タイ南部のマレー人
東南アジア漁村民族誌
マレー人、イスラームが多数を占めるタイ南部の価値観の衝突や融合を詳細に観察しながら、社会変化や文化の動態を描いた不朽の名著。
著者 | トーマス・フレーザー 著 岩淵 聡文 訳 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | 風響社あじあブックス > あじあブックス別巻 |
出版年月日 | 2012/03/30 |
ISBN | 9784894891845 |
判型・ページ数 | A5・248ページ |
定価 | 本体1,500円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
謝辞(トーマス・M・フレーザー、Jr.)
第一章 ルスンビラン村とその背景
第二章 生業活動
第三章 生活の網の目
第四章 支配の維持
第五章 超自然界との交流
第六章 ルスンビラン村での生活学習
第七章 変化しつつある場面
原註と訳註
用語解説
訳者あとがき(岩淵聡文)
索引
内容説明
古典的名著の初の邦訳
タイ南部地域はマイノリティのマレー人、イスラームが多数を占め、種々の文化伝統が混在し、時に紛争の温床ともなっている。価値観の衝突や融合を詳細に観察しながら、社会変化や文化の動態を描いた不朽の名著。
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訳者あとがき
岩淵聡文
本書は、Thomas Mott Fraser, Junior, 1984, Fishermen of South Thailand: The Malay Villagers, rep. ed., Prospect Heights: Waveland Press. の全訳である。原題は、直訳すれば『タイ南部の漁民──マレー人の村落民』となるが、タイの南部に居住しているマレー人に関する研究であるという本書の特色と、漁村の民族誌であるという本書の性格をより明確にするという意味で、『タイ南部のマレー人──東南アジア漁村民族誌』という邦題とした。なお、まえがきの冒頭にあった原著者の紹介、邦訳には不必要と判断した用語解説の一部、巻末のやや古い情報にもとづく推薦図書一覧は訳出しなかった。また、原註はその分量がきわめて限られていたため、引用文献に関する原註以外はすべて本文中に組み込んで訳出した。訳註は、原則として、本文を理解するのに必要な範囲での現況との比較と、明らかな記述の誤りの指摘にとどめた。
原著の初版は、一九六六年に出版された。一九八四年に内容の改訂などは行われずに、リプリント版として再出版されたものが原書である。なお、初版の版権はその後、センゲージ・ラーニング社に移動している。本書の基礎となった原著者の現地調査は、一九五六年から一九六四年まで合計三回に分けて行われた。原著者は、一回目の現地調査終了後に、本文中でもたびたび言及されている『ルスンビラン村──タイ南部のマレー人の漁村』を公刊した。この民族誌は、同じくマレー半島のマレー人の漁村を取り扱ったレイモンド・ファース著の『マレー人の漁民──その農民経済』とともに、東南アジア漁村研究の古典として現在でも広く利用され続けており、通文化的にも漁民の民族誌の模範と評されているものである。二回目と三回目の現地調査にもとづく社会変化についての新たな情報がつけ加えられているものの、実質的に本書はこの古典の原著者自身による簡約版であるともいえる。しかしながら、社会変化に関する記述が大幅に追加された本書は、『ルスンビラン村──タイ南部のマレー人の漁村』以上の重要性を逆に持つことになり、「多くの開発途上にある東南アジア諸国で観察されつつある重大な変化に関心を抱く読者にとっても格好の事例研究」という評価を受けるにいたっている。翻訳も含めて日本語で読めるすぐれた漁村民族誌の数は非常に限定されており、特に、オーソドックスな東南アジアの漁民に関する日本語で書かれた文化人類学の研究書は皆無に近いというのが現状である。約半世紀前の研究ながら、本邦訳を敢えて刊行した第一の理由はここにある。
フレーザーのルスンビラン村研究の文化人類学史上の意義については、すでに数多くの研究書において分析や紹介が行われており、ここで改めて網羅的に取り上げる必要はないと思われる。本書の出版直後に公にされた書評において、「フレーザーは、ルスンビラン村という特定の農民共同体の運営の中で当該村落が持つ独特の特徴がいかなる意味を持っているのかについて徹底的な探求を行っている。まず第一に漁業が主たる生業であり、第二にタイの国家社会に組み込まれてはいるものの、文化上かつ言語上は異なっているという特徴である。さらに、社会化の慣行についての短い記述、イスラームの要素と非イスラームの要素の両方の浸透が強調されている宗教についての比較的長い章、親族と家族、経済活動や経済活動への非親族的な社会関係の影響、そして良い行動あるいは適切な行動についての村落民の概念や立派な人物の基礎となっている価値観などに特に関心を払いながらの社会組織に関する議論にもとづいて、最後には、地元の共同体にとって国家レベルでの政治上、経済上の発展がいかに重要であるのかを再び強調しつつ、ルスンビラン村における社会変化の評価を行っている。また、マレー的な文化因子とイスラーム的なそれの相互作用が多くの側面で語られており、両者の流れが典型的な成人の村落民の生活の中で容易に混成されている様態ばかりではなく、両者の現実の対立についてのフレーザーの若干の議論は、一共同体の生活の中で観察できる種々の文化伝統の統合に関する具体的な動態を精緻に例示している」という一文を引用するだけで十分であろう。本書以降に公刊されたタイ南部のマレー人の漁村研究で、『ルスンビラン村──タイ南部のマレー人の漁村』ならびに本書を超えるような研究はいまだに登場してはおらず、タイ南部のマレー文化を取り扱った研究論文において本書が参照されないということもほとんどない。現在にいたるまで、「フレーザーは、パタニのマレー人のイスラーム教徒の文化をもっとも完璧に理解していた西欧人」であり続けているのである。後述するタイ南部で泥沼化している反政府抵抗運動の根底に存在するマレー人の社会文化的背景を理解する際にも、フレーザーの研究は、二十一世紀となった今日でもほぼ唯一のもっともすぐれた情報源となっている。本邦訳を敢えて刊行した第二の理由はここにある。もちろん、フレーザーの民族誌に対する批判が全く存在していない訳ではない。たとえば、現在の海洋人類学研究の視点から、ルスンビラン村研究では、地元民による海洋資源管理の問題や漁業権をめぐる諸課題についての資料がほとんど開示されてはいないという苦言もある。しかしながら、この類の批判は必ずしも的を射たものではないとも思われる。翻訳者自身の沿岸マレー人の漁村研究から判断しても、マレー人の間ではこうした漁場管理の概念がもともと希薄であり、ルスンビラン村でも実際に同じような傾向が観察されていたからではないかとも考えられるからである。
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原著者紹介
トーマス・M・フレーザー、Jr.(Thomas Mott Fraser, Junior)
1928年、アメリカ合衆国ニューヨークに生まれる。コロンビア大学大学院博士課程修了。元マサチューセッツ大学アマースト校人類学教授。1996年没。主たる著書に、『タイ南部のマレー人―東南アジア漁村民族誌』(本書)、『ルスンビラン村―タイ南部のマレー人の漁村』、『インドにおける文化と変化―バルパリ町の実験』がある。
訳者紹介
岩淵 聡文(いわぶち あきふみ)
1960年 東京に生まれる
1983年 早稲田大学文学部卒業
1985年 東京大学大学院修士課程修了
1990年 オックスフォード大学大学院博士課程修了
現 在 東京海洋大学教授・哲学博士
専 攻 社会人類学・東南アジア民族誌
著 書 The People of the Alas Valley、Clarendon Press、1994 年。
『ギリシア世界からローマへ』(共著)、彩流社、2002年。