目次
第一章 ミャオ族の神話と現代─貴州省黔東南を中心に
第二章 祖先祭祀の変容─貴州省黔東南雷山県烏流寨の鼓社節
第三章 死者と生者─貴州省黔南三都水族自治県小脳村の鼓社節
第四章 ミャオ族の来訪神─広西壮族自治区融水苗族自治県の春節
第五章 ミャオ族の巫女さんたち─湖南省麻陽苗族自治県
第六章 龍船節についての一考察─貴州省黔東南台江県施洞鎮
第七章 銅鼓の儀礼と世界観についての一考察─広西壮族自治区南丹県
第八章 貴州省の観光化と公共性─ミャオ族の民族衣装を中心として
あとがき
参考文献
索引
内容説明
中国の少数民族、ミャオ族(Miao、苗族)の現在
「文化とは何かを問うよりは、現実に起こっている意味作用、表象、言説、実践の実態から、文化の概念がどのように構築され、活用されるかを考えるべきなのであろう。その全てに関わるのが想像力である」(序文より)
*********************************************
序文より
本書は中国の少数民族のミャオ族(Miao 苗族)に関する論考の集大成である。ミャオ族は中国南部の貴州省・雲南省・湖南省・広西壮族自治区などの山岳地帯に居住する人々で、本書の主題はミャオ族の社会や文化の実態を把握し、その変容の過程や世界観の変貌を考察して、急速に進む社会・経済・政治の動きが、山地民としてのミャオ族の想像力をどのように変容させ、再創造、再構築してきたかを探求することにある。基礎資料は一九八〇年代から二〇〇〇年代に至る現地での調査や見聞と、文献の収集資料に基づいている。……
ミャオ族の社会は一見すると我々からかけ離れた世界のように思われるが、同時代を生きる人類の一員であり、同じように近代化の経験を経てきた中で、相互に類似した状況も生じている。例えば、文化という概念は、現代では世界中に広がって各地に定着し、地域社会の住民、地元の知識人、観光業者、政府関係者、人類学者、NGO、NPOなどによって、様々に操作・運用・流用され、民族文化という概念も自明の如くに使用されて、我々の生き方もその中で構築されている。文化の概念は、近代の創造で、仮説に近いとも言えるにもかかわらず、当たり前のように頻繁に使用されており、概念の構築過程自体の探求を研究主題として自覚する必要がある。近年になって多用されている言説(discourse)や表象(representation)、日常的実践(everyday practice)などの概念は、構築過程の自覚化と連関している。本書も基本的には言説や表象の考察を焦点におく流れの中にあるが、想像力という曖昧な概念を導入することで、多様な時間認識を包摂し、過去から現在に至る変化の動態を追うだけでなく、今後の社会や文化の行方を考え直すという意図も持っている。
本書は、第一章ではミャオ族の神話が現代で果たす機能や意味の再構築を貴州省の黔東南を中心に考察する。第二章は一三年目に一度執行される祖先祭祀の「鼓社節」(鼓蔵節、吃鼓蔵、吃鼓臓)の変容を貴州省黔東南雷山県の村落の事例で検討し、第三章では貴州省黔南の村落の「鼓社節」の事例を取り上げて比較検討する。第四章は春節に村々を訪れる来訪神に関して広西壮族自治区融水の事例を検討して、年の変わり目の人々の意識を探る。第五章は湖南省の麻陽の事例から、ミャオ族の巫女さんたちを取り上げて生活の実態を明らかにした。第六章は貴州省の黔東南のミャオ族の龍 節について、台江県の事例を検討して、起源伝承と祭祀の関係と変容を探る。第七章は蘆笙と並んでミャオ族の世界観では重要な位置を占める銅鼓について、広西壮族自治区南丹県の白褲瑶(ペークーヤオ)の事例を考察する。白褲瑶はヤオ族(瑶族)に認定されているが、言語や習慣はミャオ族とされているので本書に収録した。第八章は貴州省の観光化と公共性に関する論考で、急速に進む「グローバル化」の中で変化するミャオ族の民族衣装を取り上げて、公共性の概念を使って変化の行方を展望する。各章の主題や地域は異なっても、一貫して探求したのは想像力の変容を多様な手法で明らかにすることであり、最終的には変容過程を焦点とする「想像力の社会史」を描き出すことが目的であった。しかし、各章の初出は年代的にも大きな開きがあり、方法論上が一貫しているとは限らないので、単独の論考として読むことも出来る。ただし、本書への収録に際しては、現代の変化を加筆し、変化の動態を深く検討するように試みた。
本書の事例として取り上げたミャオ族は多様であり、その内容も神話や祭祀の実態を中心に検討しているので、ミャオ族の全貌を示すという事は出来ない。しかし、暮らしの実態を提示し、生活を支えてきた歴史の諸相、生活世界の意味付け方、生活を支える社会や文化の基盤などに関して、ある程度の特色は明らかにし得たかと思う。今後、急速に変化が予測されるミャオ族について、過去を振り返って懐古的に語るのではなく、同時代を生きてきた者として、異なる社会や文化をどのように理解していくかの実例を示し、個別性と普遍性に橋を架けて今後の生き方を考えることが本書の主題であった。
*********************************************
著者紹介
鈴木正崇(すずき・まさたか)
1949年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了。文学博士。
慶應義塾大学文学部教授。慶應義塾大学東アジア研究所副所長。
著書:『祭祀と空間のコスモロジー−対馬と沖縄』(春秋社,2004年)、『女人禁制』(吉川弘文館,2002年)、『神と仏の民俗』(吉川弘文館,2001年)、『スリランカの宗教と社会−文化人類学的考察』(春秋社,1996年)、『山と神と人−山岳信仰と修験道の世界』(淡交社,1991年)、『中国南部少数民族誌−海南島・雲南・貴州』(三和書房,1985年)。
共著:『西南中国の少数民族—貴州省苗族民俗誌』(古今書院,1985年)、『スリランカの祭』(工作舎、1982年)
編著:『南アジアの文化と社会を読み解く』(慶應義塾大学出版会,2011年)、『東アジアにおける宗教文化の再構築』(風響社,2010年)、『東アジアの民衆文化と祝祭空間』(慶應義塾大学出版会,2009年)、『神話と芸能のインド−神々を演じる人々』(山川出版社,2008年)、『東アジアの近代と日本』(慶應義塾大学出版会,2007年)、『大地と神々の共生−自然環境と宗教』(昭和堂,1999年)。
共編著:『拡大する中国世界と文化創造−アジア太平洋の底流』(弘文堂,2002年)、『<血縁>の再構築−東アジアにおける父系出自と同姓結合』(風響社,2000年)、『仮面と巫俗の研究−日本と韓国』(第一書房,1999年)、『ラーマーヤナの宇宙−伝承と民族造形』(春秋社,1998年)、『民族で読む中国』(朝日新聞社,1998年)、『東アジアのシャーマニズムと民俗』(勁草書房,1994年)。