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四川のチャン族

[シ文]川大地震をのりこえて〔1950-2009〕

四川のチャン族

中国少数民族の暮らしと文化を図説、初の写真大百科。衣食住から文化や産業を網羅。貴重な民族文化を残す、日中の協同作業。

著者 李 紹明 編著
松岡 正子 編著
ジャンル 人類学
書誌・資料・写真
出版年月日 2010/03/24
ISBN 9784894891432
判型・ページ数 B5・416ページ
定価 本体4,800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序文(李紹明)
地図

序 章 チャン族概説
 カラー口絵

第1章 1950-60年代の羌族社会

 概説
 1 村の環境
 2 民居・[石周]楼
 3 交通運輸
 4 文物
 5 服飾
 6 飲食
 7 生業
 8 学校教育
 9 文化生活・民俗
 10 政治生活
 11 威州の発展

第2章 暮らしの姿

 概説
 1 村の景観
 2 生業
 3 民居と[石周]楼
 4 飲食
 5 服飾
 6 家族

第3章 暮らしの心

 概説
 1 信仰
 2 年中行事
 3 婚礼と生育
 4 葬礼

第4章 5・12[シ文]川大地震:復興と展望

 概説
 1 [シ文]川県
 2 理県
 3 茂県
 4 北川羌族自治県
 5 平武県

終 章 チャン族の未来

付 録 

 羌族歴史年表
 羌族地区の考古概略
 人口グラフ
 参考文献
 収録写真一覧

写真コラム〈1930年代の羌族社会〉
後記(松岡正子・袁暁文)

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内容説明

中国少数民族の暮らしと文化を図説、初の写真大百科。2008年の大震災で崩壊した羌族の生活基盤。衣食住から石[石周]や信仰、教育や産業に至るまで網羅。貴重な民族文化を未来に残す、日中の研究者の協同作業。ダブルトーン印刷・カラー口絵付き。


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序 文
李 紹明


『四川のチャン族-5.12[シ文]川大地震をのりこえて(1950~2009)』は、写真と解説が豊富に盛り込まれた文化人類学の著作である。


周知のように、今日のチャン族は、多民族国家中国という大家族のなかの一員である。総人口は32万人で、主に四川省西北部の阿[土覇]蔵族羌族自治州の[シ文]川県、理県、茂県、綿陽市の北川羌族自治県に居住し、隣接する松潘県、平武県、黒水県にも少数が分布する。チャン族は、人口は少ないが、悠久の歴史と華やかな文化をもつ。古羌人の歴史は、夏、商、周の三王朝に遡り、4000年以上を経ており、古華夏人の重要な部分を構成した。現在のチャン族は、古羌人の後裔の一つであると同時に、チベット・ビルマ語群の民族諸集団と体質や文化的要素において密接な関連をもつ。そのため、チャン族研究は、国内外の学術界から熱く注目されている。


2008年5月12日に発生した[シ文]川大地震は、1950年代以来、最強の破壊性と最大の波及面積を有し、救災が最も困難な地震であった。地震による破壊は甚大で、四川省では21の市と州、140の県、市、区がそれぞれ被害を受けた。8万人を超える人々が亡くなり、1千万人以上が家屋をなくした。被災地では生態環境やインフラが甚大な被害を受けただけではなく、文化伝承においても重大な脅威にさらされた。特に深刻なのは、今回の地震の震央が[シ文]川県の映秀鎮であったために、チャン族が集居する[シ文]川、北川、理県、茂県、松潘、平武などの各県がみな大きな被害を受けたことである。死者は総人口32万人の10%にあたる約3万人に達した。これは悠久の歴史と輝かしい文化をもちながら人口は多くないという民族集団にとって、疑いもなく深刻な打撃であった。


5.12[シ文]川大地震に対して、中国人民と中国政府はすぐに大きな関心をよせた。中国の各民族、各界人士はすぐさま行動を起こし、組織的な救済活動に入った。同様に、救済活動は世界各国の人々や政府の大きな関心と支持を受けた。この1年間に、被災地における救済と復興、再建は段階をふんで進められており、目にみえる成果をあげている。中国政府は、3年で被災地の復興と再建の任務を完遂すると決定している。これは、3年後に被災地の基本的な生活条件や経済と文化の発展水準が被災前の水準に達する、あるいはそれを越えるということである。


チャン族は、今回の地震で大きな被害を受けた民族であり、国内外の各界人士は、チャン族に強い関心をよせている。なかでも民族とその文化を研究対象とする人類学界や民族学界の学者は、再興と再建に熱心に取り組んでいる。それはまさに彼ら自身の分野だからである。チャン族およびチャン族地区の今後の経済と文化の復興と再建に役にたつために、彼らはみな自分自身の仕事においてそれぞれの研究と課題を結びつけ、なすべき努力をしている。本書の編集と出版は、まさに中日両国の人類学、民族学界の学者が従事すべき仕事の一つである。


四川省民族研究所の研究者と日本の愛知大学の松岡正子教授は、ともに長年にわたってチャン族研究を行い、多くの著作を世に問うてきた。5.12[シ文]川大地震以後、両者は、人類学と民族学の視点から一書を編集することで、チャン族の地震前と地震後の姿を映し出し、現在のチャン族地区の復興と再建および今後の研究に役立たせなくてはならないと強く感じた。この共通認識のもとに、昨年の7月以来、双方が何度も協議を重ね、この書を編纂することに合意した。そして1年余りの努力を経て、本書は日本語と中国語、英語の3ヶ国語対照で編集され、世にだされることとなった。


本書は、序文と結語のほか4つの章からなる。民族誌の記述方法をとり、写真と文字を結合させるという形式によって、歴史的視点から、できる限りチャン族の一民族としての様々な側面とその変化を描きだし、現在と今後にわたるチャン族研究のためのひとつの参考になるよう試みた。特に、本書には貴重な歴史的写真が選ばれており、社会のより多くの人々にチャン族社会の変革と発展の生き生きとした軌跡を提示しようとしている。本書がこの目的を達成しているかどうかは、多くの読者のご批判を待ちたい。当然ながら、本書にはなお多くの不足があると思われるが、ご叱正いただければ幸いである。


後記


本書は、中華人民共和国成立後の60年間のチャン族を、約600枚の記録写真と日・中・英の3ヶ国語の解説によって記した民族誌である。


本書を企画した大きな理由は、2008年5月12日午後2時28分に発生した[シ文]川大地震にある。この地震で四川のチャン族地区では、多くの家屋が全半壊し、総人口のほぼ10%にあたる約3万人が亡くなった。特に、学校の倒壊などで多くの子供達が犠牲になったことは、中国社会に深刻な問題を提起した。


しかし同時に、被災地では、3年間で復興を完成させるという中国政府の強力な指導のもと、道路や橋、学校や病院、家屋などが次々に復旧再建され、人々の生活は着実に改善されている。また羌文化保護のために羌族文化生態保護試験区が設置され、民族文化の再建が観光による産業振興策の一環として進められている。例えば、北川羌族自治県では、壊滅した旧県城が地震遺跡として保存されることになり、新県城とを結ぶ沿線が「黒色旅遊」の観光ルートに創りかえられている。沿線の村々では、瓦屋根と煉瓦造りであった家屋が、岷江流域の伝統的なチャン族の家屋をモデルに、羌文化のシンボルである白石を飾った石造り風に建替えられて、羌寨風の外観に一新されている。


筆者は、民族の文化資源が破壊から再建にむかう過程で、新たな「伝統文化」が創出されていくのを目の当たりにして、復興の進展を実感するともに、ある種の違和感を覚えた。では、今回、外国人の研究者として何ができるのか、恩師である李紹明先生や四川民族研究所の袁暁文所長らと相談して出した答えが、記録写真によって民族の「記憶」を伝えるという、本書の刊行である。


記録写真は、記憶や事実を伝えるための有効な手段であり、撮影者の意図を超えて、読者に多くのことを語りかける。本書に収録された写真は、複数の研究者が異なる時に異なる場所で撮影したものである。そこには、撮影者が何を写し、何を写さなかったのかというそれぞれの視点が反映されている。


本書は、序文、序章と4つの章、終章のほか、冒頭のカラー写真と荘学本先生撮影の1930年代の写真、および付録から構成されている。このうち序文は李紹明、序章は耿静、終章は李錦が担当した。第1~4章の写真及び概説・解説は以下のようである。


第1章は、1950~60年代の記録写真である。中国科学院民族研究所の四川少数民族社会歴史調査組が、1956年から四川の民族地区において民族識別のための調査を行った時に撮影された。解説は、四川調査組の一員であった李紹明先生の口述を耿静がまとめた。当時の羌区は、茂[シ文]羌族自治県が成立し、人民公社が始まったばかりの変革期であった。全国規模の少数民族社会歴史調査は、16の調査組によって各省の民族地区で実施され、収集された膨大な資料は、後に『中国少数民族社会歴史調査資料叢刊』として刊行された。本章の写真は、その時の原資料であるが、一つの民族に関する当時の写真がこれほどまとまって出版されるのは初めてではないかと思う。極めて貴重である。


第2章は、1980年代以降の暮らしの記録である。写真は、1980~90年代のものは筆者が、2000年代以降は余耀明、李星星、耿静の撮影による。概説と解説は筆者による。筆者は、1988年から1年間、四川大学に留学して李紹明先生の指導を受け、その後20年余り多くの羌寨をまわって、現地の人々から多くの助けをいただいた。本書にたびたび登場する理県蒲渓と茂県赤不蘇は、伝統的なチャン族の暮らしが比較的残る地域とされており、筆者が定点調査を行ってきた村である。


第3章は、1980年代以降の非物質文化に関する記録である。写真は、1980~90年代は松岡、2000年代は余耀明、李星星、耿静による。概説は筆者が記し、解説は、筆者が信仰と年中行事の羌年・春節・■爾及び葬式を、耿静が年中行事の瓦爾俄足及び婚礼と生育を担当した。非物質文化は、1990年代前半の筆者の記憶では、羌文化のシンボルとされる白石は一部の地域あるいは一部の家屋にしかみられず、許比(チャン族のシャーマン)は高齢化が深刻であった。また文革時の中断の影響を受けて、春節以外の年中行事はあまり行われておらず、本章に収めた羌年(1993)や祭山会(1994)は数十年ぶりに再演されたものである。しかし近年、非物質文化の保護は大変重視されており、チャン族の瓦爾俄足や羌笛、羌年も国家級非物質文化に登録されている。


第4章は、震災後の記録である。写真は、2008.7は袁暁文、2008.9は松岡、2009.4、2009.11は耿静が撮影し、概説・解説は耿静が担当した。被災地が迅速に復旧され、新しい羌寨や[石周]楼が建設されて新たな地域づくりが進むなか、人々が比較的安定した日常生活に戻りつつある様子が窺われる。


本書の3ヶ国語の翻訳は、日本語は松岡、中国語は耿静が文責を負い、英語は姜源・馮梅およびケネス・ロビンソンが担当した。


本書の刊行にあたっては、日本の愛知大学より2009年度愛知大学研究助成の交付をいただいた。心より感謝申し上げる。また風響社の石井雅氏には企画、編集等に多大なご支援をいただいた。


2009年8月、李紹明先生が急逝された。李紹明先生は、中国民族学の第一世代の研究者であり、西南民族研究を代表する巨星であった。多くの後継者を育て、筆者にとっては、20年間、最も尊敬してきた師である。5.12[シ文]川地震発生後は、チャン族と羌文化の復興に奔走され、本書については構成、写真選び、解説などすべてに目を通していただいていたが、完成を見届けていただくことができなかった。弟子として慙愧に耐えない。心からご冥福をお祈り申し上げる。
本書を、被災されたチャン族と李紹明先生にささげます。


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執筆者紹介
李 紹明
1933年中国重慶市秀山県生まれ。土家族。四川省民族研究所研究員。専攻は文化人類学。著書に『李紹明民族学選』(1995、成都出版社)、『羌族史』(共編、1985、四川民族出版社)、『羌族歴史問題』(2002、阿[土覇]州志版)等。


松岡正子
1953年日本長崎県生まれ。愛知大学教授。専攻は文化人類学。著書に『青蔵高原東部の少数民族 チャン族と四川チベット族』(2000、ゆまに書房)、「羌年と国民文化」(2007、『現代中国における思想・社会・文化』日本評論社)、『中国少数民族事典』(共編、2001、東京堂出版)等。


袁 暁文
1966年中国四川省冕寧県生まれ。チベット族。四川省民族研究所所長。専攻は文化人類学。著書に『四川民族地区基礎教育の現状と対策研究』(共編、2003、四川民族出版社)、『蔵彝走廊東部辺縁の族群の動態と発展』(主編、2006、民族出版社)等。


李 錦
1965年中国四川省成都市生まれ。漢族。四川省岷増研究所研究員。専攻は文化人類学。著書に『羌笛新曲』(2000、雲南大学出版社)、『民族文化生態と経済の協調発展』(共編、2008、民族出版社)等。


耿 静
1969年中国四川省[シ文]川県生まれ。羌族。四川省民族研究所副研究員。専攻は羌族の歴史文化研究。著書に『羌郷情』(2006)。



荘学本(1909-1984)、写真家。上海市生まれ。かつて上海『良友』画報、『中華』画報、『申報』画刊等の特約写真記者。長期にわたって西南少数民族地区で撮影活動に従事し、チャン族の生活習俗や社会状況に関する写真資料も大量に撮影し、『羌戎考察記』(上海良友図書公社)を著した。中華人民共和国成立後は、国家民族事務委員会参事や民族出版社画刊編輯室、『民族画報』社編輯部副主任等の職務を歴任。

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