目次
●序論
第一章 歌と芸能―儺戯と民間芸能
第一節 折口論と民間芸能
第二節 儺戯の芸能における意義
第二章 儺戯に唱えられる詞章―中国江南の事例
第一節 江西省南豊県石郵村の事例
第二節 江西省万載県潭埠郷池渓村の事例
第三節 湖南省新化県洋渓鎮官渡村の事例
第四節 浙江省麗水市の事例
第五節 本研究の目的と方法―日本との対比の試み
●第一部 鬼と翁──折口理論からの考察
第一章 鬼と翁
第一節 来訪する鬼と翁
第二節 中国の祭りと仮面劇
第二章 中国の翁
第一節 貴州省イ族の『ツオタイチー』に登場するアープーモ・アーターモ
第二節 湖南省トウチャ族の『マオグゥス』に登場する族祖
第三節 貴州省コーラオ族の『儺堂戯』に登場する土地神
第四節 江西省漢族の『儺戯』に登場する儺公・儺母
第五節 江西省漢族の『儺戯』に登場する土地神
第三章 中国と日本の翁の語り
第一節 翁のうたう歌資料
第二節 日本の翁の語り
第四章 中国の鬼神と日本の善鬼
第一節 中国の鬼
第二節 日本と中国の鬼の語り
●第二部 将軍と神兵
第一章 将軍と神兵について
第一節 軍記物の武将
第二節 御神体として祀られる将軍
第三節 神兵を招く儀礼
第二章 猖神と祭祀
第一節 先行研究の調査報告に見出す五猖
第二節 祭祀儀礼の調査を通じて得た五猖の事例
第三節 猖神を巡る祭祀芸能の成立
●第三部 少数民族の祭祀芸能
第一章 中国湖南省新寧県ヤオ(瑤)族「盤王節」祭祀
第一節 「盤王節」祭祀の生態
第二節 祭場と登場する仮面
第三節 祭祀芸能の内容
第四節 基本となる祭祀的要素
第五節 「盤王節」を巡る神々と伝承
第二章 中国湖南省ヤオ族儀礼の道教的性格
―湖南省藍山県馮家実施の還家愿儀礼
第一節 還家愿儀礼の祭祀システム
第二節 祭祀儀礼の内容
第三節 タイ北部のミエン・ヤオ族との関連
第四節 宗教文献の道教的影響
第五節 神像の道教的影響
第六節 還家愿儀礼における発生と展開
第三章 盤古神と神事芸能―日本における展開
第一節 神事芸能を中心とする盤古の足跡
第二節 日本の諸文献に見える盤古神
第三節 荒ぶる神々を読み解く
●第四部 女神を語る芸能と語り手―聞き手としての女性の位置
第一章 女神陳靖姑を語る芸能
第一節 鼓詞のテキスト
第二節 鼓詞と『海遊記』
第三節 『西遊記』との比較
第二章 説唱芸能『陳十四夫人伝』に描かれた地獄巡り―血の池地獄考
第一節 『陳十四夫人伝』の地獄巡り
第二節 『南遊』の地獄巡り
第三節 血に対する不浄観
第四節 女性と語り
第五節 目連救母と女性救済
第六節 語りの中の血の池地獄
第七節 絵画に描かれた血の池地獄
第八節 血の池地獄に見える女性の位置
結論
●資料
資料1~資料59
あとがき
初出一覧
索引
内容説明
「まれびと」論から中国江南の儺戯を分析するなど、折口理論を中国の祭祀芸能に適用。また日本や少数民族の事例を加え、東アジアにおける芸能文化の差異と類似をも検出。豊富な資料を解析しつつ、実証的に折口理論の今日性を示した画期的業績。
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まえがき
数年前学生達とともに湖南省の省都長沙の古道具市場に行った時のことである。一軒の店でふと目にした仮面に見覚えがあった。興味深げな私の様子を見て店主は「まだあるよ」と十数面を並べた。なんとその面は江西省万載県の村の面ではないか。懐かしさとともに、なぜここにあるのか疑問符が頭を巡った。「盗まれたに違いない!」なぜなら、文化大革命の折、その村の住人は紅衛兵が来る前に面を隠し新しく面を彫り紅衛兵の目の前で迷信の象徴としてこれを焼いて見せた。まさに命がけで住民が守ろうとした面をまさか売りに出すはずはないと考えたからである。
店主に「盗品を扱ってはいけないはずだ」と訴え、売値を負けさせて、何とか買い戻した。江西省南昌の文聯の人を通じて万載県の村に尋ねると、案の定、廟に保管していた面がごっそり盗まれていたことが判明した。拝金的なムードの中、古い物がお金になるようになり起こったことである。犯人が村人だとすれば、かつて村人一丸となって命がけで守った神を表わす仮面より、金の方が大切になったということになり、何とも切ない話である。後日、仮面は無事にもとの廟に戻ったが、二度と売り物にされるようなことにはなって欲しくない。旧正月の祭りの場に仮面の神々が現われ、災いを祓い清め、村人達の新たな一年の幸福を保証する伝統が継承され続けて欲しいものである。なんといっても仮面の神々が外国人の私に助けを求めたのであるから、深い深い縁を感じざるを得ない。
一方急速に価値観が変化する中、中国の祭祀芸能は、迷信というレッテルが外され、新たに無形文化遺産として観光資源としての価値を与えられるようになった。研究者の研究対象としての評価が新たな価値付けに直結するようになり、祭祀芸能の変化にも影響を与えることになる。
仮面劇に代表される祭祀芸能に関する私の研究は、まさにご縁によって成り立っている。中国で外国人がフィールドワークを行なうには地元の方々の全面的な協力が不可欠であるからである。学術的でない、理論的でもない物言いであるが、ここには神と人が対話を行なう祭祀芸能を愛する者のどんな変化にも耐えうる心意気が存在する。その上で本書では、中国の民間祭祀芸能について解き明かしていこうと考える。
著者の本格的な民間祭祀芸能の調査は、一九八五年から主に江南の貴州省・江西省・湖南省・広西チワン族自治区の地で、民族的にはイ族・コーラオ族・トウチャ族・ヤオ族・漢族等を対象として実施してきた。さらに一九八八年から浙江省及び福建省において女神陳靖姑に関連する祭祀芸能の調査を行ない、二〇〇四年からは湖南省のヤオ族の祭祀儀礼に関する調査を進めてきた。以上のフィールドワークの実践で得た成果を踏まえ、本書では祭祀芸能の実態の詳細な報告を行なうことに心掛けた。
さらに調査で収集した演者や宗教職能者の口頭の伝承はできるだけ記録し、文字化を行なった。中でも陳靖姑に関する祭祀芸能の調査資料は、日本民俗研究会・上海民俗学会等の合編で陳靖姑地方神研究会資料之一『夫人戯』(一九九三年)及び陳靖姑地方神研究会資料之二『夫人詞』(一九九五年)にまとめられているが、およそ十五年かけて翻訳を行ない、原文と共に資料として付した。さらにヤオ族の祭祀儀礼の進行において不可欠な儀礼文献(テキスト)の録文及び現代語訳も不完全ながら試み、資料とした。これは、入手した資料の貴重さを広く知って貰いたいが由であり、いまだ掘り下げられていない中国民間祭祀芸能の心髄を明らかにしたいが為である。ヤオ族テキストに関しては、文献解釈の前提となるテキスト間の異同の比較対照及び文字の読解、誤写の修正が不完全であることをお断わりしておきたい。
なお引用文献は原文のまま引用し、本書の対象とする資料の内容及び翻訳の性格上、現在では不適切と思われる用語も一部使用していることを付言する。
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著者紹介
廣田律子(ひろた りつこ)
1957年生まれ。千葉県出身。
早稲田大学教育学部卒業。慶應義塾大学大学院史学修士課程修了。その間、南京大学・北京師範大学留学。
現在、神奈川大学教授・同大日本常民文化研究所所員、ヤオ族文化研究所所長。
著書に『鬼の来た道』(単著、玉川大学出版部)、『中国少数民族の仮面劇』(共編著、木耳社)、『中国漢民族の仮面劇』(共編著、木耳社)などがある。