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現代中国文学の女性たち

家族・仕事・性

現代中国文学の女性たち

現代文学の名篇十作品を厳選し、妻、母、労働者、そして女として生きる主人公の姿から、6億余の女性たちの現在を読み解く。

著者 堀 黎美
ジャンル 文学・言語
シリーズ アジア・グローバル文化双書
出版年月日 1997/09/15
ISBN 9784938718183
判型・ページ数 4-6・286ページ
定価 本体2,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
関係地図

一 自家用トラックを操る新時代のヒロイン
  ──張一弓著『春●[女+丑]児和●[女+也]的小戛斯』(春●[女+丑]児と彼女の小型トラック)

二 身勝手な男の論理に背を向けた母娘の小さな幸せとは
  ──周克芹著『緑肥紅痩』(男は太り、女は痩せて)

三 上海中流社会を生きる現代中国女性の日常
  ──程乃珊著『祝●[ニー]生日快楽』(ハッピー・バースデー)

四 二度の結婚に破れた末に見つけた真実の愛
  ──賈平凹著『黒氏』(ヘイシ)

五 時代と世間の風に痛めつけられた女性の最期は
  ──陸文夫著『井』(井戸)

六 挑発する女、不倫と保身を天秤にかける男
  ──劉恒著『白渦』(白いうず)

七 エリート幹部と売女と蔑まれた女性の約束は
  ──畢淑敏著『女人之約』(女の約束)

八 ふとしたきっかけで裏社会に紛れ込んだ女性と過去のある男の出会い
  ──張欣著『伴●[ニー]到黎明』(朝まであなたと)

九 電話カウンセラーが、ある時夫の不倫を知って
  ──裘山山著『等待星期六』(土曜日まで待って)

十 苦闘の人生を終えた母、その時娘の胸に去来するものは
  ──『●[ニー]是一条河』池莉著(あなたは河のように)

あとがき
出典および参考図書一覧
中国現代史年表
関係地図

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内容説明

解放・文革そして改革開放と、激動する中国社会にあって大きく揺れ動く女性の地位・生活。現代文学の名篇十作品を厳選し、妻、母、労働者、そして女として生きる主人公の姿から、6億余の女性たちの現在を読み解く。


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はじめに 堀 黎美


中国は日本にとっては特別な国である。地球上には多くの国が存在するが、有史以来わが国がもっとも深く、長くかかわり、影響を受けた国は、中国をおいてほかにない。


過去に、日本が中国に与えた不幸な時代があったことは、日本人として決して忘れてはならない事実だが、両国の交流の歴史は、戦争の時代よりもずっと長いし、今後ますます交流の密度を増し、人々の往来も増加の一途をたどるであろう。
だから不幸なできごとやあやまちを再度くり返さないためにも、日本の大切な隣国、広大な土地に暮らす十三億の人々が、どのような環境、価値観の中で生活しているのか、に無関心であってはならないと思う。


現在、中国は世界の注目を浴びているから、政府の公式発表や、社会現象面に関する情報は、かなりくわしくもたらされる。しかし、現象や潮流の中で、個々の人間がどのように息づいているのか、そこを描いているのはやはり文芸作品であろう。


私はずっと中国に関心を抱き、“葦の髄から天井のぞく”の類ではあるが、半世紀に近い中国の政治と文芸界の変化を、一応関心をもって見てきた。共産党に強く規制されていた文芸界も、時代の変化とともに政治と一線を画するようになり、経済開放政策開始と歩調を揃え、生身の中国人を描き出し、すぐれて興味深い作品を出現させつつあると思う。この傾向は、八九年の天安門事件後、一時的に停滞を余儀なくされたが、所詮政治が文学を支配することは不可能であり、一時の停滞を乗り越えたあと、質の高い作品が発表されるようになり、日本語に訳されるものも増えてきた。しかし、かねてから私は、おびただしい数の欧米の翻訳ものにくらべ、中国、ひいてはアジアの現代小説の紹介があまりにも少ないのを遺憾に思っていた。そして及ばずながら、大学の紀要などに、文芸作品を通して見た、中国社会の諸相を分析して発表し、あわせて作品の紹介を行なってきたが、本書を編んだ最大の目的も、もっと多くの方々に中国の小説を知っていただきたいことにある。
広大な国土を有するために、地域差が大きく、五十五の少数民族が総人口の七、八%を占めている中国では、小説よりも奇なる話や、特異な風俗習慣には事欠かないが、本書はそうした特殊性はとらず、現在の現実の生活を反映している作品を選び、その紹介と、作品そのものからは少し離れるが、中国の女達の生き方を、こうした作業の中でさぐってみることにした。


女を主人公にした作品を取り上げた理由は、長い封建家父長制度から、国家も個人も、意識が完全には解放されていないところでは、世の中の諸矛盾は、とりわけ端的に女性問題に顕現するし、社会の通奏低音を形成している女達のありようを通じ、中国人の生きることの一端が、あぶり出されると考えたからである。


もとより非力な身であり、大量に出版される作品を、独力で網羅しかねるから、人民文学出版社が、毎年、前年の秀作を〈中篇小説集I、II〉、〈短篇小説集〉の三冊に編集出版しているものを中心に、八〇年代なかばから、九〇年代にかけての、時代の実相がよく描かれていて納得でき、ごく普通の世界を取り上げている作品にしぼり、さらにその中で、地域、職業、主人公の年齢など、できるだけバラエティに富み、かつ印象の深かった作品を選び、テキストとした。


つぎに、選んだ理由を作品ごとに述べると、


一、春●[女+丑]児和●[女+也]的小戞斯(張一弓著、春●[女+丑]児と彼女の小型トラック)
八〇年代前半の、ちょうど大都市近郊の農村が豊かになり始め、“万元戸”などという金持ちが出現した頃の話である。国営企業に勤める青年から、農民の娘という理由だけで婚約を破棄された主人公春●児が、心の傷にくじけず、苦闘の末自立し、幸福に向かって疾走する、さわやかな作品。難関の軽トラックの免許を取得し、自力で自分を解放していく筋立ても興味深いが、愛車に語りかけるやさしさとチャレンジ精神を合わせ持ったヒロインには共感させられる。


二、緑肥紅痩(周克芹著、男は太り、女は痩せて)
文化大革命中から、経済開放政策実施後までの期間が背景。周囲の男達の身勝手さによって傷を負った、農村の盲目の娘と無学な母親とが、娘の妊娠を機会に男達と縁を切り、胎内に宿る生命を支えに、誇りと自信を取り戻す。生命を生みはぐくむ性であることを自覚した時の、女達のいさぎよさが、男達の体面を蹴飛ばして小気味よい。


三、祝●[ニー]生日愉快(程乃珊著、ハッピー・バースデー)
上海の中流家庭に属し、やさしい夫と娘と自宅を所有し、外資系企業に勤めて能力を生かす、他人からは羨望される女性の、四十六歳の誕生日の一日を描く作品。中国人の抱える典型的な悩み、たとえば拝金主義、出国熱、青年層の利己主義、子供の教育、老人問題などが点描される中、文革によるロストジェネレーションに属するヒロインの、醒めた気だるいような眼差しが、現代中国を象徴するかのようである。


四、黒氏(賈平凹著、ヘイシ)
貧しい山村から町に嫁いだ女が、夫や夫の両親の虐待の中、身を粉にして働いても報われず、婚家を追われる。再婚では、思いがけず自分の仕事の能力を発見。三度目にはついに理解し合える相手と結ばれる。夫の性欲処理の道具、家の労働力としか見なされなかった二度の結婚生活を通して、無知な女が成長。夫婦間の性の大切さに気づき、感情と性愛の一致を選び取っていく、中国の農村版“チャタレイ夫人の恋人”のおもむきを持ち、興味深い。


五、井(陸文夫著、井戸)
文革期を背景に、資産家階級に生まれたことだけで、周囲からいじめられ、卑劣な男の罠にかかり、一生を棒に振り、遂に自殺に追いこまれた、孤立無援の女の物語。閉ざされた社会で、自分より美しい者、有能な者を引きずり降ろす、世間の残酷さが恐ろしい。台湾の作家柏楊が、中国人社会を“漬物甕文化”と論断しているが、あながち間違いではない、と納得させられる。
ヒロインは伝統的な才子佳人の物語に登場するような女性だが、あまりにも無防備・不器用な生き方がはがゆい。女子の教育では長く従順さが徳目の一つとされてきたが、現在の日本では見かけることもない。中国でもそうそういるとは思えないが、伝統的女性類型を現代の世相に置いてみたと考えれば納得できる。


六、白渦(劉恒著、白いうず)
時は八〇年代なかば、所は北京。無能な夫を軽蔑している三〇代の美しい女が、上司に迫り、上司も彼女の身体に溺れ、その関係が約一年にわたって続く。やがて上司が昇格を機に、女に別れを切り出すのだが……。
衣食足って、暮らし向きに余裕の出てきた知識階級の男女の不倫を描き、心ない噂話に殺された“井”の時代から、数年しかたっていないのに、女の方から積極的に男に言い寄り、不倫さえも、当事者だけの問題として処理できるようになった。相互監視体制の消失、市民階級の成長という背景は、たくましいヒロインの登場とともに、八〇年代中期以降の、大きな特色である。


七、女人之約(畢淑敏著、女の約束)
九〇年代に入り、顕著な社会問題となっていた、“三角債”という、こげつき債務の取り立てを題材に展開される、有能な女工場長と、美しい一工員の心理的葛藤。中国のバブルの実体がうかがえて興味深い。肉体を代償にしても成果を手に入れたいヒロインの渇望感は、日本人には理解しがたいが、それも現代中国人の一つの真相である。、また中国人自身が指摘する“自私(身勝手、エゴイズム)”や、“面子を重視しすぎる”あまり、より大切なものを失いかねない民族性も、読みとることができる。


八、伴●[ニー]到黎明(張欣著、朝まであなたと)
既婚者とのオフィス・ラブがばれて、銀行を退職するはめになった女性が、やむをえずブラック・マーケットで働くことになり、そこで直面する出来事を通じ、拝金主義に覆われた中国人の人心荒廃ぶりを描き、体面で飾られた表の世界より、逆に闇の世界に真実を見出すことによって、“社会主義的市場経済”なる用語のもつ、必然的なまやかしを暴いている。
ヒロインはもっとも新しい女性のタイプ。不倫も失職も裏社会も特別な経験ではない、開放政策を享受する世代を代表する女性類型の一つといえようか。


九、等待星期六(裘山山著、土曜日まで待って)
新聞記者の夫と、可愛い娘にめぐまれている主婦が、自分の能力を少しでも社会に還元しようと、電話身の上相談のボランティア・カウンセラーになり、かかってくる電話の内容から、中国人の抱えている悩みの一部が浮き彫りにされる。しかし、他人の相談には冷静に解答できる、優秀なカウンセラーの彼女が、たまたま夫の浮気を知って取り乱し、自分も電話相談の日に、カウンセラーに相談にのってもらおうと待ち兼ねる。天下国家とも、政治や思想とも全く関係のない、小市民的社会も中国の一面であり、日本にもいそうなヒロインが登場する時代を反映している。


十、●[ニー]是一条河(池莉著、あなたは河のように)
三十代でやもめになり、苦労の末七人の子を育てながら、子供達全員に背かれる、新中国成立前後から、八九年天安門事件直前に至るまでの、中国版“女の一生”。これでもかこれでもかと襲いかかる、たび重なる不幸と、理性の通用しない、どろどろした世界を描き、ある意味で、これぞ中国の小説、と納得させられる説得力がある。しかし、“解放”“大躍進”“四清運動”“文化大革命”などなど、つぎつぎに出現する美しいスローガンのもとでの大衆動員運動が、いかに無辜の民の生活を破壊してきたか、無学のヒロインの人生には、庶民のすぎこしが全てといっていいほど体現されている、と思う。


女を主人公とした以上の十篇は、全く私自身の好みによって選んだ。中短編といっても日本語にすれば長く、あらすじでは割愛したテーマも多々あるが、十篇中の女達は、全員が無名かつ本音で生きていることがうかがえるものばかりである。これらの作品の部分部分に、数多い中国の友人の歴史や、最近中国で実際に見聞したことが、重なって見えてくる。小説とは結局そういうものなのであろう。虚構の世界ではあるけれども、一人の主人公の生き方には、現実の多勢の人生が反映されているからこそ、人々の共感を呼ぶのだろう。


二十一世紀が中国の時代になるのかどうか、私には不明だが、中国の社会は今後ますます複雑化するであろうし、中国の文芸は、すぐれて興味深い世界を作品化していくであろう。そんな作品がどんどん日本にも紹介され、二十一世紀の日本人と中国人が、理解を深めあい人間として本音でつき合っていくことを、願って止まない。



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著者紹介
堀 黎美(ほり れいみ)
1935年、東京都生まれ
立命館大学卒業、中国文学専攻
1979~83年、大連外国語大学、(北京)国際関係大学、対外貿易大学等で外国人教師を歴任
現在、福井工業大学所属

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