目次
第一章 宗族、械闘、海外移住──清末珠江デルタ西部地域における「客」と「土」
一 はじめに
二 清代中期までの歴史的背景
三 土客械闘
四 宗族の形成・発展と械闘
五 械闘と海外移住
六 宗族組織と海外移住
第二章 円型土楼──福建省南西部地域における家屋建築と客家
一 はじめに
二 客家宗族の形成過程と円型土楼
三 円型土楼と客家エスニシティー
四 福建省西部地域における宗族形成と客家エスニシティーの生成
第三章 客家語──言語からみた客家のエスニック・バウンダリーについての再考
一 はじめに
二 羅香林の客家語研究とその影響
三 客家語の系統論争
四 「客家語話者」の境界確定とショオ族の存在
五 客家語の多様性
第四章 「客」概念と「客家」
──海南島儋州・臨高地区におけるエスニシティーの重層構造
一 はじめに
二 文化的モザイク地帯――海南島西部地区
三 各方言話者グループの特色
四 考察──「客」概念と客家
第五章 客家アイデンティティーの形成
──近現代「客家系著名人」に関する再考から
一 はじめに
二 民国期政治軍事著名人と客家──広東省出身者を中心として
三 孫中山の祖籍について
四 客家系著名人言説の生成
第六章 客家のイメージ形成
──中国、台湾、日本の学術書ならびに一般書にみるその過程
一 はじめに
二 客家特殊論の特徴
三 客家特殊論の超克
四 一九九〇年代以降の実証研究
五 到達点と展望
第七章 客家エスニシティーの動態と文化資源
一 はじめに
二 客家正統漢族論の系譜
三 正統漢族論への批判的客家研究
四 もうひとつの客家──マイノリティーへの指向
五 第三の客家像? 地方文化集団としての客家
六 文化集団としての客家とアイデンティティーの展開
第八章 客家論の人類学
一 はじめに
二 「民族」についての語りの文法
三 ナラティブの魅力と学術研究
跋
引用文献
索引
内容説明
「ハッカ」の生成というエスニックな現象
多様な民族的出自によって織りなされる華南文化のモザイク。清末以後、顕著となる客家知識人による自文化への言及は、民衆や海外との呼応・共振によって、やがて鮮明な自画像・他者像を生み出した。そしてそれは21世紀の今日、新たな展開を見せつつある。「エスニシティー現象」という人類史の普遍的課題への細密な考究。
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序
本書は、筆者がこれまでの研究者生活の間、特に一九九三年の『客家──華南漢族のエスニシティーとその境界』上梓以降に書きためた客家に関連する論考をまとめて一冊としたものである。エスニック・アイデンティティーの形成や変遷についての文化人類学的な研究、就中その過程において知識人の学術研究が果たした役割についての研究に関して、客家という題材が如何に重要で興味深い存在であるかを示すことを主に意図している。
中国の地方文化集団としては、客家ほど学術的、あるいは半学術的論考の俎上に上ったものは他にはないであろう。日本語、中国語、英語で著されたものを通じて、漢族やそのサブグループに言及した書物のおよそ過半は、客家に関するものと言って間違いないと思われる。そのように客家が注目を集める存在となったのは、二〇世紀の初め以来、他ならぬ客家出身の知識人が、自分たちの歴史や文化や社会的特性について、盛んに論じてきたからであり、またそれに呼応して、彼らに関する多くの「他者研究」も生み出されてきたからに他ならない。
筆者も、最初のフィールドワークにおいて客家の人々と接触する機会を得て以来、客家研究に断続的に関わり続け、幾つかの論文や研究書を発表してきた。ふり返ってみれば、筆者がこれまでの文化人類学者としての約四〇年の研究生活の中で主要なテーマとしてきたものは、中国の親族組織としての宗族と、華南地域におけるエスニシティーの二つであった。筆者にとっての客家は、あくまで後者のテーマを考える上での一要素に過ぎず、必ずしも客家そのものに特別の関心を抱いていたわけではないが、華南の漢族のエスニシティー、そして華南における漢族ならびに関連する諸民族との歴史的な関係を考える上では、客家はやはり欠かすことのできない最重要の柱であった。
最初のフィールドワーク以来の客家に関する考察を、一九九三年に拙著『客家──華南漢族のエスニシティーとその境界』(風響社)として発表した後も、折に触れて客家に関する論考を発表し続けてきており、気づけばその数は一〇篇近くにもなった。もっとも、筆者が『客家』を著して以降、今日に至るまでの間には、後進の研究者たちによって新たに多くの優れた客家論が発表されており(例えば飯島典子氏によるもの[飯島 二〇〇七]、蔡驎氏によるもの[蔡驎 二〇〇五]、河合洋尚氏らによるもの[飯島・河合・小林編 二〇一九、河合 二〇二〇]など)、今さら筆者のそうした散発的で零々細々とした研究をまとめ直したところで、学術的には大きな貢献にはなるまいとも思われる。
しかしながら、定年退職を控え、研究者生活を閉じるに当たって、過去にそのように自分が書き散らかしたものにあらためて目を走らせてみると、このまま各所の文献リソースの中に分散したままにしておいたのでは、二度と同学の研究者の目に触れる機会がないのではないかと危惧されるものも存在することに気づいた。そして、少なくともそれらを集め直して一所にまとめる作業をしてみることは、将来奇特な後学者が現れたときに、幾ばくなりとも役に立つこともあるかも知れないと思うに至った。それが本書を制作した筆者の意図である。
これらの論考のうち、新たな書き下ろしである第八章を除き、第一、三、七章の三篇は各々特定テーマの学術論文集に寄稿した論文である。また、その余は学術雑誌や科研報告書に書いた個別の論文である。それらの再録に当たっては、風響社の石井社主ならびに学術雑誌『中国21』主宰者の愛知大学現代中国学会より格別なるご理解を賜った。ここに心から謝意を表したい。
以下に、本書所収の各論文の初出掲載箇所に関する書誌情報を掲げておく。
・第一章 「珠江デルタ西部地域における宗族、械闘、海外移住」三尾裕子編『民俗文化の再生と創造──東アジア沿海地域の人類学的研究』(二〇〇五年、風響社)、一八三─二一二頁。
・第二章 「福建省南西部地域における客家と円型土楼」『東北アジア研究』五号(二〇〇一年)、一─二五頁。
・第三章 「客家語と客家のエスニック・バウンダリーについての再考」塚田誠之編『中国における諸民族の移動と文化の動態』(二〇〇三年、風響社)、一〇七─一三三頁。
・第四章 「『客』概念と『客家』──海南島儋州・臨高地区におけるエスニシティーの重層構造」『中国21』二五号(二〇〇六年)、一三七─一五八頁。
・第五章 「近現代客家系著名人における客家アイデンティティー形成過程の研究」平成一三年度~平成一五年度科学研究費補助金(基盤研究C)研究成果報告書(主要部分は『東北アジア研究』九号〈二〇〇五年〉、一─三三頁に「客家アイデンティティー形成過程の研究──中華民国初期の著名政治家・軍人の出自をめぐる議論を中心に」として掲載)。
・第六章 「中国、台湾、日本の学術書ならびに一般書における『客家』のイメージ形成過程の研究」平成一六年度~平成一九年度科学研究費補助金(基盤研究C)研究成果報告書(主要部分は『東北アジア研究』一四号〈二〇一〇年〉、九七─一二一頁に同タイトルの論文として掲載)。
・第七章 「客家エスニシティーの動態と文化資源」武内房司・塚田誠之編『中国の民族文化資源──南部地域の分析から』(二〇一四年、風響社)、一一九─一五八頁。
・第八章 書き下ろし。
以上である。なお、再録部分に関してはタイトルの変更を含め、各々の原稿に必要最小限度の修正を施してある。また、再録部分はその性格上、各章の間に内容的・文章的に重複する部分がある。
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著者紹介
瀬川昌久(せがわ まさひさ)
1957年、岩手県花巻市生まれ。
1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。国立民族学博物館助手、東北大学教養部助教授、同大学文学部助教授等を経て、1996年より同大学東北アジア研究センター教授。学術博士(東京大学、1989年)。
主要な著書に『中国人の村落と宗族──香港新界農村の社会人類学的研究』(弘文堂、1991年)、『客家──華南漢族のエスニシティーとその境界』(風響社、1993年)、『族譜──華南漢族の宗族、風水、移住』(風響社、1996年)、『中国社会の人類学──親族・家族からの展望』(世界思想社、2004年)、『中国文化人類学リーディングス』(風響社、2006年、西澤治彦との共編著)、『〈宗族〉と中国社会──その変貌と人類学的研究の現在』(風響社、2016年、川口幸大との共編著)、『連続性への希求──族譜を通じてみた「家族」の歴史人類学』(風響社、2021年)、Ancestral Genealogies in Modern China: A Study of Lineage Organizations in Hong Kong and Mainland China(Routledge、2022年)
ほか。