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ジープニーに描かれる生 59

フィリピン社会にみる個とつながりの力

ジープニーに描かれる生

渋滞の街路、埃舞う田舎道を縦横に走る庶民の足。その歴史をひもとき、ボディを彩る強烈なグラフィックにオーナー達の夢をたどる。

著者 西尾 善太
ジャンル 人類学
社会・経済・環境・政治
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2022/10/25
ISBN 9784894898127
判型・ページ数 A5・58ページ
定価 本体700円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
 1 ジープニーという不思議な乗り物
 2 剥ぎ取られる尊厳と名前

一 使い捨て可能な生と断片化する社会
 1 送られる金で膨張する経済/消費
 2 「ここでは人間は安い」
 3 断片化するフィリピン社会の現在地

 ◆コラム1── 帰郷

二 社会を結びなおすジープニー
 1 マニラの死とジープニーの誕生
 2 都市を乗りこなし、社会を結び換える3
 3 描かれるジープニーとジープニーに描く人々

 ◆コラム2── アンカーを打つということ

三 ジープニーに織り込まれる生
 1 自由であること、自立していること
 2 離れ離れになる家族
 3 人々が描く夢や願望

おわりに――つながりの力の行方とジープニーの消失

引用文献
あとがき

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内容説明

街と村、人と人を結ぶ!
渋滞の街路、埃舞う田舎道を縦横に走る改造ジープ。
戦後から現在に至る庶民の足の歴史をひもとき、ボディを彩る強烈なグラフィックにオーナー達の夢をたどる。
小型路線バスに織り込まれた人と社会の虚々実々。

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      はじめに より 



 フィリピンをはじめて訪れた二〇〇九年の夏、ニノイ・アキノ国際空港を出て、タクシーをつかまえる。車窓から人々が道路脇に腰かけ、子どもたちが群がって遊んでいる様子を間近に見ていると、ジープのような派手な大きな車がアクセルとブレーキを繰り返しながら走り抜けていく。それは荒々しい運転と派手な見た目とは裏腹に、とてもこの街に溶け込んでいた。

 この不思議な乗り物はジープニーという。ジープニーはいわば小型路線バスだが、その存在は非常にユニークである。その車体に描かれたグラフィックは、人々の目を惹きつけてやまない。そのグラフィックは一台一台が異なる。それは個別のオーナーが所有し運行しているためだ。ジープニーは個人が支える公共交通機関なのである。そのため、この路線バスには時刻表もないし、決められたバス停もない。しかし、イロイロ島で育った友人は、村のジープニーについてこう語った。「ぼくの村では一台のジープニーが街と村をつないでいる。夕方になると市場で全員を待ち、それから村に帰るんだ」。その村に住む人にとって、〈その〉ジープニーが人々の生活を支えていることがよくわかる。時刻表やバス停といった整備されたシステムとは違うかたちで走っているのだ。一方で、ジープニーはフィリピン文化のアイコンのようにも扱われている。フィリピンの旅行ガイドブックを見てみれば、南国の海、カトリック教会などとともに描かれる。それほど、フィリピン人にとっても、観光客にとっても特別なものなのだ。

・・・・・・

 いよいよ乗り込む。道路脇に寄せられた車両の後部に乗車口がある。奥に向かって両脇に長椅子が並べられ、乗客が膝を寄せ合い座っている。そのあいだを人の足を踏んでしまわないように気をつけながら中腰で進む。前の乗客二人がそれぞれ腰をずらして私の席を空ける。私も他の乗客と同じように膝を閉じ、できるだけ体積を小さくするよう努める。急加速して急停止、新たな乗客が乗ってくるとさらに体を小さくして空間をつくり出す。自分の目的地をエンジン音にかき消されないよう大きな声で伝える。伝わらなかったときは、ドライバーの近くの乗客が「〇〇だってさ!」と繰り返す。運賃は隣の乗客から隣へとリレーのように運ばれていく。そしてお釣りも同様に返ってくる。首をすくめ、向かいの乗客のあいだから街を見て、いま自分がどこを走っているのかを確認する。そして「パーラ・ホ!(止まってください)」と言って降りる。ジープニーに乗ることは、人と関わり、コミュニケーションの最中に身を浸すことである。
本書では、このユニークで人々の生活を支えるジープニーを繙いていく。それによって、ジープニーに宿るつながりの力を皆さんと共有したい。



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著者紹介
西尾善太(にしお ぜんた)
1989年、岐阜県中津川市生まれ。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。
現在、立命館大学大学院先端総合学術研究科特別研究員(PD)。
主な著作に、「分断都市マニラにおける「公共性」の地層:生活インフラストラクチャーとしてのジープニー」(京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科博士論文、2021年)、「再定住という生き方:マニラ首都圏における災害管理事業とスラム住民のエージェンシー」(年報人類学研究、2020年)などがある。

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