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韓国社会の歴史人類学

韓国社会の歴史人類学

文献調査に基づく歴史・制度論的研究、実態調査に基づく現在学的構造研究双方で、長年、著者の積み重ねてきた相互横断的研究の成果。

著者 嶋 陸奥彦
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2010/03/10
ISBN 9784894891555
判型・ページ数 A5・300ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき

序章 歴史人類学から見た韓国の親族結合
 一 親族結合システムの歴史的変化
 二 祖先祭祀と親族の組織化
 三 本書各章の出典


      ●第一部 族譜分析

第一章 族譜と門中組織──朝鮮社会史における親族組織研究ノート
 一 はじめに
 二 族譜
 三 事例──栄州徐氏の場合
 四 おわりに

第二章 氏族制度と門中組織  
 一 族譜と門中組織──理念的モデルへの疑問
 二 事例の検討
 三 おわりに

第三章 族譜のコンピュータ分析
 一 はじめに
 二 情報源としての族譜
 三 資料と手順

第四章 族譜のコンストラクション
 一 系譜──記憶と行為のかたち
 二 出自規定と行為規範
 三 相互認知のネットワーク
 四 栄州徐氏J公派における祖先の回復
 五 系譜の認知と実践

      ●第二部 戸籍分析

第五章 系譜の復元
 一 はじめに
 二 系譜の再構築
 三 おわりに

第六章 家族/世帯構造の持続と変化──一七世紀末から一九世紀中期まで
 一 はじめに
 二 世帯構成の変化
 三 戸首の継承
 四 妻および母としての女性の構造的位置
 五 変化、持続、ならびに儒教の影響の評価

第七章 家族関係からみた奴婢の姿
       ──一七世紀末~一八世紀前半の大丘戸籍の事例
 一 奴婢身分決定に関する法制的状況
 二 祖岩坊・月背坊地域の奴婢の概況
 三 丹陽禹氏宗孫系統の奴婢の存在形態
 四 おわりに

      ●第三部 総合的考察

第八章 韓国の地域社会の長期的展開──「門中の時代」再考
 一 集落と行政単位のレベルでみた地域社会の展開──朝鮮時代後期~一九七○年代
 二 父系親族集団のレベルで見た地域社会の展開
 三 戸のレベルにおける持続性と流動性──朝鮮時代
 四 韓国社会および韓国社会研究における門中の位置づけ
 五 残された課題──移動する人々

第九章 族譜──刊行する行為という視点から
 一 はじめに
 二 主な族譜収蔵機関とそのコレクションの特徴
 三 ユタ系図協会収蔵資料の概要
 四 ユタ系図協会収蔵資料の分析
 五 安東権氏族譜の分析
 六 小括

一〇章 家族・親族慣行にみる伝統の相互交渉
      ──フィールドワークと文書のあいだ
 一 はじめに
 二 青山洞の記憶
 三 名前から推定される親族世界の様相
 四 文書の性格──戸籍と族譜の比較を通して
 五 クンチプ(無文字的組織)から宗家(文字的組織)へ
 六 おわりに

第一一章 都市化の中の親族集団──大邱市の事例検討
 一 はじめに
 二 市街地に取り込まれる農村
 三 都市化と門中──事例の検討
 四 おわりに

あとがき
引用文献
索引

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内容説明

父系親族社会とされる韓国。文献調査に基づく歴史・制度論的研究、実態調査に基づく現在学的構造研究双方において、長年、著者の積み重ねてきた相互横断的研究の成果。族譜・戸籍分析から韓国における親族の姿を描いた大著。


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あとがき


筆者の韓国研究の出発点は、一九七○年代中期の農村におけるコミュニティ・スタディ(全羅南道羅州郡青山洞、一九七四年八月~七五年八月の本調査と、七六年および七八年の補充調査併せて二ヶ月)だった。この調査は、一方でレッドフィールド流の農民社会研究を頭の片隅に置きながらも、基本的には機能構造主義を土台とした参与観察の手法で行ったもので、その時には歴史への関心はほとんど持っていなかった。


一九八○年と八一年(それぞれ七月から九月まで、併せて五ヶ月)に慶尚北道星州郡の農村で行った二度目のコミュニティ・スタディでは、全羅道との地域的比較を意図していたのだが、そのときに一つの門中の族譜(大同譜)をじっくりと見せていただく機会があった。それはこちらから求めたことではなかったのだが、その族譜を見ているときに、調査地の村を越えて広がる氏族の系譜関係の意味を探ることが重要だと突然思い当たった。そこで、その氏族の一つの派についての広域的調査を試みることにした(一九八二年一二月~翌年一月)。しかしこの調査の視野も歴史的なものではなく、その時点で同じ系譜に繋がる人々が各地でどのような門中組織を形成しており、それらの間にどのような繋がりが存在しているのかを明らかにするという現在学的な関心に限られていた。


一つの村を越えた広域的な調査ということ自体が新しい試みであり、この研究から中国の宗族制度とは異なる韓国の氏族制度の構造的特徴を浮き彫りに出来るのではないかという期待があった。ところがその調査の過程で、同じ氏族の族譜の編纂年代の異なるものを手に入れることになった。これは予想外の出来事だったが、それらの諸版(一九世紀中期~二○世紀後半)を見比べていて、その内容に相当の違いがあることに気づいたことが歴史的研究に向かう転機となった。


族譜の諸版の記録のごく一部と広域的調査の結果とを突き合わせて最初の分析を試みたのが本書第一部第一章の論文である。その内容を一九八三年九月末に全羅北道内蔵山で開催されたConference on Korean Society: A Historical and Anthropological Reviewというワークショップで報告したのだが、その会議を主導されたE・ワグナー教授(ハーバード大学)や宋俊浩教授(全北大学校)らとの討論を通じて、筆者の試みが歴史学者たちのそれとは大分違う方向を目指しているということを理解した。それをきっかけとして族譜分析作業に本格的に取りかかったのが同年の秋だった。それは社会科学一般の中で構築主義という考え方が広まりかけていた時期、人類学においてはE. Hobsbawm & T. Ranger (eds.), Invention of Tradition (1983)の刊行によって伝統の歴史性に注目が集まるようになった時期、そして東アジアでは特に中国研究において歴史学と人類学の接近が成果を上げ始めていた時期とほぼ重なっていた。筆者の族譜分析は調査現場で史料と遭遇したことに端を発したものであったが、結果として筆者の研究はそれらの大きな流れと平行するかたちで、現在の社会制度/伝統を生み出してきた、あるいはその背後にある、歴史過程の解明に向かうことになった。


第二部の戸籍分析は、一九八六~八七年度に客員研究員としてハーバード・イェンチン研究所に滞在したおりに、ワグナー教授のセミナーで朝鮮時代の戸籍と出会ったことが出発点だった。戸籍に関しては、特に身分制度に関連する膨大な歴史学的研究があったのだが、人類学を専門とし、しかも系譜そのものに関わる族譜分析を進めていた筆者としては、戸籍記録に含まれている系譜情報に目が向いたのは当然のことだった。サンプルとして選んだ星州李氏という同姓同本の人々(男性)を戸首とする戸について、系譜復元という方法を用いると戸相互の関係が解明できることを確かめたのだが(本書第二部第五章)、その系譜の上に各戸の家族構成を付加してみた時に受けたショックは今でも忘れられない。七○年代に韓国の伝統的家族制度と言われていたものが目の前で瓦解してゆくのを見る思いだった。


作業を進めるうちに、戸籍という同時代記録の分析と、族譜という後代に作成される記録の分析とは相互補完的な関係にあることを次第に理解するようになってきたが、さらに一九九六年以降は戸籍分析の対象となった地域でフィールドワークを行うことによって、歴史と現在を繋ぎあわせる検討をすることになった。この段階にいたって、フィールドワークは戸籍や族譜と並ぶ第三の軸という位置づけを得ることになった。このような展開は、最初に韓国研究を始めた時には思いもよらなかったものだった。本書はこれらの過程で発表してきた論文のうちから中核的なものを選んで整理し、編集し直したものである。三○年近くにわたる歴史人類学的研究の結果をもって振り返るとき、最初のフィールドワークに際して十分に説明できなかった現象のなかに、今やっと理解できるようになったものが少なからずあると感じている。もう一度、最初の調査に立ち返って、その資料を読み直す時が来たのではないかと強く思う次第である。

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著者紹介
嶋 陸奥彦(しま むつひこ)
1946年岩手県黒沢尻町生まれ、1969年東京大学教養学部卒業、1979年カナダ・トロント大学よりPh.D.(Anthropology)の学位取得。
岐阜大学教養部講師、広島大学総合科学部講師・助教授・教授を経て、1996年東北大学文学部教授、2000年より東北大学大学院文学研究科教授。専攻、文化人類学。
著書に『韓国農村事情』(1985年、PHP研究所)、『韓国 道すがら』(2006年、草風館)、編著書に『変貌する韓国社会』(朝倉敏夫と共編、1998年、第一書房)、The Anthropology of Korea: East Asian Perspectives, Senri Ethnological Studies, No. 49(R. L. Janelliと共編、1998、Osaka: National Museum of Ethnology)、Status and Stratification: Cultural Forms in East and Southeast Asia (2008, Melbourne, Australia: Trans Pacific Press)、訳書に崔在錫著『韓国人の社会的性格』(1977年)、崔在錫著『韓国農村社会研究』(1979年)、金宅圭著『韓国両班同族村落の研究』(1981年)(いずれも伊藤亞人と共訳、学生社)など。

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