目次
序論
一 調査地の概要
二 チュークの民族誌的研究
三 文化と形象認識
四 方法と内容の概要
●第一部 歴史伝承と世界観
第一章 四隅と中心の世界観
一 ミクロネシアの双分観
二 神話と方位観
三 双分観と儀礼的食物交換
四 双分的世界観と「箱」の形象認識
第二章 神話と歴史伝承
一 神話的首長の姉妹
二 神話的首長の確執
三 氏族伝承と母系氏族の形成過程
四 天孫降臨系と土着系
第三章 箱の中の母系出自
一 母系出自をめぐる諸問題
二 四角形の家族と親族
三 出産と氏族伝承
四 病気治療の「魚」
五 生命の原点としての女祖の腹
●第二部 中心の石
第四章 生命の道
一 食物の道
二 航海長の道
三 プープ││航海長の魚
四 オロフェス
五 サプヌピの子守唄
六 石と生命の水
七 生命力の象徴としての石
第五章 首長の道
一 問題の提起
二 首長制に関する従来の見解
三 聖なる首長
四 イタンの儀礼過程
五 考察
第六章 中心の石と境界の石
一 聖なる石
二 神話の中の石
三 境界の石││マニティウ村の事例
四 中心の石と半分/半分の論理
五 中心の石の意味
●第三部 生活世界のコスモロジー
第七章 箱としての生活世界
一 はじめに
二 形象の原点
三 箱の形象認識
四 箱の中の人生
五 時間の形象認識
六 内側の心と生命
七 唯心論的思考
第八章 生活財の造形
一 造形の中心と両端
二 両端の顔
三 ウーノンのシンメトリカルな造形
四 両端から支える力
五 考察
●第四部 身体と中心の隠喩的組織化
第九章 身体と石のシンボリズム
一 石の文化的認識
二 人間性の石
三 思考の石と感情の石
四 人間関係の石
五 考察
第一〇章 対面と形象
一 はじめに
二 隠喩的思考
三 身体の民俗概念
四 対面の論理
五 対面関係と結集
六 対面関係と形象認識
第一一章 中心の女性性
一 二つの中心
二 共有と紛争
三 紛争と女性
四 調停の過程
五 女性をめぐる争い
六 腹と女陰の中心性
七 中心の女性性の意味
●第五部 身体と生命の形象認識
第一二章 終章
一 はじめに
二 中心と境界の形象認識
三 身体と経験の隠喩的組織化
四 生態的環境と生命の形象認識
五 おわりに
あとがき
参考文献
チューク語解説
資料
図表・写真一覧
索引
内容説明
チューク(旧トラック)環礁に伝承されてきた伝統的知識体系=イタン。それは、身体の隠喩としての「箱」、生命の隠喩としての「石」等、形象認識に基づく世界観をなす。本書は、消滅しつつある知的遺産の詳細な記録・分析である。
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はじめに 河合利光
本書は、ミクロネシア連邦のほぼ中央部に位置するチューク(旧トラック)州の、「イタン」と呼ばれる伝統的知識(それを所有する最高位の地位の称号でもある)を中心とする民族誌的研究である。「イタン」はこの地域に伝承されてきた貴重な財産とみなされる極秘の知識体系であり、これまで部外者には調査が困難であった。一世紀以上、多くの研究者がこの地域の調査を試みたが、記録は断片的で極めて少なかった。筆者は幸い、イタン生存者に長年にわたるインタビューを行い、その詳細を明らかにすることができた。
チュークには、チューク自身の生活世界の説明体系がある。かれらの生活哲学は、身体の隠喩としての「箱」や、生命・心・知識等の隠喩としての「石」とか「腹」の認識に基づく。イタンの語りに特徴的なのは、生活世界の全てを「形象」、すなわち形やモノの隠喩的表現を通して語ることである。その基礎には生命を入れる容器と見る身体観があり、それは中心と四隅を持つ四角形とか、中心と八つの角を持つ「箱」の形として隠喩的に組織化される。本書の最大の目的は、そのモノとしての形象認識に基づく固有の世界を記述・分析するという、民族誌作成の試みである。
序論でも改めて説明するが、本書の全体の構成と筆者の見解にかかわる部分の内容を要約すれば、次のようになる。まず、第一部では、イタンによって語られたチュークの神話や歴史伝承をまとめ、その世界観が記述・分析される。従来のミクロネシア人類学では、四方位の世界観や世界を両側に分ける双分的世界観の存在は知られていた。しかし、イタンの伝承から明らかになったのは、そのような世界観が、身体の隠喩としての「箱」の形のバランス構造と、その形の全体を統合する中心点(中心と腹は同じ言葉である)の力の動態的認識に由来する現象だということである。中心の神と四方・八方の神々の配置、他界の位置、母系集団の起源伝承と社会構成等は、その「箱」の形の認識を前提として理解されることが示される。
第二部「中心の石」では、イタンの水と石に関する伝承、集会所での儀礼の方法、地域の中心と境界に置かれる石の霊的意味などの分析を通して、石が生命力を入れる容器であり内側の平和を維持する形としての「箱」のバランス構造の中心点を意味し、首長の政治的統合力の隠喩であることが示される。また、石は生命力の入る容器である箱を凝縮した形、つまり円形ないし球形とされるから、生命・思考・情動等の認識的媒体ともなる。
第三部と第四部では、より理論的な観点から、カヌー、家屋、儀礼用容器、料理小屋のような生活財の造形や、時間・空間認識、人間関係、集団構成、紛争の調停のような生活の諸相が以上のような「箱」の形象認識の視点から分析され、さらに、その形を支える中心と四方・八方との力のバランス構造が身体の隠喩であることが明らかにされる。その中心点(及び「中心」と互換的関係にある「境界」を含む)は生命力の原点であるゆえに、石、水、腹、女陰、食物のような可視的イメージで表象されることもある。 さらに、その形象イメージとバランス構造は、対面関係や社会関係を認識するための、基本的な形象認識的枠組みでもある。
結論として本書で強調されるのは、バランス感覚、生命観、対面と抱擁、生態的環境のような身体観や日常経験の隠喩的組織化(物質化)と形象認識を含む、現地の人々のバイオロジカルな普遍性に基づく主観を組み込んだ生活世界の全体的記述の必要性である。
本書の主要なデータは、一九九七年に他界した最後の偉大なイタン、キントキ・ヨゼフ首長から得られた。そのため、本書は、研究書ないし比較資料として有用であるだけでなく、チュークの人々の貴重な知的・精神的遺産の一つとなることを願って書かれた。
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著者紹介
河合 利光(かわい としみつ)
1948年、愛知県生まれ。
1980年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。社会人類学専攻。
現在:園田学園女子大学国際文化学部教授。博士(社会人類学)。
主な著訳書:『生活文化論──文化人類学の視点から』(編著、建帛社、1995年)、メChieftainships in Southern Oceania: Continuity and Changeモ(編著、日本オセアニア交流協会、1998年)、『比較食文化論──文化人類学の視点から』(編著、建帛社、2000年)、『親族集団と社会構造』(R. M. キージング著、共訳、未来社、1982年)など。