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植民地台湾を語るということ 1

八田與一の「物語」を読み解く

植民地台湾を語るということ

今も台湾農業の大恩人、日本精神の体現者として敬愛される技師の数奇な生涯。顕彰の経緯と背景から日台の語りを考える。追補改訂版。

著者 胎中 千鶴
ジャンル 歴史・考古・言語
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2020/10/15
ISBN 9784894898028
判型・ページ数 A5・62ページ
定価 本体700円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

一 八田與一と八田物語
1 八田物語とは
2 八田與一とは
3 八田與一の「発見者」

二 台湾で語られる八田物語
1 国定教科書
2 李登輝
3 「日本語世代」

三 日本で語られる八田物語
1 どこで語られているか
2 なぜ語られるのか
3 小林よしのり
4 物語をめぐる「日台交流」

四 物語が語りたいこと、語らないこと
1 「近代化」をめぐる語り
2 「日本人」をめぐる語り

五 更新されていく物語
1 金沢市と烏山頭
2 八田與一と「国際人」

おわりに

付記
その後の「物語」
台湾は「親しい隣人」
日本の歴史教科書と八田與一
台湾史のなかの八田與一
「歴史」と「神話」

注・参考文献
「八田物語」関連年表
あとがき

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内容説明

台湾から東アジアの近代を考える
戦後も「台湾農業の恩人」「日本精神の体現者」として敬愛される日本人技師の数奇な生涯を追い、顕彰の経緯と背景から日台双方の語りの理由を考える。「歴史認識」へのもう一つの視点。《追補改訂版!》


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 一読してわかるように、ここで執筆者が提示したトピックは、近代化の一環として建設された水利施設の概要であり、八田個人の事績ではない。また、この節では他にも総督府がおこなった調査事業や専売事業、インフラ整備や農工業の発展なども図版を用いて丁寧に説明しており、水利施設だけに焦点をあてようとしているわけでもない。

 当然のことながら、台湾の歴史教科書では一七~一九世紀の清朝統治期にも十分な紙幅を割き、一九世紀末の官僚、沈葆楨や丁日昌、劉銘伝らが進めた近代化政策について言及している。

 そのため、支配者の交替はあったとはいえ、日本統治期の近代化は清朝期のそれと連続して理解することができる。「八田物語」でよく語られるような「未開の地に初めて近代化の光をもたらした日本」という文脈は、台湾史のなかでは自然に相対化されてしまうのだ。

 そうした歴史教育の影響だろうか、経済史研究者の武長玄次郎によると、二〇一五年に台湾の大学生約三〇〇人を対象に実施した調査結果では、八田の認知度と水利事業への評価は高いものの、それを日本人や日本統治への肯定的評価に結びつけるような回答はほとんどみられなかったという[武長 二〇一八:一一─一六]。

 八田の名前は知っているし、ダム建設も評価する。しかし、それはあくまで台湾史のひとコマにすぎない、というのが、台湾の若者の一般的な認識なのではないだろうか。

「歴史」と「神話」

 このように現在の日本と台湾では、それぞれの八田物語が互いにまったく違う方向に歩みつつあるようにみえる。
台湾の八田與一は、観光資源としての存在感を持つと同時に、すでに歴史上の人物として定着している。研究蓄積を重ね、奥行きを持つようになった近年の台湾史のなかで、彼の事績は歴史上のひとつの出来事として、近代史の後景に置かれることになった。それは八田が着々と「歴史化」しつつあることを示しているといえるだろう。

 一方、日本ではどうだろうか。すでに述べたように、近年、主要な教科書に八田の記述が加わった。それは、歴史研究の成果が反映されたものというより、現在の日本の政治状況を鑑みて執筆陣が選んだひとつの素材である。
思えば、教科書の「日清戦争」の傍らに「人物コラム」として登場する八田は、映画「KANO」で忽然と姿を現した大沢たかおと、どこか似てはいないだろうか。脈絡もないのに有名俳優を舞台に立たせ、眩しい光をあてようとしたあのシーンは、見る側の遠近感を失わせるものだった。

 もし歴史の文脈を無視し、すでに自分の頭のなかにある何かを確認したり意味づけたりするために歴史上の事物を愛でるとしたら、それはすでに神話の世界だろう。


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著者紹介
胎中千鶴(たいなか ちづる)
1959年、東京都生まれ。
立教大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。
現在、目白大学外国語学部教授。
主な著書に『葬儀の植民地社会史──帝国日本と台湾の〈近代〉』(風響社 、2008年)、『あなたとともに知る台湾──近現代の歴史と社会』(清水書院、2019年)、『叱られ、愛され、大相撲!──「国技」と「興行」の一〇〇年史』(講談社、2019年)などがある。


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