目次
プロローグ
民族誌は民族史
犠牲の羊と長城
歳時記的記録
●第Ⅰ部 短い夏から不穏な秋へ
第一章 家路から世界史を体得する
自文化への帰還
歴史は固有名詞からなる
長城南北の哲学的風土 ほか(全13項)
第二章 中国に呑み込まれたモンゴル人達
移動する境界
世界史の中の激動
貧困を創出する共産革命 ほか(全11項)
第三章 独自の暦を生きる人間と家畜
近隣同士で「スープを飲む」
草原に伝わる国内外の状勢
オルドス暦と政府の横暴 ほか(全14項)
第四章 社会主義を生きる「天神」とネストリウス教徒
郷愁の長城
天神の祭祀者
調査地の人口と家畜 ほか(全14項)
第五章 中国共産党の罌粟栽培とモンゴルの没落
父系親族集団と清朝の行政組織
長城は中国人の逃亡を防ぐ為の壁
共産党の罌粟栽培と移民 ほか(全10項)
第六章 遥拝する聖地
流転の聖地
「民族右派」と中国との抗争
「帝国主義の手先」を利用した中国人 ほか(全5項)
第七章 長安で聞くキリスト教とイスラームの歴史
秘密の文書館
中国人強盗の天下
長城に建つ「駱駝の町」 ほか(全11項)
●第Ⅱ部 白い冬
第八章 「沙を混ぜられた」自治区
陥落したモンゴルで跋扈する匪賊の後裔
南国からの浙江省人
戸籍制度と「闇チルドレン」 ほか(全5項)
第九章 失われた草原を取り戻す「真の英雄」
王様の旗長
オルドスの宮廷文化
逮捕された青年の出自 ほか(全9項)
第十章 復活した結婚式
贈答される乳製品
宵の献立
略奪に行く武装者集団 ほか(全10項)
第十一章 家族の中国革命史
近代化の振動
現代の李陵
豚を屠る ほか(全18項)
第十二章 伝説のホトクタイ・セチェン・ホン・タイジ
雪中の琴
モンゴル帝国の旗手
貴族の菩提寺の興亡と僧侶の受難 ほか(全10項)
第十三章 失地と王制の語り方
ネオンと羊
猛禽類の絶滅と調査の倫理
呪われた草原開墾 ほか(全7項)
第十四章 歴史の郷愁
「天の宗教」をめぐるトラブル
民謡の記録
アルタイ山とハンガイ山からの民 ほか(全8項)
第十五章 草原の「フランス革命」
情報収集
草原に建つ紫禁城の一角
自死した輔国公 ほか(全8項)
第十六章 群雄割拠
王家と公家の婚姻
王の結婚式
王印と武器密輸事件 ほか(全8項)
第十七章 貴族達の革命と「反革命」
政略結婚
「抗日」という名の権力闘争
国共両党に従う分裂 ほか(全9項)
第十八章 体験する略奪婚
「随旗モンゴル人」との通婚
悪霊祓いの儀式
「略奪」に出る「武装者集団」 ほか(全6項)
第十九章 中国人が売春するモンゴル人の自治区
農村の陣地を守る社会主義教育
「風の馬」の掲揚
破壊と暴力を謳歌する生き方 ほか(全12項)
第二十章 冬の草原の政治
燃える車と拝火祭
占いの実践
羊の管理と吉日選び ほか(全12項)
第二十一章 縁起の良い白い月
正月の挨拶と食事
中国に警戒されている宗教界
絶滅に追い込まれた野生動物と猛禽類 ほか(全15項)
●第Ⅲ部 黄色い長城
第二十二章 神々の戦い
長城までの失地
中国の穀倉地帯になったモンゴルの処女地
対ユーラシア遊牧民の最前線 ほか(全10項)
第二十三章 物理的防塁と心の壁
中国が引いた心のライン
生理的に受け付けない文化の溝
世界史の動乱を伝える城の石碑 ほか(全11項)
●第Ⅳ部 抑圧の春
第二十四章 養女を迎える
頭蓋骨と売られる中国娘
草原のモンゴル医学者
平原の樹木信仰 ほか(全12項)
第二十五章 王様がいた頃の歴史
軍用犬泥棒
万戸の由来と父系親族集団
ウーシン旗内部の東西間の政治的対立 ほか(全5項)
第二十六章 農村に住む農民モンゴル人
沙漠内の農村
身体言語と日常生活の中国化
中国化による生活の困窮 ほか(全7項)
第二十七章 廃れていくモンゴル語教育
モンゴル語教育が軽視され続けた歴史
同化政策との戦い
性善説が招いた中国人の侵入と革命史観の定着 ほか(全6項)
第二十八章 聖主チンギス・ハーンの御前にて
沙嵐の旅路
モンゴル人参拝客
監視される闇の中で ほか(全12項)
第二十九章 黄金オルドの祭祀
一個中隊の秘密警察
活きた羊を用いた占い
荒野の戦士達の鎮魂 ほか(全13項)
●第Ⅴ部 世界宗教の初夏
第三十章 モンゴルに伝わって来たヨーロッパの「洋教」
草原のクリスチャンを探す意義
「青い宗教」の天主徒の過酷な運命
「経典の民」たるモンゴル人 ほか(全13項)
第三十一章 帝国の白い旗
春のモンゴル娘
帝国の「白い旗」と人体由来の地名
悪化した環境に住む祭祀者 ほか(全8項)
第三十二章 草原に育まれた人類学者と中国が創成した民族主義者
大小二つのオンゴン
オンゴンの祭祀と日本軍の記憶
調査の終盤時の資料隠し ほか(全10項)
エピローグ 狼の心を持つ羊と崩落した長城
謝 辞
一次史料と参考文献
写真・図・表一覧
索引
内容説明
(静岡大学人文社会科学部研究叢書 No.76)
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プロローグ
民族誌は民族史
「民族」とは何か。異なる民族間の交流と対立の実態はどのようなものなのか。民族問題は何故、勃発するのか。このような政治色の強い領域に対し、民族学者とも称される人類学者は必ずしも積極的に正面から切り込もうとして来なかった。表面的には「学問は政治と距離を置くべきだ」ともっともらしい言説を展開するが、実際はきちんとした答案を用意できないで避けて来たからであろう。
政治色を帯びている民族問題を忌避する傾向は、日本は欧米諸国よりも強い。特に中国の民族問題に関しては、まるで腫れ物に触るかのような印象すらある。一九九〇年代以降に中国の民族問題が国際化して来た段階で、同国でフィールドワークする人類学者が豊富な学識に沿って分析するという姿勢は見られない。自身の現地調査に影響が及ぶのを危惧しているのと、日本の現代史の負の側面に飛び火するのを怖がっているからであろう。中国の民族問題、とりわけ内モンゴルの民族問題はそのまま現代日本の大陸進出と連動しているからである。
ないものを強請っても意味がないし、挑戦したくない課題を他人に期待しても、所詮は自分ががっかりするだけである。本書は、右で示した学問上の空白を埋めようとして、モンゴル人の視点でモンゴルの民族問題の現在と、その歴史的、国際的原因と背景を掘り起こして分析したものである。モンゴルの民族問題は常に中国が原因で発生して来たが、近代に入ってからは日本も主役を演じた時期がある。モンゴル人の視点から描いた民族と民族問題に関する民族誌を相対化できるのは、第三者が創出した同様な作品が誕生した暁になるのであろう。
私は自身の民族誌をまた民族史とも位置づけている。世界的なベストセラー『銃・病原菌・鉄──一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』の著者ジャレド・ダイアモンドは次のように指摘している。人類史の解明に欠落部分が残る原因は、社会モラル上の問題が放置されているからである。「歴史は、民族によって異なる経路をたどった。これは、人種差別主義者であるかどうかにかかわらず、誰にとっても明白な事実である」。その原因はどこにあるかといえば、「人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的差異によるものではない」[ダイアモンド 二〇一二a:四三、四五]。
人類学者は基本的に生業に依拠して人類の諸集団の優劣を差別化しない。産業化社会が狩猟採集社会よりも優れていると考えないし、狩猟生活から鉄器に基づく近代国家への移行を進歩とも謳歌しない。いわば、ダーウィニズムを幅広く適用しようとしない建前である[ダイアモンド 二〇一二a:三一—三二]。
民族問題の背景を成す中華思想はダーウィンの進化論と相性がいい。長城以南の住民は古来、壁の外側の人間を動物や鳥禽と同様であると理解し、自分達より生物学的に遥かに劣っているし、文明開化していないと断じた。古代では北方の遊牧民で、近世に入ると、西洋人も含まれるようになった。こうした人間を序列化する思想には当然、日本もその範疇に入っている[佐藤 二〇一五]。
二十世紀になり、ユーラシア大陸のほとんどが社会主義陣営に統合されても、人間の序列化は止まなかった。マルクス・レーニン主義の発展段階論もまた中華思想とみごとに合体したからである。中国共産党員達はソ連のアファーマティブ理論で多数の民族を創成してから、順位付けした。中国人すなわち漢族の理論家は辺境の住民の一部を「原始社会の残余集団」と呼び、別のグループを「奴隷社会」か「封建社会」の段階に入っている、と一方的に根拠なく断じ。そして、これらの「野蛮」で、「立ち遅れた民族」は「先進的な漢民族による解放と援助を待っている」、と弁じた[李維漢 一九七九:九—一三]。社会主義のイデオロギーだけでなく、外国で人類学を学んだ者でも、ひたすら中国人すなわち漢族の「凝集力」や「中心性」を強調し、諸民族の中国人への同化を正当化する。学説というよりも、政治的スローガンに近い悪名高き「中華民族論」[費 二〇〇八]はその典型的な一例である。外国から何をどう学ぼうと、中国に入ると忽ち同化政策の道具に悪用されるのが現状ではないか。「中華民族」を暴力的に創造しようとしているからこそ、ジェノサイドが横行するほど、中国の民族問題は深刻化しているのではないか[楊 二〇一八a、b、c、ムカイダス 二〇二一、グルバハール 二〇二一、サライグル アレクサンドラ ロゼン・モルガ 二〇二一]。
本書はモンゴル人の視点から中国の民族問題、それもモンゴル民族問題の深層を究明しようとするものである。遊牧民のモンゴル人と農耕民の中国人は対立しながら、交易を進め、共生して来た。共生しているからこそ、民族問題は生じる。中国人は自身が営む農耕を至上の生業と位置づけ、遊牧の民を差別する。騎馬の遊牧民は長城以内の世界で冒険し、政権を建てることもあったが、近世以降は衰退の一途をたどった。それは、中国人が「進歩」し続け、遊牧民が「奴隷社会」や「封建社会」に留まっていたからではない。イスラームをめぐる宗教間の対立とカトリックに代表される西洋勢力の介入が原因である。いわば、モンゴル人と中国人の民族関係史が世界史の一部になり、世界史の舞台となったからである。そういう意味で、本書は民族誌であると同時に、民族史の性質をも帯同しているのである。もっとも、それはあくまでもモンゴル人と、部分的には中国人が語った世界史である。
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著者紹介
楊 海英(Yang Haiying)
1964年、中国内モンゴル自治区オルドス生まれ。総合研究大学院大学修了、博士(文学)。専攻、文化人類学。
現在、静岡大学人文社会科学部教授。
主な著書として、『草原と馬とモンゴル人』(日本放送出版協会、2001年)、『チンギス・ハーン祭祀—試みとしての歴史人類学的再構成』(風響社、2004年)、『モンゴル草原の文人たち—手写本が語る民族誌』(平凡社、2005年)、『モンゴルとイスラーム的中国—民族形成をたどる歴史人類学紀行』(風響社、2007年)、『モンゴルのアルジャイ石窟—その興亡の歴史と出土文書』(風響社、2008年)、『墓標なき草原—内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(上・下2009年、続 2011年、岩波書店)、『植民地としてのモンゴル—中国の官制ナショナリズムと革命思想』(勉誠出版、2013年)、『中国とモンゴルのはざまで—ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』(岩波書店、2014年)、『ジェノサイドと文化大革命—内モンゴルの民族問題』(勉誠出版、2014年)、『チベットに舞う日本刀—モンゴル騎兵の現代史』(文藝春秋、2014年)、『逆転の大中国史』(文藝春秋、2016年)、『モンゴル人の民族自決と「対日協力」—いまなお続く中国文化大革命』(集広舎、2016年)、『「知識青年」の1968年—中国の辺境と文化大革命』(岩波書店、2018年)、『最後の馬賊—「帝国」の将軍・李守信』(講談社、2018年)、『モンゴルの親族組織と政治祭祀—オボク・ヤス(骨)構造』(風響社, 2020年)主な編著に『モンゴル人ジェノサイドに関する基礎資料』1〜14(風響社、2009年〜2022年)など多数。