アフリカの聞き方、アフリカの語り方
メディアと公共性の民族誌
メディアと政治、選挙、宗教の関わりを現場から詳解、現代デモクラシーの課題を西アフリカ、ベナンから照射する。
著者 | 田中 正隆 著 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | アジア・グローバル文化双書 |
出版年月日 | 2021/02/20 |
ISBN | 9784894892910 |
判型・ページ数 | 4-6・284ページ |
定価 | 本体3,000円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
序章 アフリカ・メディアとしてのラジオ
一 メディア・スタディーズと人類学
二 アフリカ・メディアとデモクラシー論
三 公共圏
第一章 ベナンのメディア状況
一 放送周波の民主化
二 国営放送と民営放送
三 人々のラジオ受容
第二章 民主化とメディア――大統領選挙の分析から
はじめに
一 民主化の起点とメディア
二 二〇〇六年大統領選挙と世代交代
三 世代交代するデモクラシー
四 メディアをとおして「変化」を売り込む
五 「変わってゆくÇa va changer」の五年間
六 三つ巴の二〇一一年選挙戦
七 ジャーナリストの語る大統領選挙
八 揺れるジャーナリズム
第三章 ジャーナリストと生活戦略
はじめに
一 国営放送のジャーナリスト︿事例1﹀
二 民営放送のジャーナリスト︿事例2﹀
三 民営放送の女性ジャーナリスト︿事例3﹀
四 南西部ローカルラジオのジャーナリスト︿事例4﹀
五 デモクラシーと個人の生
六 仕事をえる
第四章 参加するオーディエンス
はじめに
一 アフリカ・メディアとオーディエンス
二 民主化と参加型番組
三 番組で「不満」を叫ぶ
四 「不満」を渡りあるく
五 電話をかけて参加する
六 意見する人々
七 考察
八 アフリカのパブリック・ジャーナリズム
第五章 希望を生きる――政治転換期のメディアをとおした持続と変化
はじめに
一 ベナン政治における世代交代
二 トーゴにおけるポスト・エヤデマ
三 ベナン、トーゴのメディア事情
四 ベナン、トーゴの「意見する人々」
五 変化への対し方
第六章 信仰をつなぐ――キリスト教、イスラム教、在来信仰ブードゥにおけるメディア
はじめに――宗教とメディアという問題
一 宗教の公共性と世俗化
二 ポスト世俗化とイスラーム的公共
三 アフリカ・メディアと宗教――媒介mediationとしての宗教へ
四 ベナン宗教におけるメディア転回
五 ローカルメディアと在来信仰
六 ボコノによるメディア利用
おわりに
終章 アフリカが聞くこと、アフリカが語ること
一 デモクラシーを生きる技法
二 人とメディアとデモクラシー
あとがき
参考文献
索引
内容説明
ラジオからきこえる、アフリカの「今」
民主化というマクロな社会変動をラジオの声から聴く。それは「おくる人」「きく人」「参加する人」それぞれの生が交錯する現場・縮図だ。メディアと政治、選挙、宗教の関わりを検討しつつ、現代デモクラシーの課題を西アフリカ、ベナンから照射する。
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はじめに
今日のアフリカ社会では、テレビやインターネット、携帯電話が普及する都市部だけでなく、村落部においても、ラジオの音楽が日々の暮らしの一部となっている。地域にねざした情報、たとえば葬儀や集会の連絡、知人への伝言を伝えてくれることから、アフリカにおいてメディアは広く浸透し、その影響力の大きさが指摘されてきた。
とりわけラジオの普及は二〇世紀半ばに一〇〇万台超ほどであったのが、二〇世紀末には一〇億台にまでなり、今世紀に入っては一家族に一台以上は所有されている。一〇万人のコミュニティで少なくとも一局以上の地域ラジオ局が容易に聴取することができる。フランスラジオ国際放送(RFI)が世界に四六〇〇万人のリスナーがおり、そのうち二七五〇万人がアフリカのリスナーだと宣伝するのも、局の広告とともにこのメディアを通してアフリカ社会でいかに情報流通が盛んとなっているかが窺える数字である[Perret 2010: 1005]。むろん電力供給の整った都市部ではテレビ、インターネット、携帯電話(やスマートフォン)の普及は著しい。携帯電話の広がりは二〇〇〇年に一五〇〇万人の利用者が二〇一〇年に五億四〇〇〇万人となり、年平均増加率が三〇%超という統計からもその急速な伸びがよくわかる。日本と違い、SIMフリーの携帯電話は一人が二、三台持つのが当たりまえである。今日、携帯電話やスマートフォンなどを含む携帯端末は通話やインターネット接続だけでなく、ラジオやテレビを視聴するのに広く用いられている。そして、この携帯端末によって、アフリカではラジオは聴くものから参加するものへと拡張したのである。
私がラジオに興味をもったのは、コトヌに寝泊まりしていたある晩、寝入りばなに窓の外でラジオを聞いて笑いあっている人々の声が聞こえてきたのがきっかけであった。番組から流れる声は怒っているようでもあり、アナウンサーではなく一般の人の語りのようだった。彼らが熱心に話せば話すほど、聞き手のほうはクスクスと笑いを誘われているらしい。翌朝、声が聞こえてきた辺りを探して人に尋ねてみると、深夜のあの番組は再放送で、誰もが不満を話せる番組だという。朝の本放送を聞いてみなよと教えてもらったのが始まりだ。
本書ではこうしたアフリカ・メディアとの出会いをもとに、人々の暮らしにおけるメディアの関わり、その背景となる民主化という社会変化の本質へと視野を広げてゆくことをねらいとする。ここでいうメディアとはいわゆるマスメディアのことで、テレビ、ラジオ、新聞など、人々の間で情報のやり取りをするための媒体をさす。本書ではラジオを中心に考察しよう。メディアを通して人はどのように社会とつながるのか。そこで流れた番組の分析をとおして、人々が社会に対してどのような思いや考えを持っているかを、本書は読み取ってゆく。放送の送り手は、生活者としてありつつ、番組をとおして人と人とをつなぐ=媒介する。人々は番組から情報を得るだけでなく、自らの意見をもち、聞き手同士のつながりや交流が番組を成り立たせてゆくことを本書は示すだろう。今朝の新聞が貼りだされたキオスクでの人々の語りや、ラジオ番組をめぐる人々の討論がいわば草の根の議会となる。それを示すことで、それぞれの社会に埋め込まれ、その状況を決定するモノとしてのメディアの可能性を読み取ってみたい。
メディアに関する研究は、なお人類学では対象や記述についてのさまざまな模索が続けられている。各地の人類学では一九八〇年代、アフリカ社会を対象とした人類学では一九九〇年代の独立系新聞、ラジオ、テレビの増加といったフィールド環境の変化への対応という形で研究が進められたからだ[Willems & Winston 2017; Gratz 2014]。人類学は、この分野で先行するカルチュラル・スタディーズ(CS)や社会学の諸研究を参照しつつ、独自のニッチを模索してきた[Spitulnik 1993;小池 二〇〇三、今関 二〇〇三]。しかし、地域社会の調査に基づいたメディア研究は、欧米の先行研究を相対化することにとどまらない重要性がある。上記のとおり携帯端末の普及は欧米とは異なるし、放送と通信、経済活動の融合など、テクノロジーの使われ方は地域に固有の状況だからだ。そこで、本書は実地調査にもとづいた、ある社会のメディア、とくにラジオをめぐる状況についてのモノグラフを提出したい。本書の記述は西アフリカ、ベナン共和国での国営、民営、ローカルラジオについての調査資料にもとづく。以下、各章は次のような構成で展開してゆく。
次の序章ではアフリカの現在を理解するメディア研究の意義を論じ、先行する欧米メディア論の流れを整理する。アフリカ地域研究ではメディアはデモクラシーとの関連で論じられてきたが、本書の議論の背景となる公共圏論の、今日の課題を措定する。
第一章では対象とするベナンの状況を、マスメディアに関連する近現代史から整理、紹介する。産業の自由化政策の一環としての放送周波の開放と民営放送のインパクトを論ずる。第二章ではベナン政治とメディアやジャーナリズムの関わりを二〇〇〇年代以降の大統領選挙に焦点をあてて明らかにする。第三章では放送に携わるジャーナリストたちが業務とともにいかなる人生を送ってきたかを語りのなかに見出す。第四章では聞き手=オーディエンスの活動をとりあげ、民主化というマクロな社会変動と個人の生がどのように交錯するかを示す。第五章ではメディアと政治の関わりのベナン的状況を明らかにするために、隣国トーゴの状況との比較を行う。第六章ではアフリカのメディア研究において不可欠な宗教とメディア、とりわけベナンに特徴的な伝統宗教とメディアとの関連を検討する。
各章での事例研究をふまえて、終章ではアフリカ政治のメディア転回、ジャーナリストとオーディエンスの生活史研究、宗教のメディア転回の意義を確認し、序章で示された公共圏論や現代のデモクラシーについての考察へと議論を接続する。
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著者紹介
田中正隆(たなか まさたか)
1967年、横浜市生まれ
2002年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。
1996年3月よりベナン、トーゴにて調査に従事、現在も継続中。高千穂大学人間科学部准教授をへて現在、大谷大学社会学部准教授(2017年~)。専門は社会人類学、文化人類学、民俗学、アフリカ地域研究。
著書として、『神をつくる―ベナン南西部におけるフェティッシュ・人・近代の民族誌』(世界思想社、2009年)、近年の論文として、“Medias,Elections and Democracy : A comparative study of presidential elections in modern Benin”『高千穂論叢』47-2(2012年) 、“Mediation between the Secular and the Religious : A Local Radio Program in Benin and the Post-Secular Argument”『大谷学報』99-1(2019年)、“In the Hope for Change: Media and Audience in the Post-Charisma Era in Benin and Togo.”Annual Memoirs of the OTANI University Shin Buddhist Comprehensive Research Institute No36.(2019年)