台湾原住民研究の射程
接合される過去と現在
順益台湾原住民博物館の開館20周年記念論文集。100年余の研究蓄積と最新の動向を踏まえ、今後の展望を示す。
著者 | 日本順益台湾原住民研究会 編 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | 人類学集刊 台湾原住民研究資料叢書 |
出版年月日 | 2014/06/09 |
ISBN | 9784894898479 |
判型・ページ数 | A5変・400ページ |
定価 | 本体5,000円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
第1 章 民族の分類とエスニシティのゆくえ
旧慣調査と原住民族の分類
笠原 政治
日本統治下台湾の身分登録と原住民――制度・分類・姓名
松岡 格
現代台湾における原住民族運動――ナショナル/ グローバルな潮流とローカル社会の現実
石垣 直
第2 章 モノからみる原住民族文化
台湾原住民の「蕃刀」――研究の歩みを中心に
角南 聡一郎
ツォウのタファゲに関する覚え書き
宮岡 真央子
パイワン古壺は誰がつくったのか?――規格性からのアプローチ
齋藤 正憲
台湾原住民のタバコと文化
原 英子
第3 章 学術とメディア――原住民族へのまなざし
移川子之蔵とハーヴァード大学
森口 恒一
及川真学の台湾原住民研究
山田 仁史
明治初期の新聞錦絵とかわら版にみる牡丹社事件――想像された台湾出兵と台湾原住民族
山本 芳美
第4 章 平埔族文化の諸相
マンタウラン社で〈平埔族の言語〉と伝えられてきた言語について
土田 滋
台湾原住民サオ族高齢者の日本語における言語的特徴について
新居田 純野
平埔族の物質文化の境界性――国立民族学博物館の収蔵資料を事例として
野林 厚志
台湾原住民研究概覧
──順益台湾原住民博物館20 周年を記念し2013 年七夕に21 世紀初頭の台湾原住民研究を振り返る
末成 道男
人名索引
項目索引
内容説明
順益台湾原住民博物館の開館20周年記念論文集。100年余の研究蓄積と最新の動向を踏まえ、今後の展望を示す。
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前 言
本書は順益台湾原住民博物館の開館20周年を記念して刊行する研究論文集である。執筆者はいずれも日本順益台湾原住民研究会に所属し、長年にわたり、台湾の原住民族の調査や研究にたずさわってきた。日本における台湾原住民族の研究は、その歴史的な蓄積を顧みた場合、他の地域の諸民族の研究にまさるとも劣らない質と量とをほこっていると言っても過言ではない。
19世紀の後半、日本は国際社会にデビューすると同時に、欧米を中心とする帝国主義国家の覇権争いに巻き込まれていった。それは単なる領土拡張や経済競争にとどまらず、学術の世界にまで及んだ。自然科学、人文社会科学を問わず、国際社会の中でとりくまなければならない学術研究の課題を日本は背負うことになったのである。
民族学、すなわちエトノスの研究は異なる民族集団が絶えず接触を繰り返しつづけてきたヨーロッパに一日の長があり、アメリカ合衆国もまた先住民族との接触により文化人類学という領域を文字通り開拓していった。日本が民族学や文化人類学に関わる調査を本格的に実践した端緒となるのが、アイヌ研究と、日本にとってはじめての植民地となった台湾における原住民族の研究であった。
台湾の原住民族研究はパイオニアとよばれる鳥居龍蔵、伊能嘉矩、森丑之助の調査を皮切りに、旧慣習調査会を中心とした総督府主導の調査期を経て、台北帝国大学の言語学教室、土俗人種学研究室を中心とした学術調査へと発展していく。浅井恵倫、馬淵東一、鹿野忠雄、国分直一といった若い世代の研究者がフィールドの場で鍛え上げられ、その成果は、原住民族研究のフィールド調査の方法論、原住民族の人々との付き合い方、関係のありかたとともに戦後の世代に引き継がれていった。
第二次世界大戦後しばらくの間は、台湾の複雑な政治状況、日本の戦後復興といった状況の中で、必ずしもかつて行われたようなフィールド調査にもとづく研究は実現しなかったが、1970年前後から、先述した浅井、馬淵、国分らの薫陶を受けた世代が台湾での現地調査をはじめるようになる。再び、台湾の原住民族研究は活気を取り戻して行く。土田滋、松澤員子、末成道男といった戦後の第一世代、それに続く笠原政治、山路勝彦、小川正恭、森口恒一らが、人類学、言語学における多くの研究成果を世に送り出してきた。それは、日本の経済成長と学術行政の充実、台湾の経済成長とそれにともなう社会全体の民主化への指向、それと軌を一にする原住民族運動が萌芽し、原住民族の文化と歴史に新たな関心がよせられていった時期に重なる。
一方で、1980年代の後半から原住民族社会の研究にはある変化が生じていく。原住民族社会も含めた台湾社会における日本語世代の高齢化とそれにともなう、國語(中国語)による調査の必要性、そして台湾学界における研究の著しい進展である。日本からの研究者は少なからず台湾へ留学し、日本語、現地語に加えて、原住民族の若い世代を対象とした國語による調査が本格化していく。また、自分たちの文化や歴史の研究にとりくむ原住民族の人たちもあらわれはじめた。
今や、原住民族の研究を大学や研究機関の研究者が特権的に取り組む状況はない。日本での研究成果や出版物、博物館の展示は、瞬く間に台湾につたわり、原住民族自身も含めた台湾学界の評価にさらされる。研究者が単なる興味で調査や研究をするという時代から、研究成果が当事者にとってどのような意味や意義をもつのかということがあらためて問い直されている。そして、論戦のアリーナはつねに我々のそばに迫っている。
そうした研究、調査環境に鑑みて、日本の研究者は、今、何ができるのかということを本論集を構想するうえでの一つの課題にすえた。その背景には、日本におけるこれまでの研究の蓄積がまだまだ十分には引き出せてはいないという問題意識があった。執筆者には、自分の現在の関心をふまえたうえで、日本でこれまで行われてきた原住民族研究と現在の研究とを接合していくことを意識した論考をお願いした。論文はあらかじめ、日本順益台湾原住民研究会の研究会合(2013年7月7日、8日に日本大学において開催)ならびに、ここ数年の間、台湾の国立政治大学が主催している日台原住民族研究フォーラムの研究大会(2013年8月28日)において口頭発表をし、研究者コミュニティにおける議論をへたうえで、執筆者より寄稿されたものである。
内容は多岐にはわたっているが、結果的に民族の分類とエスニシティ、物質文化、研究史とメディア、平埔族研究の4つの章に分けることができたのは、現在の台湾原住民族研究が関心をよせているテーマに奇しくも一致していたことになる。執筆者が手堅く原住民研究をすすめている証しでもあるだろう。
本書の編集にあたっては、「順益台湾原住民博物館研究賛助金(国立民族学博物館への奨学寄付金)」による助成をえた。順益台湾原住民博物館は開館以来、学術研究、原住民学生への奨学に力を注ぎつづけてきた。日本においても台湾原住民研究を支える大きな基盤となってきたことは間違いない。また、多くの企業博物館が、自社の広報活動を中心とするのに対し、順益台湾原住民博物館は一貫して、台湾原住民族の文化や歴史を、博物館における展示や社会活動を通じてわかりやすく人々に伝えてきた。とりわけ、同館が毎年開催している「原住民族集落企画展(『部落特展』)」においては館員が原住民族の人たちの集落に赴き、短期間ながらもフィールドワークを行いながら、現地の人々との対話を通して展示会をつくりあげてきた。世界でも例を見ない画期的なとりくみが、20年間続けられてきたのである。こうした優れた博物館活動は、同館を運営する林迺翁文教基金會の理事長の林清富氏ならびに、游浩乙館長をはじめ館員諸氏による原住民族文化への深い造詣と学問への厚い情熱をもってして可能となっていることであり、あらためて同館の営みに深く敬意を表したい。本論文集が同館の開館20周年の記念論文集として世に出ることは、台湾の原住民族研究に携わるものとしてはこのうえない喜びである。
なお、本書の編集にあたっては、京谷卓氏に編集の労をとっていただいた。内容が多岐にわたる本書を短期間の間に見事に整えてくださった。また、近藤綾氏のカバーイラスト、岡﨑友樹氏による装丁は原住民族の象徴的な事物をとりいれたとても魅力的なものであり、本論文集を思わず手にとってしまうような力をもっている。お三人にも20周年を記念するにふさわしい仕事をしていただけたことに心より感謝申し上げたい。
2014年3月
編者代表 野林 厚志
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執筆者一覧(五十音順)
石垣 直 沖縄国際大学総合文化学部 准教授
笠原 政治 横浜国立大学 名誉教授
齋藤 正憲 早稲田大学文学学術院 非常勤講師
末成 道男 東洋大学アジア文化研究所 客員研究員
角南 聡一郎 (公財)元興寺文化財研究所 主任研究員
土田 滋 順益台湾原住民博物館 元館長
新居田 純野 長崎外国語大学外国語学部 教授
野林 厚志 国立民族学博物館文化資源研究センター 教授
原 英子 岩手県立大学盛岡短期大学部 准教授
松岡 格 獨協大学国際教養学部 准教授
宮岡 真央子 福岡大学人文学部 准教授
森口 恒一 静岡大学 名誉教授
山田 仁史 東北大学大学院文学研究科 准教授
山本 芳美 都留文科大学文学部 教授
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