韓国農楽と羅錦秋 43
女流名人の人生と近現代農楽史
解放後ブームとなった女性農楽団。その希有なリーダー奏者、羅錦秋の生涯を追い、村祭りの芸能がプロ興行へと発展していく姿を描く。
著者 | 神野 知恵 著 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2016/10/15 |
ISBN | 9784894897915 |
判型・ページ数 | A5・64ページ |
定価 | 本体800円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
一 農楽との出会いとその多様な姿
1 大学農楽サークルの在り方
2 農楽伝授館と地域の祭り
3 高敞農楽の若手奏者達と羅錦秋名人
4 羅錦秋の人物像
二 女性農楽団の誕生とその背景
1 女性農楽団とは
2 先行研究の不足と筆者の立場
3 女性農楽団誕生の背景
三 羅錦秋のライフヒストリーと近現代農楽史
1 幼少期~国劇団との出会い(一九三八~一九五六年頃)
2 南原国楽院時代、パンソリと農楽の学習(一九五七年~一九五九年頃)
3 春香女性農楽団での活動(一九五九年頃~一九六三年)
4 渡米公演計画の頓挫、全州での結婚生活(一九六三年~一九七〇年代)
5 女性農楽団以降の活動(一九七〇年代後半~一九八〇年代前半)
6 文化財保有者認定と全北道立国楽院時代(一九八五年~二〇〇五年)
7 扶安への転居と教育活動(二〇〇五年~現在)
四 羅錦秋農楽キャンプを通じて見た個人奏者の役割
1 女性農楽団出身者たちのその後
2 羅錦秋による教育活動の現状
3 羅錦秋の教育スタイルとその影響
4 近年の農楽伝承における個人技のレパートリー化現象
5 羅錦秋から何を学ぶのか
おわりに
注・参考文献・付表・年表
あとがき
コラム①「女性農楽は一九四〇年代にも既にあった?」
コラム②「無形文化財としての農楽」
内容説明
「サムルノリ」の先駆者と伝統芸能の変容
解放後の韓国で大衆の人気を博した女性農楽団。その希有なリーダー奏者、羅錦秋の生涯を追い、村祭りの芸能「農楽」がプロフェッショナルな興行公演へと発展していく姿を描く。
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原色の衣装に花笠をかぶった演奏者たちが、それぞれの手に持った鉦(ケンガリ)や銅鑼(チン)、体にくくりつけた両面太鼓(チャング)を打ち鳴らしながら颯爽と行進し、ダイナミックに飛び跳ね、回る。その打楽器のリズムは身体の芯まで響き、踊りは風を巻き起こし、見る者の心は高揚し揺さぶられ、自然に手を挙げて踊り出したい気持ちになる。それが韓国の民俗芸能、「農楽」だ。農楽は二〇一四年にはユネスコの人類無形文化遺産代表リストにも記載され、ますます国を代表する芸能としての立ち位置を確立している。しかし、その多種多様な実態は韓国の人々にもあまり知られていない。本書では、筆者のフィールドワークの成果を通して農楽のいきいきとした姿や伝承の現状を描いていきたい。
ただ、この話を始める前に確認しておかなければならないのは、この芸能を何と呼ぶべきかという問題だ。実は「農楽」と言う名前は、日本統治時代の朝鮮において日本人の学者たちが、伝統打楽器を用いた祭りに対する総称として初めて用いた単語であり、それ以前は地域や状況ごとに異なる名称で呼ばれ、総称など必要なかった。日本人研究者たちによって定着した単語であるため、一九八〇年代頃から「農楽」という名称は避けるべきであるという見解が見られるようになり、その代わりに「プンムル」(漢字で「風物」と書き、元は農楽の楽器を指す言葉)または「プンムルクッ」(プンムルによる祭り、儀礼)という言葉がジャンル名として用いられるようになった。また、これが当時大学生たちによる民主化運動と結びつき、プンムル(=農楽)こそ民衆の力を象徴する芸能であるとして、デモでは常に打楽器を鳴らす学生たちが先陣を切った。この「プンムルクッ運動」によって各大学のサークルが成長したため、現在でも学生によるサークルは「農楽トンアリ(サークル)」ではなく「プンムル牌」(牌は団体の意味)と呼ばれることが多い。しかし、無形文化財の名称や民俗学界などでは「農楽」という言葉がそのまま使われているのが現状である[金廷憲 二〇一四:四一]。
さらに、一般韓国人に対して伝統打楽器の話をすると、「ああ、サムルノリですよね」と言われることが多い。「サムルノリ」はもともと、一九七九年に現れた若い四人組の演奏グループの名前だった。若い演奏者らの発想によって各地に伝わる農楽のリズムを集積し、打楽器アンサンブルの楽曲として整え、ケンガリ、チン、チャング、プクの四つの打楽器の演奏者を一人ずつという最少人数に限って、舞台に座って演奏するという創作的な演奏スタイルであった。「サムルノリ」というチーム名は民俗学者の沈雨晟がこの若い演奏者達に提案したもので、「サムル(四物)」は四つの楽器を指し、「ノリ」は「遊戯」「遊び」の意味である[金徳珠 二〇〇九:一八五]。幼い頃から豊富な舞台経験を積んできた気鋭の若手演奏者達がこのような斬新なスタイルを打ち出したことで爆発的な人気を誇り、韓国にとどまらず世界中にその名を知らしめた。座ってリズム演奏をするスタイルが継承された結果、チームの固有名称であった「サムルノリ」は後にジャンル名として定着した。現在では農楽を含む全ての伝統打楽器音楽をまとめて「サムルノリ」と呼んでしまう人が多い。それには、元祖「サムルノリ」チームの活動の絶大な影響があったことも確かであるが、先ほど述べたように、ケンガリやチャングを打つ芸能の総称として、「農楽」「プンムルクッ」などの用語に歴史的・政治的な揺れがあったことも影響しているのではないかと筆者は考えている。
本書ではこうした様々な用語の混同を避けるためにジャンル名としては「農楽」で統一するが、それぞれの現場にそれぞれの呼び名があることを覚えておいて頂きたい。韓国の学界では、このジャンル名の選択についての議論を繰り返し行っているが、筆者はそれよりも、この芸能が持つ多様性を評価し育てていくことこそ必要であると考えている。本書ではまず、農楽の概要と様々な在り方を理解して頂くため、まずヨコ軸として農楽伝承の現場(学生サークル、地方の村祭りなど)を筆者が出会った順番に紹介し、次にタテ軸として一人の演奏者のライフヒストリーを通じた近現代農楽史の読み解きを試みることとしたい。
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著者紹介
神野知恵(かみの ちえ)
1985年、神奈川県生まれ。 2006年に韓国梨花女子大学に交換留学し、全羅北道高敞農楽を学ぶ。2016年、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了、博士号(音楽学)取得。現在、同大学音楽学部楽理科教育研究助手。 農楽をはじめとする韓国伝統芸能のなかのリズム、身体性、解きの美学など様々なテーマに関心を持って研究を続けている。また、日韓の民俗芸能の交流プロジェクトや演奏会の企画も行っている。