移民大国ヨルダン 別巻14
人の移動から中東社会を考える
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石油も観光資源もない小国ヨルダン。しかし、パレスチナ・シリアをはじめ、多くの移民・難民・客人が来住し、その子たちも生きる。
著者 | 臼杵 悠 著 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻 |
出版年月日 | 2018/10/25 |
ISBN | 9784894894068 |
判型・ページ数 | A5・50ページ |
定価 | 本体600円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
一 建国直後の難民受け入れ
1 二度にわたるパレスチナ難民の流入
2 ヨルダン国籍を持つ「難民」
二 国内外で働く人びとと経済
1 パレスチナからの労働移動
2 国外で働く労働者の送金
3 国際援助と国王
4 ヨルダンへの日本の援助
5 湾岸戦争がもたらす「ヨルダン人」帰還者
三 新たな難民たち
1 隣国イラクからの流入
2 二〇一五年国勢調査とシリア人
3 国籍から見るヨルダン住民
四 アンマンへ来た人びとと暮らし
1 都市の拡大と交通事情
2 歴史と水不足問題
3 アンマン住民はどこから来たか
おわりに
注・参考文献
あとがき
内容説明
もたざる国の包容力!
石油も観光資源もない中東の小国ヨルダン。しかし、ここにはパレスチナ・シリアをはじめ、多くの移民・難民・客人が来住し、その子たちも生きる。さまざまな人、移動からひもとくヨルダンからの中東入門。
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……石油のイメージが強い中東地域にありながら、ヨルダンは非産油国である。ヨルダンの基礎情報を少し見てみよう。国の大きさは日本の五分の一程度で小規模であり、面積でいえば約九万平方キロメートルであるが、その八割を沙漠が占める。二〇一八年三月時点の統計局による推計では、国土の二割程度の土地に一〇〇〇万人を越える人びとが住んでいる。しかも、ヨルダンの北部と中部に全人口の八割が集中している。気候は、日中は暑いものの湿気がほとんどない。住宅は石造りで建物内に入れば暑さをしのげるが、一日の気温差が激しく夜はかなり寒くなり、一月から二月には雪が降ることもある。一方、緑が見える北西部や中部に対し、北東部そして南部へ向かうと広大な沙漠が広がる。沙漠といってもシルクロードから連想されるような、さらさらとした砂が舞う幻想的な沙漠ではなく、学校のグラウンドに少々草が生えたような風景である。このわずかばかりの緑と沙漠で構成される国土には、ナイル川のような巨大な水源や水運の要がない。西部にヨルダン川渓谷、南部に唯一海につながる小さなアカバ湾があるのみである。このように資源に恵まれず、強い経済基盤を持たないヨルダンは、中東諸国においてこれといって目立つ国ではないように見える。
観光という点でも、ヨルダンはそれほど有名ではない。エジプトにはピラミッド、隣り合うイスラエル/パレスチナにはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地エルサレムがある。一方で、ヨルダンの観光地と言えば、映画「インディー・ジョーンズ」の舞台となった世界遺産ペトラ遺跡、あるいは死海をのぞくと、他に思い浮かぶものもない。しかも、死海はイスラエル側からでも行けるため、ヨルダンを目的地として訪れる観光客は多くはない。
ところが、この「何もない」ように見えるヨルダンに、「外国人」居住者が多くいる。しかも、この「外国人」の出身は石油産出国に居住する外国人とは全く異なる。つまり、東南アジアや南アジア出身者が多い石油産出国に対し、ヨルダンには同じアラビア語を話すエジプトやシリアなどのアラブ諸国出身者が多く住んでいる。そのため、ヨルダン人ですら一見すると相手がどこから来たかわからず、ヨルダン人と思い込み話し始めたりする。ところが、同じアラビア語でも方言が全く異なるので、会話することで初めて相手がヨルダン人ではないことに気づく。
なぜ、人びとは「何もない」ヨルダンへとやって来ることになったのだろうか。そして、彼らはどのような人びとだろうか。こうした考察を行う際、様々な方法が考えられるだろう。人びととの語りや歴史史料を繙いたり、数字やデータを用いるなどである。本書では、ヨルダン統計局が収集した統計資料を中心に用い、二〇一四年から二〇一六年の二年間の調査研究によるヨルダン滞在中に、私が出会った人びととのエピソードを加えながら、話を進める。それによって、ヨルダンに居住する人びと、特にヨルダンへと移動して来た人びとの全体像を明らかにしていきたいと思う。
本書ではヨルダンについて述べるが、話の中心は首都アンマンである。それはアンマンが政治や経済の中心地であることはもちろんのこと、全人口の約四割もの人びとが集中するために、ヨルダンを代表する場として考えられてきたからである。しかし当然のことではあるが、アンマンはヨルダンそのものではない。そこで、必要に応じてアンマン以外の地方についても本書では言及している。
本書の構成は以下のとおりである。第一節から第三節にかけては、建国以降から現在にかけてヨルダンが受け入れて来た人びとについて、彼らがいつ、どこから、そしてなぜ来たのか、三つの時期に分けて説明する。第四節では、国外からの人びとが最も流入した首都アンマンを中心に、人びとが流入したことでどのような問題が起こっているのかについて見てみたい。 ……
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著者紹介
臼杵 悠(うすき はるか)
1987年、東京都生まれ。
一橋大学大学院経済学研究科経済史・地域経済専攻博士後期課程在籍。
主な業績に「アンマン県における就業と人口流入:2004年ヨルダン人口センサスに基づいて」(『日本中東学会年報』34巻1号、pp. 91-112、2018年)など、共著書に「イスラム銀行利用者による金融商品の利用動機と継続的取引の決定要因 : ヨルダンの事例から」(『アジア経済』56巻4号、pp. 2-22、2015年)などがある。