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黄土高原・緑を紡ぎだす人々

「緑聖」朱序弼をめぐる動きと語り

黄土高原・緑を紡ぎだす人々

砂漠化が進む高原に緑を植え続けてきた老人。そこから生まれた連帯が国際的ネットワークとなる経緯を資料化。

著者 深尾 葉子 編著
安冨 歩 編著
ジャンル 社会・経済・環境・政治
出版年月日 2010/08/24
ISBN 9784894891593
判型・ページ数 A5・352ページ
定価 本体3,600円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに 「動く姿」と「書かれた姿」の間を読み取る(深尾葉子)

黄土高原の語りの渦と朱序弼の戦略(深尾葉子)

      ●第一部 伝記

伝記解題(深尾葉子)
地球の再生はここから始まる 「緑の聖人」朱序弼実録

 前言1 朱序弼の精神を賞賛する(任国義)
 前言2 緑の使者、朱序弼同志(霍世仁)
 地球の再生はここから始まる:“緑の聖人”朱序弼の記録(陳江鵬)
 草木を愛する魂
 沙地柏との出逢い
 楡林城のミチューリン
 民弁植物園
 現代に生きる雷鋒

      ●第二部 黄土高原国際民間緑色文化ネットワーク

黄土高原国際民間緑色文化ネットワーク:成立過程と現状(深尾葉子)
黄土高原国際民間緑化ネットワーク生態整備方式概況及びその持続的発展の中に存在する問題(朱序弼口述 張楠整理)
黄土高原国際民間緑色ネットワーク設立大会へのメッセージ(深尾葉子・安冨 歩・安冨 研)
「緑の聖人」朱序弼同志に学ぶことに関する呼びかけ
臥雲山民営植物園概要
芝地の拡大には在来種の使用を(朱序弼 郭彩云 朱聿利)
黄土高原国際民間緑色文化ネットワーク2006年活動総括
緑を育む気運を高め、人々の交流の場となる
  黄土高原国際民間緑色文化シンポジウム報告(『楡林日報』2007年8月14日)
                                (薛春生)
地球の再生は楡林から:黄土高原緑色文化ネットワーク第3回総会の記録
                                (劉志厚)
パンチェン廟会会議解説
黄土高原国際民間緑色文化ネットワーク第4回中日緑色文化シンポジウム準備に関する総括報告
黄土高原国際民間緑色文化ネットワーク第4回日中緑色文化セミナー(会議要綱 2008年9月)
陝北は私のふるさと(深尾葉子)
緑の革命は陝北から(安富 歩)
清涼寺山地稀少植物園記

      ●第三部 語りの連鎖

語りの連鎖 冒頭解題(深尾葉子)
日本の学生6人が遠くから古希の植林専門家に教えを請う(薛春生)
スペイン人記者の取材をめぐる語り(深尾葉子・安冨歩)
スペイン人記者訪問記 「緑の聖人」、その影響力(薛春生)
雑誌「Revista(レビスタ)」(ラファエル・ポッシュ)
新しい理念で「美しい山河」を実現へ(『楡林日報』)(符慧傑)
楡林市委員会書記、自ら「緑の聖人」の憂いを解く
新年は新居で(『西安晩報』2006年2月6日)
周一波が描く楡林の英雄
 砂漠の英雄たちが創る新たな楡林(『人民日報海外版』)(薛春生)
『高校生のための東大授業ライブ』をめぐる報道の経緯(安冨歩)
「大学教材」をめぐる報道

「あとがき」にして「まえがき」(深尾葉子)

付録CD:黄土高原国際民間緑色文化ネットワーク第四回日中緑色文化研討会で配布された資料彙編の画像ファイル集

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内容説明

砂漠化が進む高原に半世紀にわたり緑を植え続けてきた老人。彼の周りに生まれた連帯が、やがて国際的ネットワークとなっている。本書は彼をめぐる言説を資料化し「オープンテキスト」として提出しようとする試み。CD付き。


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はじめに


「動く姿」と「書かれた姿」の間を読み取る 深尾葉子


本資料集は、黄土高原のなかでも緑化に成功した地域として知られる陝西省北部楡林で、半世紀以上ものあいだ主として砂漠緑化に貢献した「緑の使者」朱序弼をめぐる文字化された語りを収録し、解説を付したものである。


一人の人物を中心とした、さまざまな文字資料が編成されるのであるから、あたかも一人の英雄的人物を賞賛するための資料集であるかのような印象を与えるかもしれない。確かに、砂漠の猛威が押し寄せる中、生涯をかけて砂漠緑化と植物の育成や希少種の保存、外来種の導入といった研究と実践に身を投じてきた朱序弼の歩みは、人類にとって重要な示唆を持つものであり、その生涯は賞賛に値する。


しかし、本書のもくろみは、黄土高原に生きる一人の人物が、地域のコミュニケーションの中で、どのように行動を展開し、それが語りによって評価され、それが文字化されるにあたってどのように変形し、さらに文字化されたものが、再び地域の人々にどのような影響を与えるのか、その意味と語りの連鎖を読み解くことにある。そしてその一連の行為の連鎖の結果が、地域の生態回復となって表出するのである。


ここに収録する資料は、過去数十年以内、あるいはつい最近現地で発行されたり、メディアで報道されたりしたものである。いずれも、地域に生きる緑化関係者や新聞記者、作家が自主流通の文書として作成し、会議で発表したり、メディアにのせたり、出版した生の一次資料であり、その性質上、きわめて散逸しやすい形で分散して保有され、人々の手から手へ渡されていた。そのうちの一部は再度別の形で文字化される可能性もあるが、圧倒的多数は、散逸し、消滅し、歴史に残ることも考えにくい。あるいは、県誌や書物に記述される際には、現在ここで語られている内容がさらに別の形式化を経て、記録される可能性が高い。


実は、文字化されたものを収録したこの資料集も、すでに「文字化」という加工を経ているため、多くの形式化の手が加えられており、我々が「実相」である、と感じている「動き」と異なった描像を提示している。そこで、「観察者」である我々は、言説化のプロセスそのものをできるだけ簡潔に「解説」として加え、また文字化されたもののなかに明記されない、意味や解釈、そして人々が交わすメッセージの文脈を補足的に説明する。それによって、「陝北」という地域空間に現出する語りと、文字化のプロセスが、どのように接合し、デフォルメされているのか、それをできるだけ生の形で切り出すことを試みる。


ここで、断っておかなければならないのは、本資料集を編纂し、解説を加えている我々もまた、決して「客観的」な観察者ではなく、当事者として現場に 参与し、ともに行動の渦を引き起こしている「行為者」でもある、ということである。そのために、この資料集にはしばしば、編集者である我々に関する「語り」や我々自身が「語り」として発したものも登場する。


このように「観察者」が、分析し、解釈する、という立場にとどまらず、実践的に参与しつつ、物語の構成に変化を与え、そのプロセスをも含めて記述の対象とするスタイルを我々は、この調査を通じて一貫してとり続けている(深尾ほか2000、深尾・安冨2005a,b)。また、参与者である我々もしばしば記述の対象となり、評価の対象となっており、地域の語りの渦に取り込まれた存在として登場する。こうした自らが記述され、対象に影響を与え、さらに対象とのかかわりの中で変化していくことを、筆者らは「参与被観察」と呼んでいる。


例えば、本書の中で詳しく論じるが、編者自身が現地に石碑をたてるという行為も、「歴史」がつくられるプロセスそのものを観察しようといういわば「歴史生成プロセスの参与実験」的要素を含んでいる。歴史家は石碑を読むのが仕事であるが、ここでは編者自身が自分で石碑を建ててみて、それがどう読まれ、何を引き起こすかを実験しているのである。


本書もまた、同じ動的構造の中にある。朱序弼をめぐる語りの渦の一部でもある編者は、その語りの渦を記録する本書を編纂・出版することにより、新たな物語が生成されることを期待しており、これ自身がひとつの参与実験プロセスである、という特異な形式をとっている。


本書の解説や原文の多くが、日本語・中国語の両文で記載されているのは、日本語を解する読者のみを想定し、日本でこの情報を消費することを目的とするのではなく、現地の人々が日本で出版されるこの書物を通じて、新たな言説を作り上げることを想定し、予期しているためである。


第三部、「語りの連鎖」の中では、東京大学教養学部で出された『高校生講座』のテキストが、執筆者の予想をはるかに超えた語りの連鎖を中国のメディアのなかで生み出したプロセスを描いている。こうして、外部の観察者が執筆したものが、現地の活動や人々の語りに変化を与えるプロセスそのものが記述の対象としてフィードバックされること、これが我々のもくろんでいる動的プロセスとしての歴史観察、である。


「オープンテキスト」という概念は、読者の多様な解釈を経てはじめて意味が完結する、という意味で通常用いられてきた。しかし本書が求めるのは記述することが、対象に影響を与え、それがまた新たな記述を生み出す、という相互関係である。すなわち記述の対象となっている地域社会や人々が、本書を手にし、読むことによって、次なる解釈と行動が引き起こされることを想定している。そこでは本書を手にしておられる「読者」もまた、隔離された存在ではなく、一連の語りに変化を与えうる積極的な存在となりうる。そうした「語るもの」と「語られるもの」が不可分となった相互的プロセス、その動的過程を切り取った文書媒体が、我々の考える「オープンテキスト」である。

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〈編者〉
深尾 葉子(1963年生)
1985年、大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒業。1987年、大阪市立大学大学院前期博士課程東洋史専攻修了。大阪外国語大学助手、講師、准教授を経て、現在、大阪大学経済学研究科グローバル・マネジメント・コース准教授。主たる編著書:『「満州」の成立』(名古屋大学出版会、2009年、安冨歩と共編著)、『黄土高原の村─音・空間・社会』(古今書院、2000年、共著)、『現代中国の底流─痛みの中の近代化』(行路社、1990年、共編)、編訳書『蝕まれた大地─中国の環境問題』ヴァーツラフ・スミル著(行路社、1996年)ほか。

安冨 歩(1963年生)
1991年、京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。1997年、博士(経済学)。 京都大学人文科学研究所助手、ロンドン大学政治経済学校(LSE)滞在研究員、名古屋大学情報文化学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授、同大学院情報学環助教授を経て、現在、東京大学東洋文化研究所教授。主たる編著書:『「満洲」の成立』(名古屋大学出版会、2009年、深尾葉子と共編著)、『生きるための経済学』(NHKブックス2008年)、『ハラスメントは連鎖する』(光文社新書、2007年、共著)、『複雑さを生きる』(岩波書店、2006年)、『「満洲国」の金融』(創文社、1997年)、『貨幣の複雑性』(創文社、2000年)ほか。

〈訳者〉
石田 慎介(1983年生)
2002年大阪外国語大学中国語学科に入学、2005年より同大学を休学し、楡林学院に留学する。留学中の10月、朱序弼とともに北京の緑化会議に参加、通訳を務める。帰国後も数度、楡林市の農村での調査に通訳として同行、また楡林の廟会関連の資料の翻訳も多数手がける。2007年より大阪外国語大学大学院・通訳翻訳学専修コースに進学、2009年に同コースを修了し、現在は大阪市内の翻訳会社勤務。

唐 明艶(とう めいえん)
1968年中国湖南長沙生まれ。上海旅行専門学校卒業、上海華東師範大学日本語コース修了後、ホテル管理の仕事を経て、日系貿易会社に入社、翻訳通訳の仕事をしながら、中国成人高等教育自修試験漢文学修了する。1998年日本に永住。今フリーライターとして活動。「唐辛子」のペンネームで、在日中国人女性の目線で日本の現実を伝える記事・エッセイなどを、中国語新聞紙、雑誌に多数掲載。主たる著書:《辛子IN日本》(中国複旦大学出版社、2010年)

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