アラビアン・ナイトの中の女奴隷 8
裏から見た中世の中東社会
生き生きと女性が活躍する千夜一夜物語。女奴隷たちの「自由」で多様な生き様に着目し、当時の庶民生活を垣間見るユニークな試み。
著者 | 波戸 愛美 著 |
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ジャンル | 歴史・考古・言語 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻 |
出版年月日 | 2014/10/25 |
ISBN | 9784894897786 |
判型・ページ数 | A5・56ページ |
定価 | 本体600円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
一 奴隷の定義
二 アラブ中東社会における奴隷
三 『千夜一夜物語』(ライデン版)に描かれる女奴隷の社会生活
1 女奴隷の売買
2 女奴隷と主人
3 女奴隷の人種と民族
4 奴隷の名称
5 自称表現
6 女奴隷と解放
四 千夜一夜物語の中の女奴隷
1 悲恋の相手としての女奴隷 ――「アリー・イブン・バッカールと女奴隷シャムス・アンナハールの物語」
2 才能あふれる女性としての女奴隷――「女奴隷タワッドゥドの物語」
3 主人を救うためにスルタンにまでなる女奴隷――「アリー・シャールとズムッルドとの物語」
4 カリフとの恋物語――「カリフ、アル・ムタワッキルと女奴隷マハブーバとの物語」
『千夜一夜物語』における女奴隷とは何か
おわりに
内容説明
愛・美貌・献身……。
生き生きと女性が活躍する物語としても知られる千夜一夜物語。女奴隷たちの「自由」で多様な生き様に着目し、当時の庶民生活を垣間見るユニークな試み。
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・・・・・・『千夜一夜物語』は、数少ない民衆の手による史料であり、年代記や法廷文書などの従来の歴史史料と異なり女性が頻出する。勿論、『千夜一夜物語』はフィクションであり、その中に描かれている姿には誇張や語り手の偏見が含まれる可能性も考えられる。だが、『千夜一夜物語』には名も知れない作者や語り手たちの、歴史史料には現れない気負いのない物の見方や、さまざまな視点がみられる。『千夜一夜物語』は、いわゆる正統的な文学作品ではなく、アラブ世界内部の知識人からは民衆文学として軽視される傾向があった。しかし、この中の奴隷の姿に、他史料では知ることができない中世のアラブ・イスラム社会における奴隷像、すなわち当時の人々が奴隷をどう捉えていたのかという見方が反映されている可能性がある。また、歴史史料と異なり一般庶民の視点も窺い知ることができるのも、大きな特徴である。
通常の歴史史料ではほとんどその姿を垣間見ることのできない、女奴隷が頻出する物語文学である『千夜一夜物語』を用いて、イスラム社会における女奴隷に主眼をおき、どのような存在だったのかについて考察してみたい。
一 奴隷の定義
まず、女奴隷について論じる前にイスラム法下のアラブ・中東社会における奴隷について概観しておきたい。
イスラム社会における奴隷制は、イスラム成立時である七世紀から二〇世紀初頭まで千年以上にわたって続いた制度である。この制度を理解するためには、イスラム以前のオリエント世界の奴隷制について留意しておく必要がある。なぜなら、奴隷制はイスラムが独自に生み出したものではなく、イスラム以前のアラビアを含むオリエント世界で既に確立していた制度を継承したものであるからである。まず、イスラム社会がどのように奴隷制の慣習を継承し、それがどのように変化してマムルーク朝期に至り、そして廃止に至ったか概観してみたい。
ドイツの歴史学者ミュラーによると、イスラム以前のオリエント世界の奴隷制では、戦争捕虜、女奴隷の子供、債務を返済できない者、売却された子供、罪人、略奪された者などが奴隷とされた。また、イスラム以前のメッカでは香辛料や織物、貴金属などの貴重品と並んで奴隷の売買も盛んであり、既に奴隷売買の慣行が存在していた。
では、イスラムには奴隷制はどのように継受されたのだろうか。イスラム社会第一の法源であるクルアーン(コーラン)において、例えば第二章一七八節では、次のように述べられている。
「信仰する者よ、あなたがたには殺害に対する報復が定められた。自由人には自由人、奴隷には奴隷、婦人には婦人と」
こうした章句により、奴隷の存在はアッラーに認められたものとされていた。預言者ムハンマドの言行録であるハディースでも、奴隷に対する親切な取り扱いが繰り返し説かれた。
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著者紹介
波戸愛美(はと まなみ)
1976年、岡山県出身。
現在、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士後期課程在籍中。
主な論文に「14–15世紀アラブ中東社会における奴隷の用語法」『地域文化研究』4、2008、「マムルーク朝時代の奴隷像:『千夜一夜物語』、『大旅行記』、『日録』の比較から」『日本中東学会年報』24-2、2009、などがある。