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規範と模範

東北アジアの近代化とグローバル化

規範と模範

「模範」として導入した産業や文化は内では「規範」となり、その垂直的な圧力は時に個や国家の暴発も生みながら、適応・融合に至る。

著者 高山 陽子
山口 睦
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2023/02/20
ISBN 9784894893290
判型・ページ数 A5・320ページ
定価 本体4,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに(高山陽子)

序論 規範と模範から見るアジア(高山陽子)

   一 はじめに
   二 身体の管理
   三 生活への波及とジェンダー規範の強化
   四 おわりに

●第一部 規範と模範の溢れる近代──中国における英雄顕彰制度の事例から(高山陽子)

   一 はじめに
   二 延安時代の労働英雄
   三 建国初期の模範
   四 文革期の模範
   五 おわりに

第二章 モンゴル人女性の再生産における意識変化と母性規範の変遷──子だくさんの名誉母叙勲者女性の事例から(オドントヤ)

   一 はじめに
   二 社会背景
   三 子だくさんの女性への奨励
   四 女性の再生産に関する意識変化 
   五 母性規範の変遷
   六 おわりに

第三章 カザフスタンに〝いきる〟労働英雄──一地域における〝模範的人物〟の通時的経験より(中村知子)

   一 はじめに
   二 地域概況
   三 ソ連時代の労働英雄
   四 体制移行後の労働英雄
   五 おわりに

●第二部 規範と模範の積極的な受容と流用

第四章 規範から生み出される模範──中国朝鮮族の「孝」文化を事例に(李 華)

   一 はじめに
   二 規範から模範へ──公的領域における「孝」の実践
   三 規範と模範の実像──家族生活における「孝」の実践
   四 規範から模範へのプロセス──社会主義中国における民族表象の創出
   五 おわりに

第五章 結婚移住女性たちをめぐる規範と模範──韓国の結婚移住女性たちの社会参画と表彰文化(李善姫)

   一 はじめに
   二 約束としての規範と望ましい基準としての規範
   三 韓国における結婚移民と多文化主義
   四 韓国の多文化と結婚移住女性への表彰から見る規範と模範
   五 表彰される移住女性たちと彼女たちの社会参画
   六 おわりに

第六章 中国における模範的人物の活用──広東省高州における英雄冼夫人を事例として(稲澤 努)

   一 はじめに
   二 冼夫人の生涯とその評価
   三 高州における冼夫人
   四 元水上居民による模範冼夫人の活用
   五 おわりに

●第三部 規範と模範からの逸脱と多元化 

第七章 贈答規範の生成と転換──日本社会のバレンタインデーを事例として(山口 睦)

   一 はじめに
   二 日本社会における贈答慣行への規制と規範
   三 バレンタインデーの歴史
   四 転換プロセスと動機
   五 おわりに

第八章 移民が生み出す新たな規範──中国福建省における顕示的消費の事例から(兼城糸絵)

   一 はじめに
   二 龍門村の移民事情
   三 移民の成功と顕示的消費
   四 「望ましい葬儀」をめぐって
   五 おわりに

第九章 母国からの「親友」を歓待する──中国人の訪日観光における歓待規範(孫 潔)

   一 はじめに
   二 訪日観光におけるホストとゲスト
   三 中国人の訪日観光における二重の歓待規範
   四 訪日観光における歓待規範の実践と乖離
   五 おわりに

第十章 規範なき模範──「町中華」に見る日本的中華料理店の展開(川口幸大)

   一 はじめに
   二 町中華の「発見」
   三 町中華の民族誌
   四 日本的中華料理としての町中華
   五 おわりに──規範なき模範

あとがき(李善姫)

索引

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内容説明

西洋近代との葛藤を再考する
「模範」として導入した技術や産業、軍事や経済、そして文化は、内では「規範」となり、個人や社会に支配的に浸透した。その垂直的な圧力は時に個や国家の暴発も生みながら、今日の適応・融合への道に至る。注目の論集。

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はじめに

高山陽子



 本書は、瀬川昌久先生(東北大学東北アジア研究センター教授)の退官を記念して編まれた論文集である。二〇二二年度の刊行を目指して二〇一七年から準備に取り掛かった。退官記念論集を刊行したい旨を瀬川先生にお伝えしたところ、「単なる論文の寄せ集めであれば刊行しないほうがよい」という言葉を頂戴した。いつもながら穏やかな語り口でありながら、先生の学問に対する峻厳な態度を改めて実感する瞬間であった。先生に教わったことは多岐に及ぶが、その中でも重要なことの一つは、口頭発表でも論文でも研究成果は一つのまとまった作品でなければならないと教えだと言える。

 論集を論文の寄せ集めではない作品にするには、どのようなテーマにすべきかが準備の第一段階であった。先生の薫陶を受けた研究者は、その出身も研究内容も多種多様であり、共通のテーマを見出すのは困難であった。そこで、各自で『族譜──華南漢族の宗族・風水・移住』(一九九六年、風響社)を読み直し、適切なテーマを見つける作業を行った。

 族譜は「過去を必要とし、絶えずそれを反芻し再生産している現在の人々の意識の中に存在し」[瀬川一九九六:一五]ているとあるように、あたかもそれ自体が生き物であるかのように雄弁に物語る。こうした点について筆者自身の例で言うと、博士論文提出後から新たに銅像を始めとする記念碑の研究に取り掛かり、一五年以上が経つが、時折、銅像が雄弁に物語るような感覚を味わうことがある。その銅像がどのような経緯で建立されたか、人々にどのように受け入れられてきたかが、何となく伝わってくる。建立の背景を調べてみると、それが意外だった、という事例はほとんどなく、多くの事例において判明するのは、銅像の建立に込めた人々の意識である。

 近代以降、銅像が導入された日本や中国では銅像が乱立するが、それでもある種の規範は存在している。それは、族譜の記述に多様性があってもその記述の方法が規範に基づくのと同様である。そこで、こうした規範を取り上げてみるのはどうか、ということで規範というキーワードが浮上した。規範と類似する言葉には模範があり、どちらも範という文字を用いるが、可視化された具象的な模範と、抽象的な規範という違いがある。言葉については、執筆者の研究対象によってどちらか、または、両方を使うことが承認された。

 研究会は、二〇一八年度東北アジア研究センター共同研究公募において「規範と模範:東北アジア地域における近代化と社会共生」として助成をいただき、二〇一九年一月、亜細亜大学にて、同年八月に東北大学にて研究会を開催した。二〇二〇年以降は新型コロナウイルス感染拡大にともなってオンラインにて研究会を行った。大学院修了後、母国に戻って就職した研究者が複数いる本研究会にとって、オンライン化はマイナスではなくプラスに働いた。空間的な距離があっても議論ができることが認識できたよい機会であった。

 さて、議論を重ねるにつれて、研究者によって規範と模範の認識が異なることがわかってきた。それは単純に個人的な認識の違いに留まらず、日本、韓国、中国、モンゴルなどのローカルな文脈において規範と模範の概念が異なることを意味していた。繰り返し検討しても決定的な解決策を見出すことはできず、結局、『族譜──華南漢族の宗族・風水・移住』を手本とすることが合意され、見切り発車的に各自の論文執筆が始まった。

 こうして集まった原稿からは、本音と建て前の間で懸命に生きようとする人々の意識がはっきりと見えてきた。いかなる社会においても、規範と模範は必要であり、それは時代に応じて変わってゆく。とりわけアジアにおける近代化とは近代西洋の規範と模範に従うことが建て前であったが、他方で近代化という均質化に抵抗するしなやかさも常に存在していた。これが本音の部分である。モノや出来事から人々の意識を読み解くのは、論集執筆者たちが『族譜──華南漢族の宗族・風水・移住』から学んだことである。到底、我々執筆者は瀬川先生の精密な分析には及ばないが、できる限り近づこうとした結果が本論集である。

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編者紹介

高山陽子(たかやま ようこ)
1974年生まれ。2006年東北大学大学院環境科学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学、記念碑研究。現在、亜細亜大学国際関係学部教授。
主著書として、『フォビアがいっぱい:多文化共生社会を生きるために』(春風社、2022年、編著)、『紅い戦争のメモリースケープ:旧ソ連・東欧・中国・ベトナム』(北海道大学出版会、2019年、編著)、『多文化時代の観光学:フィールドワークからのアプローチ』(ミネルヴァ書房、2017年、編著)、論文として、「中国の烈士表象と社会主義マチズモ」(『国際関係紀要』第32巻第2号、2022年)など。

山口 睦(やまぐち むつみ)
1976年生まれ。2009年東北大学大学院環境科学研究科博士課程修了。博士(学術)。
専攻は文化人類学、日本研究。現在、山口大学人文学部准教授。
主著書として、『贈答の近代:人類学からみた贈与交換と日本社会』(東北大学出版会、2012年)、『震災後の地域文化と被災者の民俗誌:フィールド災害人文学の構築』(新泉社、2018年、共著)、論文として、「贈与と協働の献立:山形県南陽市A家の饗応儀礼食の記録分析」(『文化人類学』85巻3号、2020年)、「青少年赤十字の贈与活動にみる支援と国際交流:戦後の広報誌の分析から」(『山口大学文学会志』71号、2021年)など。

執筆者紹介(掲載順)
トゥルムンフ・オドントヤ(Turmunkh Odontuya)
1970年生まれ。2011年東北大学大学院環境科学研究科博士課程卒業。博士(学術)。
専攻は文化人類学。現在、モンゴル国立科学技術大学付属高専高等専門学校日本語上級講師。
主著書として『社会主義社会の経験:モンゴル人女性たちの語りから』(東北大学出版会、2014年)など。

中村知子(なかむら ともこ)
1979年生まれ。2008年東北大学大学院環境科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。
専攻は文化人類学、地域研究(東北アジア)。現在、茨城キリスト教大学、日本大学兼任講師。
主著書として『ダメになる人類学』(北樹出版、2020年、共著)、『アジアの生態危機と持続可能性 :フィールドからのサステイナビリティ論』(日本貿易振興機構アジア経済研究所、2015年、共著)など。

李 華(り か)
1970年生まれ。2013年東北大学大学院環境科学研究科博士課程修了。博士(学術)。
専攻は文化人類学。現在、中国延辺大学人文社会科学学院社会学部副教授。
主著書として、『中国東北朝鮮族の人生儀礼と風俗』(韓国学中央研究院出版部、2018年、共著)、論文として、「家庭策略視域下的中韓跨国家庭研究:以延辺朝鮮族為例」(『延辺大学学報』3号、2017年)など。

李善姫(い そんひ)
2004年東北大学大学院国際文化研究科博士課程単位取得退学。博士(国際文化学)。
専攻は文化人類学、日本と韓国の結婚移住女性と地域社会研究及びジェンダー多様性と災害研究。現在、東北大学男女共同参画推進センター講師。
主著書として、『東北の結婚移住女性たちの現状と日本の移民問題:不可視化と他者化の狭間で』(明石書店、2023)、『国際結婚と多文化共生 : 多文化家族の支援にむけて』(明石書店、2017年、共著)、『復興を取り戻す : 発信する東北の女たち』(岩波書店、2013年、共著)、論文として、“Strategic invisibilization, hypervisibility and empowerment among marriage-migrant women in rural Japan”(Journal of Ethnic and Migration Studies 46(13)、2020年)、「「外国人花嫁」として生きるということ : 再生産労働と仲介型国際結婚 (特集 再生産労働を担う女性移民)」(『移民政策研究』7、2015年)など。

稲澤 努(いなざわ つとむ)
1977年生まれ。2011年東北大学大学院環境化学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学、中国華南地域研究。現在、尚絅学院大学総合人間科学系准教授。
主著書として、『消え去る差異、生み出される差異:中国水上居民のエスニシティ』(東北大学出版会、2016年)、『食をめぐる人類学:飲食実践が紡ぐ社会関係』(昭和堂、2017年、共編著)、『ダメになる人類学』(北樹出版、2020年、共編著)、論文として、「高州の水上居民の陸上がりと民俗の変遷」(『華南研究』7号、2021年)、「客都梅州の水上居民に関する予備的報告」(『社会人類学年報』46号、2020年)など。

兼城糸絵(かねしろ いとえ)1982年生まれ。2013年東北大学大学院環境科学研究科博士後期3年の課程単位取得退学。博士(学術)。専攻は文化人類学、中国地域研究。現在、鹿児島大学法文学部准教授。主著書として、『日本で学ぶ文化人類学』(昭和堂、2021年、共編)、『越境者の人類学:家族誌・個人誌からのアプローチ』(古今書院、2018年、分担執筆)、『僑郷:華僑のふるさとをめぐる表象と実践』(行路社、2016年、分担執筆)など。


孫 潔(そん けつ)
1973年生まれ。2009年東北大学大学院環境科学研究科博士課程修了。博士(学術)。
現在、佛教大学専任講師。
主要論文に「映画における政策移民の帰還に関する人類学的研究:映画『青紅』を例として」(『佛教大学文学部論集』2021年)、「移りゆく『辺境』イメージ:上海から雲南への『支辺』移民の語りを通して」(川口幸大・堀江未央編『中国の国内移動:内なる他者との邂逅』京都大学学術出版社、2020年)、「雲南省元陽棚田地域における景観とその資源化:村民による映像撮影への関わりを中心に」(長谷川清・河合洋尚編『資源化される「歴史」:中国南部諸民族の分析から』風響社、2019年)など。

川口幸大(かわぐち ゆきひろ)
1975年生まれ。2007年、東北大学大学院文学研究科博士課程修了(文学博士)。
専攻は文化人類学、東アジアの親族・宗教・移動・食文化。現在、東北大学大学院文学研究科准教授。
主著書として、『東南中国における伝統のポリティクス:珠江デルタ村落社会の死者儀礼・神祇祭祀・宗族組織』(風響社、2013年)、『ようこそ文化人類学へ:異文化をフィールドワークする君たちに』(昭和堂、2017年)。『東アジアで学ぶ文化人類学』(昭和堂、2017年、共編著)。『〈宗族〉と中国社会:その変貌と人類学的研究の現在』(風響社、2016年、共編著)『僑郷:華僑のふるさとをめぐる表象と実像』(行路社、2016年、共編著)など。

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