006),「中国のエスニック・ツーリズムに関する人類学的研究」『旅の文化研究所研究報告』14号(2005)
塚田誠之(つかだ しげゆき)
1952年生まれ
国立民族学博物館先端人類科学研究部教授
主要著作:『壮族社会史研究─明清時代を中心として』(国立民族学博物館研究叢書3,2000),『壮族文化史研究─明代以降を中心として』(第一書房,2000),『中国の民族表象─南部諸地域の人類学・歴史学的研究』(風響社,2005,共編)