05 在日朝鮮人のメディア空間
GHQ占領期における新聞発行とそのダイナミズム
敗戦後林立した在日の新聞・雑誌。検閲や政治経済の激変の中で、民族の行く末を模索し続けた多様なメディア群の実像。
著者 | 小林 聡明 著 |
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ジャンル | 歴史・考古・言語 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2007/11/10 |
ISBN | 9784894897311 |
判型・ページ数 | A5・66ページ |
定価 | 本体800円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
1 戦後日本のメディア空間
2 在日朝鮮人メディアの眠る場所──プランゲ文庫とGHQ文書
一 解放後在日朝鮮人メディアの源流
1 敗戦/解放と帰還
2 在日朝鮮人連盟の結成
3 解放後初の在日朝鮮人新聞の出現──『朝鮮民衆新聞』の創刊
4 『大衆新聞』の創刊
5 『ウリ新聞』、そして『解放新聞』へ
6 『解放新聞』の担い手
7 趣旨・部数・購読者
8 二種類の『解放新聞』発行計画
9 GHQによる論調分析と検閲
10 『解放新聞』のその後
二 在日朝鮮人新聞の動態──朝鮮新報社をめぐる合併と対立
1 『朝鮮新聞』の創刊
2 新聞用紙の割当
3 朝鮮新報社の発足
4 二種類の新聞発行──『朝鮮新報』と『新世界新聞』
5 『朝鮮新報』の編集方針・紙面・読者
6 『新世界新聞』の編集方針・紙面・読者
7 朝鮮新報社内外での対立
8 割当用紙不正流用の暴露
9 朝鮮新報社の分裂──『新世界新聞』(朝鮮語版)の成立
10 対抗紙としての『新朝鮮新報』
11 『新世界新聞』と『新朝鮮新報』のその後
12 『新世界新聞』と司馬遼太郎
三 『国際タイムス』の成立と展開
1 『国際タイムス』の創刊
2 設立資金
3 人材確保
4 通信社
5 印刷所の確保
6 編集方針
7 発行部数と流通網
8 メディア検閲を通じた論調分析の限界
9 『国際タイムス』のその後
四 朴魯禎の複数新聞経営──日本語紙と英字紙の発行
1 朴魯禎の経歴
2 国際新聞社の経営権獲得
3 『国際日日新聞』の成立
4 『国際日日新聞』の論調
5 朴魯禎への攻撃
6 英字紙の創刊
7 『国際日日新聞』のその後
おわりに──朝鮮人メディアの歴史研究に向けて
1 新たな課題の出現
2 コミュニケーション技術/場としてのメディア
3 東アジア・メディア史の可能性
内容説明
敗戦後林立した在日の新聞・雑誌。検閲や政治経済の激変の中で、民族の行く末を模索し続けた多様なメディア群。米国に眠る膨大な資料に初めて切り込んだ労作。祖国・民族・イデオロギーの混沌から見える越境の魂。ブックレット《アジアを学ぼう》5巻。
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はじめに
一九四五年秋以降、日本と南朝鮮には米軍の占領体制が築かれた。いうなれば両地域は、米軍占領という経験を共有しているといっても過言ではない。
とりわけ在日朝鮮人は、米軍占領という経験が共有されていることを最も敏感に感じ取っていた人々であった。敗戦後の日本で生活していた二〇〇万人以上の在日朝鮮人は、生きるために頻繁に日本と南朝鮮の境界を越える移動を行っていた。彼ら・彼女らの生活圏は、越境的に広がっていた。だが、境界を越えたところでそこには、南朝鮮を占領する米軍が存在しており、再び米軍に出会うことを余儀なくされた。彼ら・彼女らの生活圏には、米軍占領という経験が埋め込まれていた。在日朝鮮人は、日本と南朝鮮における米軍占領という二つの経験が重なり合う場で析出される存在となっていた。
だが、占領期と呼ばれた一九四五年から一九五二年までの時代に関する研究のなかで、特にメディア史研究は、「経験の共有」が十分に感知されないまま行われてきたように思われる。
これまで、占領期メディアの史的研究は、日本人によるメディアのみに着目するあまり、在日朝鮮人や在日中国人らのメディアを看過したまま、戦後日本のメディアの歴史を描いてきた。なかでも在日朝鮮人は、日本の敗戦直後から、新聞や雑誌など数々のメディアを立ち上げており、その数は一九四九年までに新聞・ニューズ・レターが一〇〇タイトル以上、雑誌も二〇タイトル以上にのぼっていた。にもかかわらず、占領期メディア史研究における「経験の共有」への無関心は、日本社会で確固たる構成員となっていた在日朝鮮人メディアを忘却するものであった。これは、日本人だけでなく在日朝鮮人や在日中国人などがつくりあげていた戦後日本の重層的な社会構造を均質的なものとみなす危険性を孕んでいる。
戦後日本のメディア史研究において、在日朝鮮人メディアが不在となっていたように、韓国言論史研究においてもまた同様であった。昨今、韓国言論史研究において、中国朝鮮族のメディア活動に目が向けられるようになってはいる。だが、在日朝鮮人メディアについては、ほとんど言及されておらず、依然として「知られざるメディア」となっている。こうした現状を放置することは、在日朝鮮人メディアを記憶の彼方に押しやり、存在そのものを「なかったもの」として忘却する危険性がある。
本書は、これまで十分に光が当てられてこなかった在日朝鮮人メディアを掘り起こし、その歴史を叙述しようとするものである。いうなれば、もう一つの戦後メディア史を描こうとする試みである。それは、戦後日本のメディア空間を構築してきた主体が日本人のみであったかのようなイメージを解体させ、本来的にあったはずの重層性や多層性の一断面を切開し、戦後日本をめぐる歴史の複数性(histories)を浮き彫りにするものとなろう。
こうした観点から進められる在日朝鮮人メディアの史的研究は、過去と現在から発せられる在日朝鮮人の「声(voices)」を聞き取り、彼ら・彼女ら、そして「私たち」の歴史を豊かに描くために必要な作業の一つである。
本書は、組織よりもむしろ個人が発行していた新聞に比重を置きながら分析を進める。ここで取りあげる個人発行の『国際タイムス』や『朝鮮新報』『新世界新聞』は、駅売りや宅配を通じて六万部から一〇万部発行されており、極めて日常的なメディアであった。これらの新聞への着目には、とかく在日朝鮮人団体の機関紙の歴史として包摂されがちな在日朝鮮人メディア像をより多様性を持った歴史として紡ぎ出すねらいがある。
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著者紹介
小林聡明(こばやし そうめい)
1974年生まれ。
一橋大学社会学部卒業、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
現在、日本学術振興会特別研究員(東京大学)。在日/南北朝鮮メディア史、朝鮮半島地域研究。
主な論著に、「ソ連軍占領期北朝鮮における解放イベント」『東アジアの終戦記念日:敗北と勝利のあいだ』(佐藤卓己・孫安石編、ちくま新書、2007年)や「帰還・密航・送還:GHQ占領下における在日朝鮮人の移動とメディア」『東アジア近代史』(東アジア近代史学会、2007年)、「米軍政期南朝鮮における通信検閲の成立と変容」『韓国文化』(ソウル大学校奎章閣韓国学研究院、2007年)などがある。