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開発の社会史

東南アジアにみるジェンダー・マイノリティ・境域の動態

開発の社会史

「開発」とは一方的に「される」ものなのだろうか。リアクションや変容に着目、開発と社会との相互作用を描き出す。

著者 長津 一史
加藤 剛
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2010/03/24
ISBN 9784894891494
判型・ページ数 A5・544ページ
定価 本体6,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序 島嶼部東南アジアの開発過程
    ──周縁世界の経験とアクチュアリティの理解に向けて(長津 一史)

●第一部 開発政策のなかの周縁世界

 第一章 精神の開発──インドネシアにおける開発計画と宗教言説(永渕 康之)

 第二章 フィリピンにおける開発政策と周縁世界
      ──先住民の土地をめぐる政治過程(玉置 泰明)

 第三章 マレーシアの開発計画にみる中心と周縁
      ──新経済政策(NEP)期を中心に(鳥居 高)

●第二部 ジェンダーの定位

 第四章 開発のなかの女性と家族
      ──インドネシア・新秩序体制下の女性政策(中谷 文美)

 第五章 フィリピンの開発過程と女性労働政策
      ──「移民労働の女性化」があたえた影響(石井 正子)

 第六章 カジャン・ホスピタル産科の五〇年
      ──マレーシアの開発過程と出産の病院化(加藤 優子)

●第三部 マイノリティの実践

 第七章 森林開発のなかで立ち現れるアダット
      ──スマトラ、プタランガン社会の事例から(増田 和也)

 第八章 世界遺産の棚田村におけるグローバル時代の開発
      ──フィリピン・イフガオ先住民の植林運動と国際協力(清水 展)

 第九章 開発のメタファーとしての学校教育
      ──オラン・アスリ社会における低就学と教育格差(信田 敏宏)

●第四部 境域とアイデンティティ

 第一〇章 インドネシアの政治過程と地域アイデンティティの生成
       ──ミナンとムラユのはざまで(加藤 剛)   

 第一一章 福音とパン
       ──フィリピン、ダバオ市の「バジャウ」のキリスト教受容(青山 和佳)

 第一二章 開発と国境
       ──マレーシア境域における海サマ社会の再編とゆらぎ(長津 一史)

あとがき
索引

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内容説明

「開発」とは一方的に「される」ものなのだろうか。インドネシア・マレーシア・フィリピンなどの周縁世界に起きたリアクションや変容に着目、開発と社会との相互作用とダイナミクスを克明に描き出す。


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序論より


本書は、加藤剛を代表者、長津を共同企画者として、二〇〇二─〇四年度にかけて実施した研究プロジェクト「島嶼部東南アジアの開発過程と周縁世界──マイノリティ・境域・ジェンダー」の調査報告書をベースとし、一部の報告書原稿の書き直しと、若干の追加原稿をもとに編集したものである。


右記のプロジェクトの出発点であり、そして本書の軸になっているわたしたちの基本的な関心は、島嶼部東南アジアのインドネシア、フィリピン、マレーシアそれぞれにおける広義の社会現象としての開発と、ジェンダー(性差)、マイノリティ(少数集団)、境域(空間)の三つの位相から捉えた周縁世界とのかかわりを、一九六〇年代から現在に至るまでの約四〇年間の時間幅で検討することである。なお、三つの位相の配列が研究プロジェクトのそれと異なっているのは、本書の全体の構成を考慮したうえでの判断による。


東南アジアは、一九五〇年代までの政治的独立と経済の脱植民地化の時代を経て、一九六〇年代後半から九〇年代のはじめまで続く「開発の時代」を経験した。インドネシア、フィリピン、マレーシアでは、この時代を通じて、社会現象としての開発が政府の様々な開発機関を媒介に地理的、社会的縁辺にまで浸透した。島嶼部東南アジアは、二〇世紀末までの国家主導の開発が社会のあり方を根本から変えてきた代表的な地域のひとつといえる。


一九九〇年代初頭以降、前記の三ヵ国は、「民主化」や「グローバル化」をキーワードとする新たな時代に移行した。一九九八年五月のインドネシアにおけるスハルト政権の崩壊と、その後の民主化や地方自治の展開は、この地域の開発を基軸とする権威主義的な政治体制の幕引きを象徴する政治変化であった。こうした時代変化は、しかしながら開発の時代そのものの終焉であったとはいいがたい。第一に、三ヵ国いずれにおいても、開発はいまなお政治言説の主要な一部を構成し、開発政策は人びとの現実の生活に関与し続けているからである。また第二に、二〇世紀末までの国家主導の開発は単に経済領域のみにかかわっていたのではなく、文化、宗教、アイデンティティといった住民の心理、精神領域にも深く関与してきた。そのため、民主化、グローバル化の時代以降も従来の開発の様式は、ひな型、参照先、障壁等のいずれとしてであれ、人びとが新たな社会と文化を構築・構想していくうえで無視しえない歴史的痕跡になっているからである。


他方、これらの国ぐにでは、民主化とグローバル化の流れのなかで、国家主導ではないオルタナティヴな開発、つまりNGO(非政府組織)やPO(民衆組織)をはじめとする民間セクターが主導または媒介し、住民エンパワーメントやコミュニティ開発、社会(関係)資本支援などを志向する「草の根型」、「住民参加型」の開発が、広範囲で展開されるようにもなっている。草の根型ないし住民参加型の開発は、経済状況の改善のみに焦点をおくのではなく、住民の自立や社会正義、環境保全など、社会生活全般にかかわる包括的な目的を掲げていることから、しばしば社会開発または人間開発とも称される。ただしそうした開発のかたちは様々で、そのなかには、外部アクターの目的からみれば、純粋に非営利的、非政治的な協力を通じて住民の社会的、経済的自立や連帯を目指すものから、援助ビジネスと呼ばれるような市場との結びつきが強いもの、特定の宗教や環境思想の拡大を目指すものまでが含まれている。


本書のねらいは、このように約四〇年間にわたって続き、現在もかたちを変えて進行している島嶼部東南アジアの開発の社会史を、周縁世界の文脈のなかに定位して捉えなおし、開発と社会の相互作用のダイナミクスを為政者や国家の中心、あるいは国際的な開発援助体系の中心からではなく、できるだけ「開発される側」におかれてきた周縁世界の人びとの視点から再考することにある。

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編者・著者紹介
長津 一史
1968年札幌生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程(単位取得満期退学)・博士(京都大学・地域研究)。現職:東洋大学社会学部・准教授。専門:東南アジア研究、文化人類学。現在の研究関心:東南アジア海域世界の社会史、国境社会の地域間比較。
主な著作
・「〈正しい〉宗教の政治学 マレーシア国境海域におけるイスラームと国家」『変容する東南アジア社会 民族・宗教・文化の動態』加藤剛(編)、めこん、2004年。
・「越境移動の構図 西セレベス海におけるサマ人と国家」『海域アジア』関根政美・山本信人(編)、慶應義塾大学出版会、2004年。
・「境域の言語空間 マレーシアとインドネシアにおけるサマ人の言語使用のダイナミクス」『多言語社会インドネシア 変わりゆく国語、地方語、外国語の諸相』森山幹弘・塩原朝子(編)、めこん、2009年。

加藤 剛
1943年東京生まれ。コーネル大学大学院社会学研究科博士課程修了・Ph.D.(コーネル大学・社会学)。現職:龍谷大学社会学部・教授、京都大学・名誉教授。専門:比較社会学、東南アジア研究。現在の研究関心:東南アジアの文化と政治の動態、スマトラの村の20世紀。
主な著作
・『時間の旅、空間の旅 インドネシア未完成紀行』めこん、1996年。
・『変容する東南アジア社会 民族・宗教・文化の動態』(編著)めこん、2004年。
・『国境を越えた村おこし 日本と東南アジアをつなぐ』(編著)NTT出版、2007年。
・『ヤシガラ椀の外へ』ベネディクト・アンダーソン著(訳)NTT出版、2009年。
・『もっと知ろう!! わたしたちの隣人 ニューカマー外国人と日本社会』世界思想社(編著)2010年。

永渕 康之
1959年兵庫県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程(単位取得退学)・博士(大阪大学・人間科学)。現職:名古屋工業大学大学院工学研究科・教授。専門:文化人類学。現在の研究関心:アジアの19世紀。
主な著作
・『バリ島』講談社、1998年。
・『バリ・宗教・国家 ヒンドゥーの制度化をたどる』青土社、2007年。

玉置 泰明
1954年東京生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程(単位取得満期退学)・社会学修士(東京都立大学)。現職:静岡県立大学大学院国際関係学研究科・教授。専門:社会人類学、開発人類学。現在の研究関心:東南アジアの先住民族と開発・観光・災害・防災。
主な著作
・「都市周辺世界を生きる フィリピン、南部タガログ地域のアエタ」『先住民と都市 人類学の新しい地平』青柳清孝・

松山利夫(編)、青木書店、1999年。
・「開発人類学再考」『文化人類学のフロンティア』綾部恒雄(編)、ミネルヴァ書房、2003年。
・City, Civil Society and Minority: The Case of the Aeta and the City of Tayabas and Lucena, Quezon, Philippines. In Urbanization and Formation of Ethnicity in Southeast Asia, edited by Goda Toh. Manila: New Day Publishers, 2009.

鳥居 高
1962年愛知県生まれ。中央大学法学部卒業・法学士(中央大学)。現職:明治大学商学部・教養デザイン研究科・教授。専門:政治学、歴史学。現在の研究関心:東南アジアの社会変動と政治、経済テクノクラートと政策決定。
主な著作
・「マレーシアの中間層創出のメカニズム 国家主導による育成」『アジア中間層の生成と特質』服部民夫・船津鶴代・鳥居高(編)、アジア経済研究所、2002年。
・「マレーシア『国民戦線』体制のメカニズムと変容 半島部マレーシアを中心に」『日本の政治経済とアジア諸国・上巻・政治秩序編』村松岐夫・白石隆(編)、国際日本文化研究センター、2003年。
・『マハティール政権下のマレーシア 「イスラーム先進国」をめざした22年』(編著)アジア経済研究所、2006年。

中谷 文美
1963年山口県生まれ。オックスフォード大学大学院社会人類学博士課程修了・Ph.D.(オックスフォード大学・社会人類学)。現職:岡山大学大学院社会文化科学研究科・教授。専門:文化人類学、ジェンダー論。現在の研究関心:東南アジア都市部中間層女性の主婦役割、オランダのワークライフバランス。
主な著作
・『「女の仕事」のエスノグラフィー バリ島の布・儀礼・ジェンダー』世界思想社、2003年。
・『ジェンダーで学ぶ文化人類学』(共編著)世界思想社、2005年。
・「『わたしの布は誰のもの?』インドネシア伝統染織の〈ファッション化〉をめぐって」『社会人類学年報』23, 2007年。

石井 正子
1968年静岡県生まれ。上智大学外国語学研究科博士後期課程修了・博士(上智大学・国際関係論)。現職:大阪大学グローバルコラボレーションセンター・特任准教授。専門:フィリピン研究、社会学。現在の研究関心:フィリピン南部の紛争動向、中東湾岸諸国への海外出稼ぎ労働者。
主な著作
・『女性が語るフィリピンのムスリム社会 紛争・開発・社会的変容』明石書店、2002年。
・「女性の紛争経験へのアプローチ フィリピン南部を事例として」『私たちの平和をつくる 環境・開発・人権・ジェンダー』高柳彰夫/ロニー・アレキサンダー(編)、法律文化社、2004年。
・「中東へ出稼ぎに行くフィリピンのムスリム女性 変わる『性』規範と移動する女性」『イスラームの性と文化』加藤博(編)、東京大学出版会、2005年。

加藤 優子
1975年広島県生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程(単位取得満期退学)・地域研究修士(京都大学)。現職:社団法人日本看護協会事業開発部・職員。専門:東南アジア研究、社会学、看護学(助産学)。現在の研究関心:アジアの女性と開発、保健医療。
主な著作
・「カジャン・ホスピタル産科の50年 マレーシアにおける出産の病院化の過程」『アジア・アフリカ地域研究』4(2) , 2005年。
・「伝統的出産介助者から産後のマッサージ師へ マレーシアのビダン・カンポン」『アジア遊学』(勉誠出版)119, 2009年。

増田 和也 
1971年愛知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程(研究指導認定退学)・人間・環境学修士(京都大学)。現職:京都大学生存基盤科学研究ユニット・研究員、京都大学東南アジア研究所・特任研究員。専門:文化人類学、環境人類学。現在の研究関心:東南アジアの森林をめぐる外部者と地域の動態。
主な著作
・「繰り返される焼畑、一度きりの焼畑 スマトラ・プタランガン社会における焼畑の記憶と時間の定位」『ビオストーリー』7, 2007年。
・「開発と『村の仕事』 スマトラ、プタランガン社会におけるアブラヤシ栽培をめぐって」『東南アジア・南アジア 開発の人類学』信田敏宏・真崎克彦(編)、明石書店、2009年。
・「インドネシアにおける環境造林と地域社会 CDM造林をめぐって」『熱帯アジアの人びとと森林管理制度 現場からのガバナンス論』市川昌広・生方史数・内藤大輔(編)、人文書院、2010年。

清水 展
1951年横須賀生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程(単位取得満期退学)・社会学博士(東京大学)。現職:京都大学東南アジア研究所・教授。専門:文化人類学、東南アジア研究。現在の研究関心:大衆文化と政治意識・運動、東アジアにおける米軍基地のハード&ソフト・パワー。
主な著作
・『出来事の民族誌 フィリピン・ネグリート社会の変化と持続』九州大学出版会、1990年。
・The Orphans of Pinatubo: Ayta Struggle for Existence. Manila: Solidaridad Publishing House, 2001.
・『噴火のこだま ピナトゥボ・アエタの被災と新生をめぐる文化・開発・NGO』九州大学出版会、2003年。

信田 敏宏
1968年東京生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程(単位取得満期退学)・博士(東京都立大学・社会人類学)。現職:国立民族学博物館研究戦略センター・准教授。専門:社会人類学、東南アジア研究。現在の研究関心:コミュニティの変容、先住民運動、開発と環境。
主な著作
・『周縁を生きる人びと オラン・アスリの開発とイスラーム化』京都大学学術出版会、2004年。
・『東南アジア・南アジア 開発の人類学』(共編著)明石書店、2009年。
・Living on the Periphery: Development and Islamization among the Orang Asli in Malaysia. Subang Jaya: Center for Orang Asli Concerns, 2009.

青山 和佳
1968年札幌生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了・博士(東京大学・経済学)。現職:北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院・准教授。専門:フィリピン研究、文化人類学。現在の研究関心:フィリピン・ダバオ市の政治社会誌(宣教団体、NGO、協同組合)。
主な著作
・『貧困の民族誌 フィリピン・ダバオ市のサマの生活』東京大学出版会、2006年。
・「貧しきマイノリティの発見 アイデンティティを資源化する」『資源を見る眼 現場からの分配論』佐藤仁(編)、東信堂、2008年。
・「他者の生き方を書く 貧困研究と人類学」『貧困問題とは何であるか 「開発学」への新しい道』下村恭民・小林誉明(編)、勁草書房、2009年。

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