ホーム > 東南アジアの華人教団と扶鸞信仰
目次
まえがき
序章
はじめに
一 本書の問題意識と射程
二 移民と宗教をめぐる研究視座
三 マレーシア、シンガポール、タイにおける華人住民と徳教団体の概観
四 東南アジアの華人宗教に関する先行研究と本書の課題
第一章 徳教の前史――扶鸞結社と徳教
はじめに
一 近代中国の扶鸞結社運動
二 近代潮州地方における慈善と宗教
おわりに
第二章 東南アジアの華人コミュニティと華人民間教派の展開
はじめに
一 マレーシアとシンガポールにおける華人コミュニティの形成と変遷
二 タイにおける華人コミュニティの形成と変遷
三 マレーシア、シンガポール、タイの華人コミュニティと民間宗教
四 華人民間教派の展開――マレーシアを中心に
おわりに
第三章 マレーシアにおける徳教の教団的展開
はじめに
一 マレーシアにおける徳教の組織的拡大と統合
二 徳教会の活動と展開
三 徳教会における扶鸞と乩掌
四 徳教会の参加者たち
五 徳教の教団的展開についての考察
おわりに
第四章 徳教と潮州人性、商人イデオロギー、または神意
はじめに
一 徳教と潮州人コミュニティ、潮州人性
二 徳教会における商人イデオロギー
三 神意をめぐって
四 「人神協同」の諸相
おわりに
第五章 徳教の教団イデオロギーをめぐる論争と理論建設
はじめに
一 教団の展開路線をめぐる論争
二 徳教のルーツ捜しと「中原回帰」
三 イデオロギーの変化と理論建設
四 実利主義から精神的上昇志向への転換
おわりに
第六章 徳教のトランスナショナルな拡大とネットワークの構築
はじめに
一 各国徳教組織間の関係網と近年の交流拡大の背景
二 徳教の海外布教とトランスナショナルな拡大
三 トランスナショナルな連携の強化と新たな関係の構築
おわりに
終章
あとがき
参考・引用文献
索引
英文目次
Chinese Religious Organization and the Belief of Spirit-writing in Southeast Asia
: Development and Expansion of Dejiao
Yun HUANG
Table of Contents
Preface
Introduction: An Anthropological Study of Migration and Religion
Foreword
Section 1: Background of this Study
Section 2: Overview of Methodological Approaches to Migration and Religion
Section 3: Overview of Chinese Communities and Dejiao Organizations in Malaysia, Singapore and Thailand
Section 4: Aims of this Study and Overview of Past Studies of Chinese Religions
Chapter 1: The Early History of Dejiao: the Planchette Cult Movement and Dejiao
Foreword
Section 1: The Planchette Cult Movement in Modern China
Section 2: Charity Movements and Religion in TeoChew, GuangDong
Section 3: Founding and Growth of the Dejiao Organization in TeoChew, GuangDong
Postscript 89
Chapter 2: Chinese Communities and Chinese Popular Religious Sects in Southeast Asia
Foreword
Section 1: The Formation and Development of Chinese Communities in Malaysia and Singapore
Section 2: The Formation and Development of Chinese Communities in Thailand
Section 3: Chinese Communities and Popular Religion in Malaysia, Singapore and Thailand
Section 4: Development of Chinese Popular Religious Sects: The Case of Malaysia
Postscript
Chapter 3: The Development of Dejiao Organizations in Contemporary Malaysia
Foreword
Section 1: The Expansion and Integration of Dejiao Organizations in Contemporary Malaysia
Section 2: Activities of Dejiao
Section 3: Spirit-writing and Mediums in Dejiao
Section 4: Participants of Dejiao
Section 5: Analysis of the Development of Dejiao Organizations
Postscript
Chapter 4: Dejiao, the Nature of Teo Chew, the Ideology of the Merchants and God’s Will
Foreword
Section 1: Dejiao , the Teo Chew Communities and the Nature of Teo Chew
Section 2: Ideology of the Merchants in Dejiao Organizations
Section 3: Centering on the Will of God
Section 4: Examples of “Cooperation between Believers and God”
Postscript
Chapter 5: Intellectual Development of Dejiao and the Ideology of the Religious Organization
Foreword
Section 1: Discussion on the Development of Dejiao Practices
Section 2: Tracing the Root, “Returning to the Motherland”
Section 3: The Intellectual Development of Dejiao
Section 4: From Pragmatism to the Pursuit of Spiritual Enrichment
Postscript
Chapter 6: The Transnational Expansion and Networks of Dejiao
Foreword
Section 1: Background of Deepening Interaction and Cooperation between Dejiao Organizations in Southeast Asian Countries
Section 2: Missionary Work and the Transnational Expansion of Dejiao Organizations
Section 3: Enhancing Transnational Cooperation and the Development of New Networks
Postscript
Conclusion
After-word
Bibliography
Index
序章
はじめに
一 本書の問題意識と射程
二 移民と宗教をめぐる研究視座
三 マレーシア、シンガポール、タイにおける華人住民と徳教団体の概観
四 東南アジアの華人宗教に関する先行研究と本書の課題
第一章 徳教の前史――扶鸞結社と徳教
はじめに
一 近代中国の扶鸞結社運動
二 近代潮州地方における慈善と宗教
おわりに
第二章 東南アジアの華人コミュニティと華人民間教派の展開
はじめに
一 マレーシアとシンガポールにおける華人コミュニティの形成と変遷
二 タイにおける華人コミュニティの形成と変遷
三 マレーシア、シンガポール、タイの華人コミュニティと民間宗教
四 華人民間教派の展開――マレーシアを中心に
おわりに
第三章 マレーシアにおける徳教の教団的展開
はじめに
一 マレーシアにおける徳教の組織的拡大と統合
二 徳教会の活動と展開
三 徳教会における扶鸞と乩掌
四 徳教会の参加者たち
五 徳教の教団的展開についての考察
おわりに
第四章 徳教と潮州人性、商人イデオロギー、または神意
はじめに
一 徳教と潮州人コミュニティ、潮州人性
二 徳教会における商人イデオロギー
三 神意をめぐって
四 「人神協同」の諸相
おわりに
第五章 徳教の教団イデオロギーをめぐる論争と理論建設
はじめに
一 教団の展開路線をめぐる論争
二 徳教のルーツ捜しと「中原回帰」
三 イデオロギーの変化と理論建設
四 実利主義から精神的上昇志向への転換
おわりに
第六章 徳教のトランスナショナルな拡大とネットワークの構築
はじめに
一 各国徳教組織間の関係網と近年の交流拡大の背景
二 徳教の海外布教とトランスナショナルな拡大
三 トランスナショナルな連携の強化と新たな関係の構築
おわりに
終章
あとがき
参考・引用文献
索引
英文目次
Chinese Religious Organization and the Belief of Spirit-writing in Southeast Asia
: Development and Expansion of Dejiao
Yun HUANG
Table of Contents
Preface
Introduction: An Anthropological Study of Migration and Religion
Foreword
Section 1: Background of this Study
Section 2: Overview of Methodological Approaches to Migration and Religion
Section 3: Overview of Chinese Communities and Dejiao Organizations in Malaysia, Singapore and Thailand
Section 4: Aims of this Study and Overview of Past Studies of Chinese Religions
Chapter 1: The Early History of Dejiao: the Planchette Cult Movement and Dejiao
Foreword
Section 1: The Planchette Cult Movement in Modern China
Section 2: Charity Movements and Religion in TeoChew, GuangDong
Section 3: Founding and Growth of the Dejiao Organization in TeoChew, GuangDong
Postscript 89
Chapter 2: Chinese Communities and Chinese Popular Religious Sects in Southeast Asia
Foreword
Section 1: The Formation and Development of Chinese Communities in Malaysia and Singapore
Section 2: The Formation and Development of Chinese Communities in Thailand
Section 3: Chinese Communities and Popular Religion in Malaysia, Singapore and Thailand
Section 4: Development of Chinese Popular Religious Sects: The Case of Malaysia
Postscript
Chapter 3: The Development of Dejiao Organizations in Contemporary Malaysia
Foreword
Section 1: The Expansion and Integration of Dejiao Organizations in Contemporary Malaysia
Section 2: Activities of Dejiao
Section 3: Spirit-writing and Mediums in Dejiao
Section 4: Participants of Dejiao
Section 5: Analysis of the Development of Dejiao Organizations
Postscript
Chapter 4: Dejiao, the Nature of Teo Chew, the Ideology of the Merchants and God’s Will
Foreword
Section 1: Dejiao , the Teo Chew Communities and the Nature of Teo Chew
Section 2: Ideology of the Merchants in Dejiao Organizations
Section 3: Centering on the Will of God
Section 4: Examples of “Cooperation between Believers and God”
Postscript
Chapter 5: Intellectual Development of Dejiao and the Ideology of the Religious Organization
Foreword
Section 1: Discussion on the Development of Dejiao Practices
Section 2: Tracing the Root, “Returning to the Motherland”
Section 3: The Intellectual Development of Dejiao
Section 4: From Pragmatism to the Pursuit of Spiritual Enrichment
Postscript
Chapter 6: The Transnational Expansion and Networks of Dejiao
Foreword
Section 1: Background of Deepening Interaction and Cooperation between Dejiao Organizations in Southeast Asian Countries
Section 2: Missionary Work and the Transnational Expansion of Dejiao Organizations
Section 3: Enhancing Transnational Cooperation and the Development of New Networks
Postscript
Conclusion
After-word
Bibliography
Index
内容説明
東南アジア華人社会に多く見られる、扶鸞(ふらん)=託宣を中心に活動する宗教結社。廟と制度化された教団の間に位置する結社の生成と展開を、移民社会の特性、また構成員の生活戦略と対置することにより、両者の相互依存的関係を描く。
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序章より
……本書は、マレーシアを始めとし、シンガポールやタイで発展を続けてきた徳教という華人教団に焦点をあて、徳教の組織的拡大の経緯、活動展開の状況を明らかにしながら、徳教をめぐる現象、その担い手たちの信仰、生き方の様相を浮き彫りにすることを目的とする。
徳教団体の宗教活動は、儒教・仏教・道教・キリスト教・イスラーム教という五大宗教の信仰を掲げ、祭壇では儒教・仏教・道教の神々を奉じ、また神からのメッセージ(託宣)を受け取る扶鸞(扶乩)という儀礼を教団の中心活動としている。宗教活動以外に、慈善活動を展開し、また各種文化教育活動を行うところも多い。徳教のメンバーとなっているのは、中小企業経営者や商店主を中心とする幅広い華人大衆層である。徳教の組織は「徳教会」とも称されており、その名称から徳教のもつ濃厚な社会性がうかがえる。本書のなかで詳述するように、徳教は宗教教団と定義できるかどうか不確定な要素がつきまとう。本書では便宜上徳教を宗教教団として、論を展開することとする。
筆者の調査地のひとつ、マレーシアの第二の都市ペナンのジョージタウンには、徳教団体は五つあり、そのなかで一番規模が大きいのが紫雲閣である。市内の閑静な住宅地に広大な敷地をもつ紫雲閣は、四階建ての壮観な教団施設をもち、「徳」の字の教団のロゴが遠いところからみえる(二三頁の写真1参照)。夕方になると、ベンツを運転する裕福な華人ビジネスマンや、一日の仕事を終えたサラリーマン風の人、自営業を営む人々、そして主婦たちが次々と車を走らせ、敷地内に入っていく光景がみられる。こうした人々は、定期的に行われる扶鸞セッション、または気功や静座のセッション、さらにチャリティーイベント、文化娯楽活動に参加するために紫雲閣にやってくるのである。
紫雲閣の門の両側の壁には、同閣女性部主催の一般向けの文化教養講座の垂れ幕がよくみられる。そこには紫雲閣のもつ一般華人アソシエーションの大衆的な性格がよく現れている。このように、宗教活動が中心であるにせよ、人々は様々な目的をもって、紫雲閣に通い、紫雲閣もこうした多種多様な活動の結集地として、人々の種々の思い、願いをつなぎ合わせる役割を果たしている。
マレーシアの各州に点在する徳教団体以外にも、様々な華人寺廟や神壇が、ほぼ徳教と同じく、神に願いを立てる地域の民俗的信仰的センター、また宗教を通しての相互結合の場としての位置づけをもっている。そもそもこの二つは、マレーシアを始めとする東南アジア諸国の華人大衆層にとって、日常生活を営む上でもっとも必要とされるものである。しかし、徳教のように組織性のある教団的形態を有するに至ったのは、中国本土から伝わってきた近代華人教派や、新興仏教団体以外にそう多くはない。なぜ、徳教だけにこのような教団拡大の展開が起こったのか、徳教は移民社会特有の産物なのだろうか。マレーシア、シンガポール、タイにおいて、なぜ徳教は人々の支持をえられ、組織の拡大を実現させてきたのか。本書は、こうした問題を明らかにするべく、徳教の教団拡大の社会的土壌や、人々の思惑、生活世界に迫っていきたい。そして、複合的な性格をもつ教団の展開について考察し、徳教の生成や変化を、移民による宗教の創出という視点から究明し、宗教に対するこれまでの制度の枠組みからの捉え方とは異なる、人々の経験世界に生きる宗教の形態を示すことをも目指したい。
さて、ここで徳教の展開を論じるうえで扶鸞セアンスという徳教の中心的な宗教活動について、説明しておきたい。扶鸞は、文字を媒介とする中国古来の交神術であり、憑霊現象やシャーマニズムとはちがう位相を呈する、いわゆる文字文化に属する事象といえる。扶鸞のやり方は、柳の枝で作った「乩筆」を一人か二人で支えもち、砂の上に字を書くこと(自動筆記)で神の託宣を得る。扶鸞を介して下されたメッセージの多くは、優雅な漢詩や、深遠な文章である。こうした形式自体が人々の心をとらえ、扶鸞の権威性のもととなっている。扶鸞は、単に占いの手段というだけでなく、明清時代以来の中国社会においては、扶鸞を介して得た数々の神の教えが「善書」としてまとめられ、それらが広範な地域や階層に流布することによって、道徳教化の役割を果たした[志賀 二〇〇三]。
扶鸞の成り立ち方は、基本的に「神/人/文字」というセットにおいてである。そのなかでも、「人」と柳の枝でできた「乩筆」は、神のメッセージを伝達するための道具であり、重要なのは、「神/文字」というセットである。しかし、神のメッセージの媒介である「人」をめぐっては、多くの問題が発生している。
マレーシアなど東南アジアの華人コミュニティにおいては、扶鸞を行う宗教団体が多数あり、団体によっては、扶鸞を通してもたらされた文章、詩の内容に歴然としたレベルの差がある。徳教諸団体の内部においても、扶鸞で得た託宣の内容に表現のレベルのバラつきがみられる。また、扶鸞を行う「乩掌」(乩手、扶鸞の行い手)の意識が入るかどうか、託宣の信憑性が論議されることも多く、扶鸞をめぐる争いは、徳教団体の抱える大きな問題となっている。
本書では、扶鸞の行い手である「人」や、扶鸞の信憑性をめぐる齟齬、コンフリクトに注目しながら、基本的に徳教団体における扶鸞の権威性とその組織内における結集力、動員力という現実を踏まえ、考察を行っていく。
本書のもととなる調査は、筆者が二〇〇三年から二〇〇八年にかけてマレーシア、シンガポール、タイの三か国で断続的に行ったものである。その後、二〇〇九年から二〇一〇年まで上記三カ国でさらに補足調査を行った。本書のなかで言及する徳教の関係者は基本的に仮名を用いるが、徳教団体発行の資料、刊行物に公表されている関係者に関しては本名を用いる場合がある。
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著者紹介
黄 蘊(こう うん)
1974年、中国陝西省生まれ。
大阪大学大学院人間科学研究科修了。博士(人間科学)。
現在、関西大学文化交渉学教育研究拠点ポスト・ドクトラル・フェロー。
論文に「マレーシアにおける華人民間教派の現在――「内修」と「外修」の連続と変奏」(『華僑華人研究』第7号、日本華僑華人学会、2010年)、「マレーシアにおける上座仏教展開のマルチ・エスニック性とコミュニティの形成」(『文化交渉による変容の諸相』第2輯、関西大学文化交渉学教育研究拠点、2010年)ほか。