手仕事を求めて 62
東ネパールのダカ織り工房の日常
祖母、水俣、ネパール。現代社会とは対極の現場を巡る「ロードムービー」。その終着点は、身体に根ざした「ものづくり」だった。
著者 | 高道 由子 著 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2023/10/25 |
ISBN | 9784894898165 |
判型・ページ数 | A5・66ページ |
定価 | 本体700円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
1 手を動かすことの喪失
2 「なんでもできる手になりたい」
一 手仕事を求めて
1 地震後のネパール
2 ジャカード織りのダカ
3 東ネパールへ
二 日常と分けられないものづくり
1 ネパールの概要と機織りの町M町
2 ディディとの出会い
3 工房の暮らし
4 布を織る日常
三 機織りとともに生きる人々
1 身体に根ざした「わざ」
2 ものづくりの規格化・制度化
3 工房で暮らす人々
4 手で考える、手が考える
おわりに
1 ネパールから帰国して
2 断片化する日常
参考文献
あとがき
内容説明
手で考える、手が考える
手芸をする祖母、水俣の工房、そしてネパール。疎外され分断される現代社会とは対極の現場を巡る「ロードムービー」。その終着点は、暮らし・家族・身体に根ざした「ものづくり」であった。
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おわりに より
作家の石牟礼道子さんは、新作能「不知火」水俣奉納についてのインタビューの中で、次のように語っている。
今の世の中は、情報はたくさん満ち溢れておりますが、たとえばコンピューターの情報というものは、記号化されて収められているわけですよね。あるいは、バーチャルなものが流行っていますが、そういう擬似的なものではなく、この目や鼻や耳、あるいは舌や肌で直にしか感じとれないものも、きちんとあるのだと思います。それがとりもなおさず、生命に対するいとおしさだと思うんです[新作能「不知火」水俣奉納する会 二〇〇四:四]。
昨年水俣の工房を訪れたとき、工房で機織りをする金刺宏子さんはこんな話をした。「ものすごくかっこ悪くて、しんどくて、汚いみたいなことの価値って、なんだかもう、なくなっちゃったよね。昔の人はなんとなくみんなものを見たら、それをつくるのがどんだけ大変か、わかったんだと思うよ」。
頭仕事と手仕事が分けられて、制度やバーチャルなシステムに回収されることにより、誰かとともに苦しんだり、達成感を味わったり、今ここにともにいるという感覚を共有することだけでなく、目の前にあるものの背後にある、ひとりひとりの行為やその大変さを想像する力が失われているのではないかと、感じる。その傾向は、水俣病事件で責任が制度化され、お金で解決するしか手段がなくなり、その中で人間としての責任や共感する力が抜け落ちてしまったことと、通じるものがあるように私には思える[緒方 二〇二〇:四四―四五]。
私が手仕事を求めたのは、情報システム社会で生きる中で、身体感覚の喪失を意識しはじめたことがきっかけであった。触れることのできない情報システムとの間には、駆け引きがない。漁師で本願の会の発起人の緒方正人さんは、お父さんがかつて、漁のことを「魂くらべ」と呼んでいたと語っている。機械を使って無理に魚をとろうとするのではなく、海を見ながら、魚の世界と波長を合わせ、読み解きをする。それは、考えてわかることではないという[緒方・辻 一九九六:一六]。
このことは漁師と魚との間だけではなく、ものと人、あるいは人と人との間にも言えることだと思う。東ネパールの工房では、時に思い通りにならない糸や織機を、人々がうまく調整しながら、黙々と布を織り進めていた。それだけではなく、それぞれが別々の織機に向かいながらも、どことなく他者の抱える苦労や痛みを、その気配から共有していた。
全てが厳密に管理され、システム化されていくと、全てが設計通りになるのが当たり前だと錯覚してしまう。頭で思い描いた通りにならないことがあることが、つい許せなくなってしまう。身近にともにいるはずの他者のことも忘れてしまう。
全てを頭で思い描いたように、完璧にシステム化したり、制度化したりできるなんてことは、幻想だ。
そのことを、日々の手仕事は気づかせてくれる。
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著者紹介
髙道由子(たかみち ゆうこ)
1988年、大阪生まれ。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了(地域研究)。
現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科特定助教。
主な論文に、An Ethnographic Study of the Production Practice of Dhaka Fabric in Terhathum, Eastern Nepal(Studies in Nepali History and Society, 26(2): 231-252, 2022)、「ナショナリズムの表象――ネパールの織布ダカ」(上羽陽子・金谷美和編『躍動するインド世界の布』昭和堂、82-85頁、2021年)など。