「スーホの白い馬」の真実
モンゴル・中国・日本それぞれの姿
子供たちに親しまれている「民話」の誕生秘話。モンゴルの馬頭琴起源伝説や中国創作文学と対比しながら、経過と背景をたどる。
著者 | ミンガド ボラグ 著 |
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ジャンル | 文学・言語 |
シリーズ | アジア・グローバル文化双書 |
出版年月日 | 2016/10/30 |
ISBN | 9784894892231 |
判型・ページ数 | 4-6・220ページ |
定価 | 本体2,500円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
●第一部 日本における「スーホの白い馬」の受容
第一章 「スーホの白い馬」の始原を探る
1 「スーホの白い馬」の原典は何か
2 「スーホの白い馬」の出典
3 絵本『スーホの白い馬』の初版年
4 中国語版「馬頭琴」と「スーホの白い馬」の相違点
5 「スーホの白い馬」の教科書版と絵本版の表現の違い
6 「スーホの白い馬」における大塚勇三の役割
7 「スーホの白い馬」における赤羽末吉の役割
第二章 日本人のモンゴル草原への憧れの産物としての
「スーホの白い馬」
1 チンギス・ハーン廟の壁画の制作に関わった赤羽末吉
2 チンギス・ハーン廟を巡る日本人とモンゴル人の駆け引き
3 「スーホの白い馬」ゆかりの地である貝子廟
4 絵本『スーホの白い馬』にみられる貝子廟地域
5 絵本『スーホの白い馬』にみられる赤峰地域
6 赤羽末吉の絵に関する二、三の考察
7 モンゴル草原を巡る大日本帝国
8 「スーホの白い馬」ゆかりの地で行われたソ連兵による虐殺
9 ソ連兵の虐殺を目撃した九才の子ども
10 モンゴル人の回想に登場する日本人の絵描きは赤羽末吉だった?
●第二部 中国による「スーホの白い馬」の改編
第三章 「階級闘争」にすりかえられた中国語版「馬頭琴」
1 「馬頭琴」のオリジナル話について
2 モンゴル国で語られている馬頭琴起源伝説「フフー・ナムジル」
3 白い馬は射殺されたのではない
4 「馬頭琴」にみられる不自然な点
5 「馬頭琴」が創作された理由
6 モンゴルの民間説話にみられる階層対立の代表作
7 『バルガンサンの物語──殿様をからかった』
8 スーホは殿様を憎んでいなかった
9 「階級闘争」の狙いは何だったのか
10 創作文学としての「馬頭琴」に秘められた「スーホ」という名前の象徴性
11 創作文学としての「馬頭琴」に隠された隠喩
第四章 共産党政権や市場経済下における内モンゴルの文芸作品
──中国語版「馬頭琴」と対比して
1 階級闘争のプロパガンダに変身したモンゴル民話「アルマスの歌」
2 「アルマスの歌」のもととなったモンゴル民話
3 共産党の「賛歌」に変身したモンゴル民謡
4 「賛歌」のもととなったモンゴル民謡
5 「資源」として利用されたモンゴル文化「狼圖騰」
6 モンゴル人が釈然としない文化資源「狼圖騰」
●第三部 「スーホの白い馬」に垣間みるモンゴル文化
第五章 民族楽器としての馬頭琴の「誕生物語」
1 「馬頭琴」という名前は日本人が命名した?
2 「馬頭琴」は日本人が命名した説を巡る論争
3 モリン・ホール(馬頭琴)は総称である
4 馬頭琴の度重なる改良やその歴史的背景
5 そもそも馬頭琴はシャーマンの道具だった?
6 馬頭琴はスーホではなく、ボルラダイフーによって作られた?
第六章 「スーホの白い馬」にみられる文化的教育論
1 白い馬は単なる家畜ではない
2 白い馬はコンパニオン・アニマルではない
3 白い馬は「フゥールヒ・アミタン」である
4 「スーホの白い馬」にみられる「お仕置き論」
5 家畜は子どもにとって「反面教師」でもある
6 白い馬の死から学ぶ「いのちの教育」
●第四部 「スーホの白い馬」の故郷はいま
第七章 「スーホの白い馬」の故郷から
──黄砂の発祥地として知られた「モンゴル」
1 「スーホの白い馬」は中国の話なのか
2 なぜ「スーホの白い馬」は「中国の北の方、モンゴルには……」と始まるのか
3 「スーホの白い馬」の故郷から黄砂の発祥地として知られた「モンゴル」
4 黄砂を引き起こした犯人だとされた「白い馬」たち
5 黄砂を起こした「真犯人」
6 草原に砂漠がないと家畜が困る
7 モンゴル草原では家畜の糞も資源である
8 黄砂は「白い馬」のせいで起きているんじゃない
まとめとして
あとがき
主な参考・引用文献
内容説明
白い馬は射殺されたのではなかった!?
小学校国語教科書にも登場する「スーホの白い馬」。子供たちに親しまれている「民話」の誕生秘話。モンゴルの馬頭琴起源伝説「フフー・ナムジル」や中国創作文学「馬頭琴」と対比しながら、経過と背景をたどり、馬を愛するモンゴル人の文化とモンゴル草原に憧れる日本人の心の歴史に触れる。
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まえがき
「スーホの白い馬」は日本では子どもから大人まで世代を超えて広く知られている。これは福音館書店から『スーホの白い馬』(大塚・赤羽 一九六七初版)という絵本が出版されていることや、「スーホの白い馬」という話が光村図書出版の小学校国語教科書「こくご」二・下に長年にわたって掲載されているためだと思われる。もちろん、ストーリーが人気の大きな要因なのは言うまでもない。
私は中国領内モンゴル自治区(以下「内モンゴル」と略する)に生まれ育ったモンゴル人研究者で、モンゴルの伝統楽器であり、「スーホの白い馬」にも登場する馬頭琴の奏者でもある。そのため、「スーホの白い馬」の学習の一環として多くの小学校で馬頭琴の出前授業を行ってきた。これらの活動は音楽鑑賞会であるとともに国際理解の行事でもある。
ある時、一人の教員に「モンゴル人は馬に対して特別に親しい感情を持つ民族だと聞くが、『スーホの白い馬』では、どうして白い馬を矢で射殺してしまうのか」と質問されたことがある。馬を愛する人々が、その愛する馬を残酷に射殺すはずがないということである。モンゴル文化に理解のある人なら、これは当然の疑問である。
私はこれまでに何度も「スーホの白い馬」の発祥地である故郷の内モンゴルで、「スーホの白い馬」のオリジナル話がどんな話であったかについて調査した。ある日、地元の作家にインタビュー調査をすることとなり、私はいつも通り、インタビュー調査に先立って、日本で広く読まれている「スーホの白い馬」のストーリーを話した。するとその人は大変怒ってこう言った。
馬を操るのはモンゴル遊牧民の最も得意な仕事だ。モンゴル人は馬のことを他のどの民族よりも熟知しており、馬の力を最大限に発揮させた民族でもある。ユーラシア大陸を馬で横断し、大帝国を作り上げたことがその証だ。そのモンゴル人が一頭の馬を捕まえることもできず、その上、弓で射殺すとは、とんでもない話だ。これはある意味、モンゴル人を否定していることだ。モンゴル文化を侮辱していることだ。
考えてみれば、彼が怒るのも無理はない。私自身も放牧生活を離れて長いが、よほどの荒い馬でない限り、ほとんどの馬を乗りこなすことができるし、もちろん捕まえることもできる。だから、日々、馬と接触している人からすれば、これはおかしな話であろう。
では、なぜモンゴルの民話であるはずの「スーホの白い馬」に、このようなモンゴル文化と矛盾する場面が描かれているのだろうか。もしかすると日本で読まれている「スーホの白い馬」はモンゴルの民話ではないのではないか。だとしたら、それはいったいどういうことなのか。
本書は、「スーホの白い馬」の成立の過程や、その思想的、歴史的、文化的背景を明らかにすることによって、「スーホの白い馬」を巡るこうした疑問に対する答えを導き出すことを目指している。そして、最終的には日本における「モンゴル」やモンゴル文化の受容を「スーホの白い馬」を手掛かりに解明する。
本書は七つの章から構成されており、それを大きく四つの部に分けた。第一部は日本における「スーホの白い馬」の受容である。第一章と第二章がこれにあたる。第二部は中国による「スーホの白い馬」の改編である。第三章と第四章がこれにあたる。第三部は「スーホの白い馬」に垣間みるモンゴル文化である。第五章と第六章がこれにあたる。そして最後に新たな課題と展望として第四部の「スーホの白い馬」の故郷のいまをおいた。第七章がこれにあたる。
詳しくは次の通りである。
第一章は、「スーホの白い馬」の成立についての考察である。「スーホの白い馬」の原典や出典、その再話者である大塚勇三や絵本『スーホの白い馬』を描いた赤羽末吉の役割を中心に述べている。
第二章では、「スーホの白い馬」の制作者や彼らを取り巻く時代的・歴史的背景について検討することによって、「スーホの白い馬」が日本に伝わった経過と背景を明らかにする。
第三章では、「スーホの白い馬」の原典である中国語版「馬頭琴」のオリジナル話について検討するとともに、中国語版「馬頭琴」が作られた政治的、社会的背景について考察する。
第四章では、中国語版「馬頭琴」が作られた頃の階級闘争のプロパガンダや共産党を賛美する歌に利用されたモンゴル民話や民謡などのテキストの分析を行い、「スーホの白い馬」の原典である中国語版「馬頭琴」を取り巻く政治的、社会的背景を再考察する。そして、「スーホの白い馬」同様に現在もなお文化的資源として利用されているモンゴル文化の実態を、ベストセラー小説『狼圖騰』(二〇〇七年に講談社から『神なるオオカミ』というタイトルで訳本が出ている)を事例に検討する。
第五章では、「スーホの白い馬」にも登場する馬頭琴を取り巻く様々な論争を紹介しながら「スーホの白い馬」に対比する形で新たな馬頭琴起源伝説を取り上げる。
第六章では、スーホと白い馬の関係を通して、その背後にあるモンゴル放牧文化における人間と家畜の関係を探り、そこで培われてきた教育的要素やそれがモンゴル人の人間観、教育観に果たす役割などについて論じる。
第七章では、「スーホの白い馬」の故郷の現状について言及する。
なお、本書は書き下ろしであるが、私が今まで書いてきた「子どもの心身の発達に家畜が及ぼす影響についての考察──内モンゴル自治区のマラチンの事例研究」(関西学院大学教育学研究科『教育学論究』創刊号、二〇〇九年)、「『スーホの白い馬』は本当にモンゴルの民話なのか」(日本モンゴル協会『日本とモンゴル』第四七巻第二号、二〇一三年、第六回村上正二賞受賞)などを部分的に利用していることを断っておきたい。
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著者紹介
ミンガド・ボラグ(中国語表記では「宝力嘎」)
1974年、内モンゴル自治区シリンゴル生まれ。
1995年、教員養成学校であるシリンゴル盟蒙古師範学校を卒業、小学校・幼稚園で教員として働く。1999年に来日、日本語学校を経て2001年に関西学院大学文学部に入学。
2011年、関西学院大学教育学研究科博士課程後期課程修了。博士(教育学)。
現在:関西学院大学教育学部非常勤講師。翻訳・通訳として働く傍ら馬頭琴奏者としても活躍中。
著書に『モンゴル民族の教育の研究:「Education for Sustainable Development」の視点からの提言として』(関西学院大学出版会オンデマンド出版、2011年)など、その他に論文・翻訳多数。