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インドにおける代理出産の文化論 29

出産の商品化のゆくえ

身体の商取引とケアワークが一つの母胎に顕在する代理出産。メディカル・ツーリズムの一大拠点となったインドの現実を見つめる。

著者 松尾 瑞穂
ジャンル 人類学
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2013/10/25
ISBN 9784894897601
判型・ページ数 A5・56ページ
定価 本体700円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
一 インド社会と生殖医療技術
 1 多様性の国、インド
 2 「試験管ベビー」から代理出産へ
 3 メディカル・ツーリズムと社会問題
 4 ART規制法案の特徴
二 代理出産を支える要因
 1 経済格差と身体部品の売買
 2 スティグマとしての不妊
 3 生殖医療による身体介入の歴史
 4 ヴェーダ科学と神話
三 代理出産のフィールド
 1 代理出産のプロセス
 2 代理母になる女性たち
 3 代理出産を正当化する論理
 4 アクター間の関係性
おわりに

参考文献
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内容説明

生殖医療は海を越えて
身体の商取引という側面とケアワークという側面が一つの母胎に顕在する代理出産。国境を超えたメディカル・ツーリズムの一大拠点となったインドの現実を、社会空間と現場レベルから見つめる。

 

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……だが、そうした親族を持たない人にとっては、国内でドナーを見つけるのは事実上不可能だ。そのため、不妊カップルがこうした技術やドナーを入手しやすい海外へ渡航し、治療を受けるということも行われてきた。日本生殖医学会は、二○○九年の時点で、海外での第三者配偶子を用いた治療は、少なくとも一○○○例ほど存在するとしている[日本生殖医学会倫理委員会報告「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」二○○九年]。そうした海外治療をコーディネートする斡旋会社も多数存在する。二○一一年には、年間一○○人を超える日本人女性が、規制が緩やかな韓国やタイに渡って日本人患者のために卵子提供を行い、代わりに六〇万円程度の謝礼金を得ているとの報道もあった[朝日新聞 二〇一一・七・二七]。


このように、たとえ自国でこれらの技術の利用が厳しく規制されていたとしても、患者は治療や配偶子を求めて国境を容易に移動していく。それが例えば、人の移動の自由が認められているEUなどであれば、一国での規制はほとんど意味をなさないといえるだろう。生殖医療は、まさにトランスナショナルな人、技術、カネが環流するグローバル・フロー[Appadurai 1996]を示す現象なのである。そうしたなか、二○○○年代半ば以降、特に欧米に住む患者にとっては、インドが代理出産のための行き先の一つとなりつつある。


私は二○○○年から西インド、マハーラーシュトラ州で生殖実践の変化についてフィールドワークを行ってきた。インドと関わるようになってしばらくたったころ、インド人の祖母が娘のために代理出産で孫を産んだ、というニュースを目にしたことがある。知人のインド人医師は、「素晴らしい祖母ですね。いまは祖母が孫を産む時代なのですよ!」と嬉しそうにコメントした。私は、そんなことが可能なのか、と衝撃を受けるとともに、誇らしげな医師の態度もひどく印象的だったことを覚えている。それから、インドが「代理出産の工場」と揶揄されるほど、代理出産が盛んになるまでに、それほど時間はかからなかった。


それでは、こうした新たな生殖医療は、インドにおいてどのような歴史的、社会的背景のもと広がっているのだろうか。


この問題に関しては、これまで富める先進国と貧しい途上国という二分法の中で生み出される新植民地主義的な搾取の構造や、生命や身体の利用という人間の尊厳の侵犯という倫理的問題が指摘されてきた。これらの指摘は、代理出産を理解するうえで言うまでもなく最も重要で、かつ、基本的な出発点である。だが、そればかりでは、冒頭の学生の言葉にあるように「良いか、悪いか」という二元論的な袋小路に陥る可能性がある。


本書では、代理出産を現代インドにおいて生起する社会現象としてとらえ、その広がりを文化論として考察することを目指す。インドにおける代理出産は、出産の商品化をめぐってグローバル化とローカルな社会が接合するなかで、様々なアクターや要因が複雑に関わってなされる実践である。それらを解きほぐすために、本書では主に代理出産をめぐってどのような政策や言説が繰り広げられてきたのかという社会空間のレベルと、実際の代理出産で何が起こっているのかというフィールドのレベルから、インドの代理出産の実像に迫ることにしたい。

 

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著者紹介

松尾瑞穂(まつお みずほ)
1976年、名古屋市生まれ。
総合研究大学院大学文化科学研究科比較文化学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。
日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、現在、新潟国際情報大学情報文化学部准教授。専門は、文化人類学、南アジア地域研究。
主な業績に『ジェンダーとリプロダクションの人類学-インド農村の不妊を生きる女性たち』(昭和堂、2013年)、「「回復」を希求する-インド農村社会における不妊と「流産」の経験」(『文化人類学』第74巻第3号、2009年)などがある。

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