ブラジル民主主義の挑戦 別巻12
参加型制度の実践と社会変容
ポピュリズム、国民投票、今世紀は民主主義の機能不全と市民参加の時代でもある。参加型ガバナンスの分析からその可能性を探る。
著者 | 佐藤 祐子 著 |
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ジャンル | 社会・経済・環境・政治 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2016/10/15 |
ISBN | 9784894897922 |
判型・ページ数 | A5・64ページ |
定価 | 本体800円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
一 ブラジル社会と参加型制度
1 ブラジルにおける社会格差と発展
2 参加型制度
二 ブラジルにおける民主主義の課題と参加型制度の実践
1 民主主義の質と市民社会
2 ブラジルにおける参加型制度の発展
3 国家政策審議会
三 制度デザインと市民社会の戦略
1 参加型制度における制度デザインと実効性
2 制度とアクターの相互作用
3 市民社会の戦略と制度の持続
四 事例――国家政策審議会と社会運動
1 国家都市審議会
2 国家環境審議会
3 市民社会の戦略と制度デザインの持続
おわりに 大規模抗議行動と今後――市民社会の役割
注・参考文献
略語表記一覧
あとがき
内容説明
政策決定に市民が参与──希有な事例から民主主義の本質に迫る
ポピュリズムの跋扈、国民投票の危うい選択、民主主義の機能不全があらわになった今世紀は、政治への市民参加の時代でもある。参加型ガバナンスの分析からその可能性を探る。
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ラテンアメリカは世界各国の中でも最も貧富の格差が大きい地域と位置付けられる。さらに、一九七〇年代から八〇年代にかけて民政移管が行われたラテンアメリカの多くの国家は、メキシコ金融危機を発端に起こった累積債務危機により、国際通貨基金(International Monetary Found、以下 IMF)が融資の条件として課した新自由主義にもとづく構造調整を受け入れると、政治経済状況を大きく変化させることとなった。関税の削減や公共事業の民営化、それに伴う企業間競争の激化によって、国家の社会保障に包括されないインフォーマルセクターが増加するとともに、それまで政党と強い繋がりを持っていた公営企業の労働者組合が解散すると、多くの労働者が政治的繋がりを失い、社会は「原子化」したと言われる[Roberts 2002]。ラテンアメリカ諸国では、このような社会の原子化によって孤立・貧困化したインフォーマルセクターを支持層に取り込む、政党基盤を持たない大衆派リーダー、ネオ・ポピュリストが支持を獲得し、「代表制の危機」と呼ばれる状況を引き起こした[Mainwaring 2006]。
一方、同時期に民政移管が行われたブラジルでは民主化後、社会運動を支持基盤として持つ労働者党(Partido dos Trabalhadores: PT)によって、このような代表制民主主義制度の非対称性を改善させる取り組みが行われてきた。その中で重要な役割を果たした政策の一つが、貧困層をはじめとする市民を政策決定のプロセスへ直接参加させることを目的とした「参加型制度」と言われる制度の発展である。
本書は、ブラジルで先駆的に導入された参加型制度の試みを再考し、近年ブラジルにおいて国策として拡大された参加型制度である国家政策審議会の比較事例検証を行うことを通して、この制度が代表制民主主義制度を補完する仕組みを明らかにする。同時に、参加型制度の持続を通して国民の声が政策決定に十分に反映される要因、及び市民社会の役割を明らかにすることを試みる。
まず、第一節ではブラジルと参加型制度の現代史を概説する。次に第二節で第一節において概観したブラジルにおける格差問題が発生する構造を、民主主義の定着における問題から説明する。その後、この問題構造を補完する役割を果たす参加型制度について、その発展と効果を示し、近年ブラジルで新たに試みられている国家レベルの参加型制度について制度デザインを概説する。同時に、実際に審議の場に参加し参与観察を行った筆者の視点から、本書における問いを明示する。第三節では第二節で示した問いに答えるため、参加型制度をめぐる理論的背景を整理し、仮説を提示する。第四節では、近年ブラジルにおいて拡大された国家レベルの参加型制度である国家都市審議会及び国家環境審議会の二つの事例を用いて事例検証を行う。ここで背景の似通った類似例を比較することを通し、市民社会によって生み出される社会的圧力が参加型制度の実効性を持続させることを示す。
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著者紹介
佐藤祐子(さとう ゆうこ)
1988年、大阪府生まれ。 神戸大学大学院国際協力研究科 修士課程修了(政治学修士)。 現在、ミズーリ大学コロンビア校政治学部 Ph.D.プログラムに在籍。 主な論文に “Determinants of Successful Participatory Institutions in Brazil.”(『ラテン・アメリカ論集』第49号)などがある。