23 ミャンマー農村とマイクロファイナンス
貧困層によりそう金融プロジェクト
貧困層への小口融資システムの実際を、借りる側から詳細に聞き取り、その効果を立体的に検証。貧困からの脱出の道筋を現場から探る。
著者 | 布田 朝子 著 |
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ジャンル | 社会・経済・環境・政治 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2010/11/10 |
ISBN | 9784894897502 |
判型・ページ数 | A5・62ページ |
定価 | 本体800円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
一 ミャンマーの経済
1 ミャンマーの概要
2 調査の概要
3 調査した村と村の人々
二 ミャンマー農村の貧困対策――主な金融プロジェクトの現状
1 貧困削減と金融プロジェクト
2 国営農業開発銀行の農業金融
3 国際NGO(Pactミャンマー)による
貧困層のためのマイクロファイナンス
4 UNDP統合型コミュニティー開発事業における
自助組織(SRG)活動
5 各金融プロジェクトの実績から見えるもの、見えないもの
三 マイクロファイナンスと村人たち(ミャンマー農村での調査結果から)
1 ドライゾーンの村
2 マイクロファイナンスの概要
3 零細農家のくらしとマイクロファイナンス
4 新しく借りる村人、やめていく村人
四 SRG活動と村人たち(ミャンマー農村での調査結果から)
1 郡や村におけるSRG活動
2 お金の使いみち
3 SRG活動のしくみ
おわりに
注・参考文献
内容説明
グラミン銀行が始めた貧困層への小口融資システム。その実際の動きを、借りる側の家族から詳細に聞き取り、その効果を立体的に検証。貧困からの脱出の道筋を現場から探る。ブックレット《アジアを学ぼう》23巻。
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はじめに
ミャンマーと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。「ミャンマーで調査をしています」といって学生からよくきかれるのは、年中暑いのか、アジアのどのあたりにあるのか、食べ物は辛いのかなどである。アジアの国というイメージはあるものの、どのような国なのか、驚くほど知られていないように思われる。実際、ミャンマーはとても暑く(筆者の調査地では毎日四〇度を超えていた)、ほとんどの料理にはニンニク、玉ねぎ、そして大量の唐辛子と油が使われている。
日本の新聞やインターネット、テレビのニュース番組などでも、ミャンマー関連の報道はさほど多くはない。そのなかで記憶に新しいものといえば、二〇〇七年に都市ヤンゴンで起きたデモ隊と軍隊の衝突事件や、二〇〇八年にサイクロン・ナルギスで多くの被災者が出たことなどであろう。他には、ミャンマー政府が民主化勢力の代表であるアウンサンスーチー氏に対して、軟禁とその解除をくり返していることが報道されるくらいである。
振り返ってみると、筆者は二〇〇二年から八年余り、ほぼ毎年ミャンマーへ出かけて村人たちの話をきいている。成田を飛び立ちタイのバンコクを経由して七時間ほどのフライトを終えると、ミャンマーの旧首都ヤンゴン(旧ラングーン)にたどり着く。タクシーを探しに空港を出た途端、眼鏡がよくくもってしまう。雨季の湿気の多さ(と気温の高さ)に、改めて日本からの遠さを感じる。タクシーでホテルまで移動するとき、周りの景色を眺めると、コケやカビで黒ずんだ壁の老朽化した建物が目につく。人々の集まっているところに目を向けると、プラスチック製の安価な小さなイスに腰かけて、とても甘いミルクティーを飲みながら、穏やかにおしゃべりを楽しんでいる様子がうかがえる。筆者の調査地は、そのヤンゴンから内陸部に五〇〇キロ以上入ったところにある貧困地域(ドライゾーンと呼ばれる地域)である。暑い日差しのもと、風で舞いあがる砂ぼこり、地平線いっぱいに広がるやせた畑地、そして、日に焼けたやせた人々の姿と笑顔が、とても印象深い地である。
二〇年以上つづく軍事政権とそれによる問題が世界の関心を集めるのと同時に、ミャンマーは、国連が認定する「世界で最も貧しい国(後発開発途上国:LDC)」四九カ国のうちの一つとしても、注目されている(二〇〇九年現在)。国民の一年間の平均所得は、わずか約二六〇ドル(購買力平価表示で九八三ドル:二〇〇六年)といわれている(IMF, World Economic Outlook Database, April 2010より)。そして、ミャンマー国民の七割ともいわれる人々の住む農村がどのような状況にあるのか、その具体的なイメージはほとんど知られていない。
日々、農村の人々はどのようなくらしをしているのだろうか。そのくらしが貧しいのなら、なぜ、どのように貧しいのだろうか。これらを考えるためには、村人の生活の実態を知らなければならない。また、村人の貧しさをどのようにして緩和できるのか、この問題を考えるためには、実際に行われている貧困対策の現状を知ることも必要だろう。そこで本書では、筆者自らがミャンマーの農村に入り込み、一世帯一世帯にインタビューして集めてきたデータを使いながら、貧しい村人の生活の実態や貧困対策の現状を明らかにしたい。
特に、ミャンマーではこの一〇年間、「マイクロファイナンス」と呼ばれる貧困対策の一つが成果を上げつつある[海野 二〇〇九]。マイクロファイナンスは、貧困層に少額のお金を貸してそのお金を商売などに役立てて返してもらうしくみである。お金の貸し借りであるから、お金を借りても利益を上げられない人々(すなわち、最も貧しい人々)は借りにくいが、貧しい人々の多くを対象にできるという点で、貧困対策の有効な方法の一つといえよう。
バングラデシュのグラミン銀行(創設者、ムハンマド・ユヌス教授)が始めたこのしくみは、三〇年以上の時を経ていまや世界中に広まり、ミャンマーを含む各国で一定の成功を収めている。従来は誰からもお金を貸してもらえなかった貧しい人々にお金を貸しても、きちんと返してもらうことができるのには、何か特別な理由があるのだろうか。また、ミャンマーという世界でもかなり貧しい国の貧しい村において、貸し出されるお金の金額や件数が頭打ちになるどころか、年々それらの数が増えていっているのは、なぜだろうか。
これらの問いに答えるために、本書の目的を次の二点とする。第一に、ミャンマーの村人たちがお金を借りるときや返すときのしくみを明らかにすることである。第二に、村人たちのくらしがマイクロファイナンスなどによってどのように改善されたのかを検討することである。
筆者は、二〇〇七年から二〇〇八年にかけて(ちょうどヤンゴンでデモ隊と軍隊が衝突したり沿岸部がサイクロンで被災したりした大変な時期であった)、ミャンマーのほぼ中心部に位置するイェジンという地に客員研究員として滞在していた。その間に、内陸部のドライゾーンと呼ばれる貧困地帯の村々へ調査に出かけた。二〇〇九年にも、それらの村の近くで調査を行った。本書は、これらの調査データによる分析をまとめたものである。ミャンマー農村研究といえば、研究蓄積を飛躍的に進展させた高橋の研究書[二〇〇〇]がある。高橋[二〇〇〇]は、一九九四年から九五年、および九八年にかけてミャンマー全国各地で農村調査を実施して、農村社会経済を包括的に分析するなかで、農民と質屋などとの間の貸し借りについても言及している。本書は、それから一〇年が経過したあとの農村でのお金の貸し借りについて、マイクロファイナンスなどが村人に対して行う貸し付けに注目する。それによって村人のくらしがどのように変化したのか、部分的ではあるが具体的に描き出すものである。
本書は、ミャンマーの農村を分析対象とするものであるが、ひいては開発途上国の農村全般における資金貸借に関して研究発展の一助になることを願っている。ミャンマーでは、外国人研究者が農村へ自由に出入りすることを規制している。農村調査を行うためには、何か月も前から現地関係者(筆者の場合、現地の農業灌漑省の役人)と連絡を取り合い、煩雑な手続きを経てビザを取得する必要がある。その際、あらかじめ詳しい日程や日々の活動内容を決めておかなければならず、その計画の変更はほぼできないと思って間違いない。また、村への道路が未舗装で、雨季などには近寄れないことも多い。村人に農作業や商売の詳しい話をきくときは、彼らがいちいち毎年の記録をつけているわけでもないので、必要な情報にたどり着くまで根気よくききつづけることが大切である。そのため、なかでも細部まで詰めることが必要な、例えば、村人がいつどれくらいのお金を手に入れて、いつ何のためにどれくらいのお金を使いながらくらしているのか、といったことを記述するような研究は、これまでに決して多いとはいえなかった。この状況は、他の開発途上国でも似通ったものとなっている。最近になって、コリンズ他[Collins et al. 2009]がバングラデシュ、インド、南アフリカの三カ国の調査結果をまとめたことは画期的なことであった。同様の事例分析は今後もできるだけ蓄積されていくことが求められよう。それゆえ、わずかながらも本書がその一助になれればと願うのである。
本書の構成は、以下の通りである。第一節では、まずミャンマーの経済や現地での調査の概要を紹介する。つづいて第二節では、ミャンマーで貧困対策の一環として実施されているいくつかの金融プロジェクトに着目する。それぞれの金融プロジェクトの内容や実績の特徴を整理する。ただし、これらの金融プロジェクトのデータは、貸し手(銀行やNGO、国連など)の視点から収集されたデータであることには注意すべきである。というのも、金融プロジェクトの実像を正しくとらえるためには、お金を貸し出す側のデータから見えてくる情報のみならず、あわせて、お金を借りる側のデータから見えてくる情報も欠かせないはずである。
そこで、第三節と第四節では、筆者がミャンマーの農村で村人にインタビューをして作成したデータを基にして、考察を進めていく。第三節では、マイクロファイナンスで
お金を借りている村人たちの事例を挙げて、村人たちのくらしがマイクロファイナンスによってどのように改善されたのかを検討する。第四節では、マイクロファイナンス事業の対象から外された村で、新たな試みとして実施されている金融プロジェクトを取り上げ、その可能性と限界について考察したい。おわりに、以上の分析から得られた筆者なりの見解をまとめてみたい。
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著者紹介
布田朝子(ふだ ともこ)
1977年、栃木県出身。
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了(国際協力学博士号)。群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部講師。
主な著作に、「ミャンマーの農村開発金融機関―国営銀行と国際NGOの比較分析を中心に」『国際開発研究』第18巻第1号、2009、113-128頁。