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自閉スペクトラム症者のまなざし  新刊 これから出る本

言語人類学からみた当事者の社会的コミュニケーション

自閉スペクトラム症者のまなざし

ASD症状を持つ本人や医療従事者らの「日常会話データ」をもとに、そこに潜む「まなざし」と「ズレ」の様相を解析。

著者 合﨑 京子
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2025/02/28
ISBN 9784894890312
判型・ページ数 A5・320ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

まえがき

序 章
   1. 1 はじめに
   1. 2 本書の目的
   1. 3 本書の構成
   1. 4 自閉スペクトラム症とは何か

第2章 自閉症から自閉スペクトラム症へ

   2. 1 自閉症の歴史
   2. 2 診断基準と原因論
   2. 3 実験による自閉スペクトラム症者の認知形式の評価

第3章 言語人類学と社会的コミュニケーション

   3. 1 自閉スペクトラム症者の社会的コミュニケーション
   3. 2 言語人類学における社会的コミュニケーションの考え方
   3. 3 言語人類学と記号論との接点:「指標性」

第4章 自閉スペクトラム症者の

   4. 1 自閉スペクトラム症者の現状
   4. 2 コミュニケーション・イデオロギーとは何か
   4. 3 ソーシャルスキル・トレーニングのコミュニケーション・イデオロギー
   4. 4 自閉スペクトラム症者のコミュニケーション・
   4. 5 考察

第5章 初対面会話における「自己紹介」

   5. 1 データについて
   5. 2 会話参与者
   5. 3 自己紹介場面の分析
   5. 4 考察

第6章 Cの「他者のまなざし」の取り込み方

   6. 1 当事者会で収録した自閉スペクトラム症(に類する)者同士の会話の分析
   6. 2 当事者会で収録した自閉スペクトラム症者と定型発達者の会話の分析
   6. 3 考察

第7章 Cの「言語的ストラテジー」

   7. 1 Cのアイデンティティ呈示に用いる言語的ストラテジーの分析
   7. 2 考察

第8章 Cの「コンテクスト」の取り込み方

   8. 1 公共施設で収録した自閉スペクトラム症者と定型発達者の会話の分析
   8. 2 考察

第9章  結論

   9. 1 本書のまとめ
   9. 2 自閉スペクトラム症と社会文化的背景
   9. 3 「あのとき・あの場所」と「いま・ここ」の自閉スペクトラム症

あとがき

参考文献

《資料》

索引

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内容説明

「スペクトラム」という「曖昧」さに挑む
日常会話でも、視点や社会文化のコンテクストの多様性はあり、常に大小さまざまなズレが生じている。本書は、ASD症状を持つ本人や医療従事者らの「日常会話データ」をもとに、そこに潜む「まなざし」と「ズレ」の様相を解析。相互理解のさらなる進展を目指す試み。


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      まえがき




 自閉スペクトラム症(一般的には「発達障害」などの名称の方が知られているかもしれない)とは不思議な症状である。たとえば、この本をお手に取ってくださった方の多くが一度はその名称くらいは聞いたことがあるだろう。

 しかし、それほど世間に知られるようになった症状であるにもかかわらず、未だその病態については解明されていない部分が多く、かつ、「社会的コミュニケーションの障害」という、抽象的な言葉に集約される症状であるがゆえに、医療が飛躍的な進歩を遂げた現代においても本人や周囲の「困り感」がない限り、なかなかはっきりと診断を下すことができない。しかもそこで言われる「コミュニケーションの障害」は日常のわれわれの会話でも起こり得るもので、その特徴もさまざまである。

 そういった経緯から、医療関係者の間でも自閉スペクトラム症について日々議論が活発に交わされており、症状に対する診断基準や診断名称・カテゴリーの変更も頻繁に行われてきた。

 さて、このような症状について私がより深く知りたいと思ったのは、自分自身が幼少期に(他言語使用者同士ではあるが)言葉を使ったコミュニケーションに躓いた経験があり、言語を介さず他者とコミュニケーションを取る方法を模索した結果、(人にメッセージを伝える方法として)音楽を選択し、その道に進んだ経験があったことも少なからず影響しているかもしれない。

 その後、(メタ)語用論と出会ったことで、研究者の道に入り、人と人がコミュニケーションを取る行為についてこれまで自分が想定してきたものとは別の角度から考えることとなった。

 研究者として、こういった症状を持つ人のコミュニケーションに対峙するにあたり、私がまず考えざるを得なかったのは「社会的コミュニケーションとは何か」、「コミュニケーションの問題はどこに(どこで)生じるのか」、「(誰にとっての)コミュニケーションの問題なのか」という点であった。一朝一夕には答えが出ないこれらの問題を目の前にして出会ったのが、北米の研究者たちによって生み出された、記号論に依拠した言語人類学という分野である。

 詳しくは本書に述べていくが、言語人類学からのアプローチの特徴は、<コンテクスト>により焦点を当て、<いま・ここ>でなされる偶発的な出来事とそれを取り巻くミクロなコンテクスト、さらにそれを介して生成するマクロな歴史・社会文化的なコンテクストが相互作用しながら変容する過程を捉える点にある。そのような特徴ゆえに、人と人とのインタラクションの記述のみならず、フィールドワークやそのコミュニティの歴史など、社会文化的背景を調査することも肝要である。近年、盛んに言われている「多文化共生」など、異なる文化を持つ者同士のコミュニケーションの解釈の枠組みを知るうえでも示唆を与えるアプローチとして評価されつつある。

 筆者は、シカゴ大学を拠点として活躍したマイケル・シルヴァステインに師事した小山 亘氏(立教大学異文化コミュニケーション学部教授)のもとでその手法や理論を学び、10年以上にわたり、自閉スペクトラム症を持つ人々のコミュニケーション研究に従事してきた。その経緯を含め、詳述したのが、本書のもととなった立教大学異文化コミュニケーション研究科の博士学位取得論文である。そしてこのたび、日本学術振興会 科学研究費助成事業 研究成果公開促進費(学術図書)の助成を得て、株式会社風響社のご尽力もあり、それを発展させた本書が出版される運びとなった。

 学術的分野として一般的に周知されているとは言い難いその学の視座から執筆した本書が、これまでの自閉スペクトラム症とコミュニケーションについて論じた論考と最も大きく異なるのは、自閉スペクトラム症を持つ本人、調査者、医療従事者、といったそれぞれの視点(まなざし)、いずれか一つのみから自閉スペクトラム症を持つ人のコミュニケーションを評価したものではなく、彼らを取り巻く社会文化的なコンテクストをも含む、それぞれのまなざし全てから当該コミュニケーションのさまざまな局面を捉えようと試みた点である。その結果、それぞれの視点の間で起こる解釈の相違(ずれ)をコミュニケーションの問題の要素の一つとして捉え、検討を行うことができたことを強調したい。

 加えて、自閉スペクトラム症を持つ人の中でも、本書では調査対象を「成人」に設定した点も、これまでの論考とは一線を画すかもしれない。2005年に発達障害者支援法が施行され、また特別支援教育の拡充が図られる等、昨今日本において自閉スペクトラム症を含む発達障害を持つ幼児・児童に対しては、特に教育面において多岐に亘る支援が提供されるようになった。しかしながら20年ほど前に学齢期であった、現在成人となっている自閉スペクトラム症の当事者はそういった支援を得ることが極めて困難、かつ、診断を下すことのできる精神科医も少なかった時代を生きてきた人々である。そのような人々に目を向ける必要性も、私は調査を進める中で強く感じてきた。

 このような背景によって書かれた本書であるが、本文は大別して2つの部分から構成されている。前半では、自閉スペクトラム症という症状に関する学術的先行研究や彼らを取り巻く社会環境といったことについて文献研究を中心に論述する。後半では、自閉スペクトラム症を持つ成人のインタビューデータと彼らの参与する日常会話データを用いた談話分析を行う。

 以上をとおし、自閉スペクトラム症の診断を受けた成人がコミュニケーションに対して前提的・意識的に抱いている「まなざし」と、そのコミュニケーションの対話者及び、彼らを取り巻く社会が自閉スペクトラム症を持つ成人に対して抱いている「まなざし」との間のずれの様相を明らかにし、そして日常会話が進行していく中での各参与者の「まなざし」の変化のプロセスを可能な限り精緻に記述している。

 2024年度からは、合理的配慮(障害者から何らかの助けを求める意思の表明があった場合、過度な負担になり過ぎない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要な便宜)が公的機関のみならず、民間でも義務化されている。我々からするとこのことは一見、障害を持つ全ての人々にとって朗報のように聞こえる。しかしながら、上述してきたように極めて曖昧な言葉で定義され、文字通り症状が「スペクトラム=連続体」であることから、彼らに対する配慮について、自閉スペクトラム症を持つ当事者側からは、「日本語は通じるのにコミュニケーションがとりにくいことを理解してもらうことが難しい」、「そもそも(自分が)何ができないのか、また何を配慮してもらいたいのかわからない」といった話もよく聞く。

 また配慮の提供側からは「コミュニケーションでうまくいかなかった経験は誰にでもある」、「本人の努力・忍耐不足ではないか」、「同じ自閉スペクトラム症と言っても個々人の特性がさまざまで、対応が追い付かない」といった声も耳にする。そのため、配慮の提供側と受ける側の間には、互いに理解し合うための柔軟な対応が求められる。

 しかし、ここで大切なのは、単に「配慮をする」「配慮を受ける」といった一方的な構図にとどまらないことである。そういった点を理解してもらえるよう、本書ではコミュニケーションが多種多様な人、時空間などの中で生起する相互作用の産物であること、また異なる(コミュニケーションの)枠組みを持つ主体が参与する事象であることを詳細に記述した。また、その記述をとおし、自閉スペクトラム症を持つ人々のコミュニケーションの在り様が、コミュニケーションを「まなざす」主体によってどのように変化するのか、そしてその「まなざし」がいかに多様であるか、読者の理解を促すように心を砕いたつもりである。

 そのさまざまな「まなざし」の存在可能性について思いを馳せながら本書を読み進めていただき、それらの「まなざし」に対する理解が深まることを願ってやまない。

  

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著者紹介
合﨑 京子(あいざき きょうこ)
2019年立教大学大学 異文化コミュニケーション研究科 博士課程修了。博士(異文化コミュニケーション学)。
専攻は言語人類学、自閉スペクトラム症のコミュニケーション研究。
現在、麗澤大学国際学部准教授、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター特任研究員。
白井市障害者計画等策定副委員長。

論文として、「会話における反復と対話者との相互理解 ―詩的機能とメタ語用の観点から―」
(『社会言語科学』25巻第2号、2023年: 第23回 徳川宗賢賞(萌芽賞)受賞)、
分担執筆として、“Understanding the impact of restricted interests on the social interactions of adults with Autism Spectrum Disorder: A Conversation Analytic focus on interactional orders” (In Multimodal Approaches to Healthcare Communication Research: Visualising Interactions for Resilient healthcare in the UK and Japan(Bloomsbury、2023年、共著))など。

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