景観人類学入門
景観を「人間の記憶、意味、行為が埋め込まれた環境」とすれば、従来の工学的視点ではなく、人間学からの分析が重要である。
著者 | 河合 洋尚 著 |
---|---|
ジャンル | 人類学 |
シリーズ | 風響社ブックレット 風響社ブックレット > 関西学院大学 現代民俗学・文化人類学リブレット |
出版年月日 | 2020/07/20 |
ISBN | 9784894892811 |
判型・ページ数 | A5・98ページ |
定価 | 本体900円+税 |
在庫 | 在庫あり |
ネット書店を選択 |
---|
目次
第一章 景観実践の人類学
一 人類学と景観
二 記憶と〈場所〉
三 運動とマテリアリティ
第二章 景観問題の人類学
一 文化・科学・権力
二 世界の景観問題
三 文化遺産と景観保護
コラム 景観史の人類学
課題と展望――応用科学としての可能性を考える
一 景観の応用人類学
二 景観の公共人類学
参考文献
内容説明
環境を「人間の周りをとり囲む自然や建物などの物質」、景観を「人間の記憶、意味、行為が埋め込まれた環境」とすれば、従来の工学的視点ではなく、人間学からの分析が重要である。景観人類学研究をリードする著者が書き下ろした初の入門書。
*********************************************
はじめに より
(前略)景観人類学(the anthropology of landscape)が人類学の下位分野として登場したのは、一九九〇年代である。一九九五年にエリック・ハーシュ(Eric Hirsch)とマイケル・オハンロン(Michael O`Hanlon)の編集で『景観人類学』と題する英語論文集が刊行されたあたりから、英語圏で景観人類学の著作や論文が次々と世に出されるようになった。日本でも二一世紀に入ると景観人類学という分野が現れ、ここ一〇年のうちに景観人類学の視点や方法論を援用する研究が増えた。今では大学の講義や卒業論文でしばしば扱われる分野ともなっている。
特筆に値するのは、景観人類学の目的が、単に景観という対象を扱うにとどまらないことである。これまで人類学は、その名の通り、人類=人間に焦点を当ててきた。だが、人間は日常の生活において景観と切り離されておらず、景観とともに生きている。それゆえ、景観人類学は、景観という非人間的な要素(自然環境など)も加味することで、人類学の方法論や研究対象そのものを再考しようとしてきた。つまり、非人間中心主義の人類学を新たに考える分野の一つとして、景観が注目を集めはじめたといえる。それゆえ、フランスの有名な人類学者であるフィリップ・デスコラ(Philippe Descola)らは、景観が二一世紀の人類学において最も重要なトピックの一つになると早くから予見していた。
本書は、景観人類学とはどのような分野であるのか、その視点や研究の概要を示すことを目的としている。ただし、景観人類学は目下さまざまな方向に分岐しており、「景観」とは何なのか、どのような視点や方法が「人類学的」であるのかですら、全ての研究者に共通する見解をみいだすことはもはや難しい。多種多様な議論を無理に詰め込むと、読者に混乱を与えてしまう可能性もある。
そこで、本書は、景観人類学の主要な議論を形成している二つの潮流を中心的にとりあげることにした。そのうち一つは、景観実践の人類学である。この潮流は、日常生活における「人間と景観をめぐる諸実践」を研究対象としている。もう一つは景観問題の人類学である。この研究の流れは、「人間による景観の生産や競合」を研究対象としている(前者については本書の第一章で、後者については第二章で、具体的に説明する)。
この二つの潮流は互いに異なる立場から景観にアプローチしているため、現時点ではほとんど接点がない。また、現在の景観人類学は、人間と景観の関係性を読み解くことに重点を置いており、景観設計や景観保護をどのように進めるかという実践的な議論を脇に置く傾向が強い。だが、景観というトピックを扱うからには、いずれ人類学もこうした実践的な問題を避けて通ることはできなくなるかもしれない。そこで、本書は最後の「課題と展望」で、応用科学としての景観人類学の可能性を考える。
景観人類学の諸研究は、景観実践と景観問題という二つの潮流だけにとどまることはない。特に、景観の歴史をめぐるアプローチは、近年の日本でもますます注目を集めるようになっている。そのため、本書は、コラム「景観史の人類学」をもうけ、この潮流をごく簡単に紹介することにした。
本書は、景観人類学の全ての研究の流れをとりあげてはいないが、この分野のエッセンスをできるだけ紹介するよう心がけたつもりである。本書を通して、景観人類学という新しい領域に親しんでいただければ幸いである。
(後略)
*********************************************
著者紹介
河合洋尚(かわい ひろなお)
1977年、神奈川県生まれ。
2009年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。
現在、国立民族学博物館グローバル現象研究部・総合研究大学院大学文化科学研究科准教授。博士(社会人類学)。
主な業績: 『景観人類学の課題――中国広州における都市景観の表象と再生』(風響社、2013年)、『日本客家研究的視角与方法――百年的軌跡』(社会科学文献出版社、2013年、編著)、『全球化背景下客家文化景観的創造――環南中国海的個案』(暨南大学出版社、2015年、共編著)、『景観人類学――身体・政治・マテリアリティ』(時潮社、2016年、編著)、『Family, Ethnicity and State in Chinese Culture under the Impact of Globalization』(Bridge 21 Publications, 2017,共編著)、『フィールドワーク――中国という現場、人類学という実践』(風響社、2017年、共編著)『客家――歴史・文化・イメージ』(現代書館、2019年、共著)、『〈客家空間〉の生産──梅県における「原郷」創出の民族誌』(風響社、2020年)ほか。
*********************************************
*********************************************
*********************************************
関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット 刊行の辞
人文社会科学全体の中で、民俗学と文化人類学という二つの領域が併存している状況は、洋の東西を問わず、広く世界中で見ることができる。これは、二つの学問領域が重なり合う面を多々持ちながらも、それぞれ出自や特性を異にしているためである。もっとも、だからといって両者が排他的な関係にあるわけではない。事実、文化人類学が民族学と言われていた時代、日本には「二つのミンゾクガク」という伝統があった。
その後、民俗学は自文化研究に主眼を置き、文化人類学は異文化研究に特化していったが、グローバル化の影響で自他の境界が曖昧となりつつある今日、両領域はそれぞれの学問的特性を尊重しあい、かつ協働すべきところは協働して、ともに人類文化の究明に向かって進んでいる。民俗を意味するfolkloreという言葉の発祥地であり、近代人類学を主導したイギリスでは、近年改めて両領域の関係が見直されるようになっているが、それは必然的な流れと言えよう。
関西学院大学社会学部・社会学研究科では、こうした学問的潮流を強く意識して、民俗学・文化人類学の教育・研究を実践している。具体的には、二〇一六年、学部教育改革の一環として、学部内に六つの「専攻分野」を設置した。その中の一つに、「フィールド文化学専攻分野」があり、ここでは民俗学と文化人類学をそれぞれ専門とする専任教員が、「現代民俗学」と「文化人類学」の講義・ゼミを開講している。また、これと対応して、大学院社会学研究科においても、「現代民俗学」と「文化人類学」の講義・ゼミが開講されている。さらに、学部・大学院とも、国内外からこれらの分野の専門家を兼任講師として招聘し、多様な科目を開講している。
こうして、関西学院大学社会学部・社会学研究科は、民俗学・文化人類学を学部から大学院まで一貫して専門的に学ぶことができる教育・研究機関となっており、また国内における数少ない民俗学の国際的教育研究拠点の一つとしての位置を占めるに至っている。
「関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット」は、こうした恵まれた環境の中で、民俗学・文化人類学の教育・研究に携わる教員や研究者が、その最新の研究成果および講義内容を、学生や研究者、そして広く社会に対して、わかりやすく伝えることをめざして刊行するものである。本シリーズが、日本国内はもとより、将来的に外国語への翻訳を通じて、世界中の民俗学・文化人類学の進展に寄与することを心から願っている。
「関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット」ジェネラル・エディター 島村恭則・桑山敬己
*********************************************
《関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット》シリーズ刊行予定
2019年刊行
『文化人類学と現代民俗学』桑山敬己・島村恭則・鈴木慎一郎
2020年刊行
『景観人類学入門』河合洋尚
(以下続刊、いずれも仮題。随時刊行)
『通過儀礼と家族の民俗学』八木 透
『現代フォークロア10の視点』荒井芳廣
『アニメ聖地巡礼と現代の宗教民俗学』アンドリューズ、デール
『記憶と文化遺産の民俗学』王 暁葵
『廃墟のフォークロア』金子直樹
『ドイツの現代民俗学』金城ハウプトマン朱美
『文化人類学・民俗学の〈アート〉』小長谷英代
『韓国民俗学入門』崔 杉昌
『中国の現代民俗学:文化人類学とのかかわり』周 星
『カルチュラル・スタディーズ』鈴木慎一郎
『祭りと地域メディアの現代民俗学』武田俊輔
『温泉のフォークロア』樽井由紀
『布とファッションの人類学』中谷文美
『中国で民俗学を研究する:日本人民俗学者が語る現代中国民俗学』中村 貴
『民俗学者はフィールドで何を見てきたのか』政岡伸洋
『古墳のフォークロア』松田 陽
『文化遺産と民俗学』村上忠喜
『フォークロリズムの民俗学』八木康幸
『まちづくりの民俗学』山 泰幸
『イギリスの民俗学』山﨑 遼
『食の人類学』ヨトヴァ、マリア
『台湾民俗学入門』林 承緯
(以下、続刊)